第7話 路地裏で一騒動

 あの後は特にアクシデントも何も起こらず、無事に地上まで戻ってくることが出来た。

 行きかう人たちが妙にこちらを注視しているような気がした。もしかして、噂がだいぶ広まってしまっているのだろうか。 

 視線を気にしないようにして、冒険者ギルドに来た僕は、探索で獲得したアイテムを買い取ってもらった。

 今回はコボルトの魔石が多めに手に入ったので、数日分の生活費を稼ぐことが出来た。

 狂精霊の核も一応見せてみたが、あまり良い値が付かなかった。まあ予想はしていたので、精霊核だけは手元に残しておく。


 換金が終わりギルドを出たあと、早足で路地裏に入り込む。


「いつもこの辺で露店を出してるんだよね、今日は居るかな?」


 独り言を呟きながらしばらく進むと、どこか寂れた印象の露天商が立ち並ぶ、やや開けた場所に出た。

 その一角に、彼女の『店』はあった。といっても地面に敷物を敷いただけの、いわば露店に近い。


 そこでは店主である少女と、客とおぼしき男がなにやら会話しているようだ。

 しかし、両者の間にはどこか剣呑な雰囲気が漂っている。

 やがて二人の言い争うような声がこちらまで聞こえてきた――



(三人称視点)



「――へへっ、そういえば嬢ちゃん。あんたあのシテンと同じ孤児院の出身なんだってな?」


「……だったら、なんでしょうか」


 表通りから外れた場所、やや薄暗く、寂れたその場所で、男と少女が会話していた。



「嬢ちゃんも大変だよなぁ、あんな恥晒しと同じ所で育ったなんて。あいつのせいで散々迷惑してるよなぁ? もし俺が同じ立場だったら恥ずかしくて耐えられないぜ!」


「…………冷やかしですか? もうご用件が無ければ、ここから立ち去っていただけますか?」


 男は冒険者で、この『鑑定屋』を訪れた客の一人だった。

 すでに用事は済ませたはずだが、男は店主である少女に言いたいことがあるのか、しつこく絡んでいたのだ。


「まぁ聞けよ。知ってるか? シテンが勇者パーティーから追い出された理由! なんでもあいつが勇者の活躍に嫉妬して、魔物をけしかけたらしいぜ。勇者様が探索失敗だなんてありえねぇからな、何か裏があるって、俺は前から思ってたんだ」


「………………ッ」


 男がシテンの話を始めた瞬間、少女は何かを堪えるように男を睨みつけた。

 だが男は少女の視線を意に介さず、勝手に話を続ける。


「シテンってのはとんでもなく卑劣な野郎だぜ。やっぱ孤児育ちってのはどうしても卑しい人間に育つもんなんだよ。勇者様も追放だけで済ますんじゃなくて、あんなガキぶっ殺しちまえば良かったんだよ。薄汚い孤児が一人消えたって、だーれも気にしないんだからな! もし俺が見つけたら代わりにぶっ殺してやるぜ!」


「ッ……いい加減にしてください!! シテンさんはそんな卑劣な真似をする人じゃありません! 何も知らないあなたが、知ったような口を利かないでください!」


「なんだと!」


 男の一方的な言い分に耐え切れなくなったのか、少女が男に真っ向から反論した。

 だがその行動は、結果的に男を逆上させてしまったようらしい。

 男は少女の胸ぐらを掴んで持ち上げた――!


「このクソガキ! 俺に文句でもあんのかァ!? やっぱり孤児ってのはシテンと同じで、育ちが悪いな! どいつもこいつも生意気だぜ!」


「グッ……は、放して……」


「……ほぉ、よく見たら嬢ちゃん、結構良いカラダしてんな? 背丈は小さいくせに、胸はしっかり育ってやがる。……こりゃあ、二人っきりで教育・・してやらないとな? 大人に刃向かったらダメって、親の代わりにしっかり教育してやるよ……」








「そこまでにしてもらえますか」






(シテン視点)


 物騒な会話が聞こえて来たので慌てて向かってみると、少女――シアが、見知らぬ男に胸ぐらを掴まれている光景が飛び込んできた。


 すぐさま距離を詰めると、シアを掴んでいる男の腕を、横から押さえるように掴む。


「そこまでにしてもらえますか」


「なんだぁテメェ? こっちは取り込み中なんだ、邪魔するな!」


 男は見た感じ、冒険者の様だった。街中だというのに、武器と防具を身に着けている。

 しかも男は酒気を帯びていた。顔も赤いし、どうやら酔っ払いのようだ。

まともな会話は難しそうだな。


「彼女から手を放してください。今すぐに」


「グオッ!?」


 僕が腕に力を込めると驚いたのか男はあっさりとシアを放した。

 解き放たれたシアはその場に尻もちをつき、激しく咳き込んだ。


「ケホッ、ケホッ……シ、シテンさん、どうしてここに……」


「――あぁ? シテン!? お前があのシテンか!」


 シアが僕の名前を呼んだ途端、男の態度が、僕を見下すようなものへとあからさまに変化した。

 そうか、やはり僕の噂はもう都市中に広まっているらしい。


「ちょうど俺もお前の事を探してたんだ……もし俺がお前を見つけたら、ぶっ殺してやるって決めてたんだよなァ!」


 そう叫んで刃物を取り出した男は、僕に向かって斬りかかってきた。

 ……街中なのに本当に襲ってきた。酔っぱらっているとはいえ限度があるだろ。


 だが、可愛い妹分に手を出したんだ、最初から僕も、タダで済ませるつもりはない。


「【解体】」


 スキルの名を告げる。ほぼ同時に、刃物が僕の胸元に命中する。だが。


 パキッ、と小気味良い音と共に、男の持つ刃物が粉々に砕け散った。

 接触のタイミングを計って、刃物の方を先に解体スキルで破壊したのだ。

 僕の身体には傷一つない。



「は……? あれ?」


「――【解体】」


 そして、隙だらけの男の身体に触れ、もう一度スキルを発動。

 男の身体は、僕の望むままの形で解体される。


「イ゛ギャア゛ア゛ア゛ァァァァァァアアアア!!??」


 男はその場でひっくり返ったかと思うと、泡を噴きながら体を激しく痙攣させ始めた。


 ……解体スキルで、神経だけを直接・・・・・・・切り刻んでやった・・・・・・・・。今頃男は地獄のような苦しみを味わっているだろう。


 あ、気絶した。しかも失禁してる。ちょっとやりすぎたかな……後遺症は残らない程度に加減はしたんだけど。


 店前で気絶されても迷惑なので、再び解体スキルを使って叩き起こす。


「ほら、起きろ。……もう二度とちょっかいを出すな。どうしても出したいなら直接僕のところに来い。今度はもっとひどい目に遭わせるけど。……分かったらさっさとどっかいけ」


「ヒッ、ヒィィィィッ!!」


 男は小便を漏らしたまま、脱兎の如く逃げ去っていった。

 これでひとまず、危機は去ったかな。


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