38 せめて安らかに

「ショータさん、ご無事でしたか。お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫です。あのローブの者は何とかしましたが、問題はあの巨大なマナツカミでして……」


 マナツカミについての情報を極氷龍に聞くと、改めてあの生物についての情報を教えてくれた。


「確かに、ショータさんの言う通りですね。マナツカミは本来温厚な生物ですし、あのようなことになったのも奴らに巻き込まれたせいでしょう。少しでも苦しみの無いように葬りたいというのなら、やはり心臓を一突きにして即死させるのが最善だと思います」

「はい。ただ、あそこまで大きいとその心臓の位置がわからないんですよね……」


 極氷龍から聞いた限りでは、マナツカミの心臓はだいたい体の中心部にあるらしい。しかしだな……あの巨大な体の中心部って言われても正直それを狙い撃ちするのは無茶だ。幸い、奴自体は動きもしないし何か起こそうと言う気配も無い。明確な殺気も無いし、あくまでもあのローブの獣人の命令を聞いていただけなんだろう。この都市の住民を根こそぎ吸い取っちまったのは大問題だが、それとこれとは話は別。奴の意思で無いのなら無意味に苦痛を与えるべきじゃあねえぜ。


「ぼ、僕が見る」


 極氷龍と共に避難していた少年が突然口を開いた。と思えば、心臓を「見る」とか言い出しやがったぞ。

 

「……見る、とはどういう意味だ?」

「僕は魔力そのものを見ることが出来る。生まれた時から持っている能力なんだ。これがあれば、あの生物の心臓の位置をだいたいだけど把握できる」


 俺の魔力探知に近いもんなのか? いや、言い方的にはそれよりもさらに精度の高い能力な気がするな。


「信用して良いんだな?」

「うん。僕はこの能力を使ってアンタを追って来たんだ。この都市で一番強い魔力を持っていたから、それを目印にした。アンタがこの都市にいるのは組織内にも伝わっていたけど、この都市のどこにいるのかは不明だった。でも、その状態でもピンポイントにアンタにたどり着いたんだ。精度なら間違いないだろ?」

「……ああ。なら任せたぜ」

「任せてくれってうぁっぁ」


 少年を抱え上げ、マナツカミの元へと飛んだ。


「少し揺れるかもしれねえが我慢してくれよ」

「ひいっぃぃぃ!?」


 耐えられないだろうから天雷の本来の速度は出してねえが、それでも衝撃は凄まじいみたいで少年は常に阿鼻叫喚の嵐だった。


「よし、そろそろ良いか」

「あぅ……ふぅ……」


 なんかもう限界状態だったが、これからが本番なんだよな。


「あとは位置を確認して……ぁ?」


 またしても獣宿しが解除されていた。どうやらあのマナツカミに近づくたびに魔力が霧散しちまうらしい。その場合問題が起こる。


「うおっぉぉ!?」


 抱えていた少年が落ちるんだ。


「んむっ」

「よっと、あぶねえあぶねえ」


 ギリギリで受け止めることに成功した。


「ぁ……ぁぁっぁ」

「どうした、どっか痛むか」

「ぃや、ちが……」


 少年の顔が赤い。そういえばさっきも受け止めた後に同じようなことが……あ、そういうことか。


「おいおい、小さくてもしっかり男なんだな。はっはっは」


 いま、俺は少年を胸で受け止めた形になっている。おまけに俺の胸に顔をうずめている状態だ。それも裸の状態で。そんな状態の男の心理ならわかるぜ。俺も男だからな。


「そ、そういうわけじゃ……」

「まあ否定はしないさ。俺だってその気持ちはわかるからな」

「……え?」


 少年は急に変な声を出して反応した。そんな妙なことを言っただろうか。


「まあ、今はそんなことをしている場合じゃねえんだ。名残惜しいかもしれないが、マナツカミの心臓の位置を教えてくれるか」

「べべ、別に名残惜しくなんかない。……えっと、だいたい中心よりやや下にあるみたいだ。でもここからだと正確な位置がわからないな。少し周囲を周って欲しい」

「おうよ」


 少年を抱えたままマナツカミの周囲を移動する。角度によっても色々と変わって来るのだろう。


「うん、だいたいわかった。高さは中心よりやや下くらいだけど、今いる位置から見て少し奥にずれてる。側面からの攻撃だと上手く当たらないかも……」

「そうか。でもそれがわかれば十分だ」


 それだけわかれば、後は細かな補正はこっちで出来る。早速攻撃に移ろうじゃねえか。


「少し離れていてくれ。巻き込んじまうかもしれねえからな」

「わかっ……た!?」


 少年を下ろしてマナツカミへと歩いて行く。また魔力が霧散させられるかもしれねえから、極力近づいてから獣宿しを行いたい。


「ぁ……ぇ……!?」

「どうした、変な声を出して?」

「な、何でもない!」

「そうか。よし、獣宿し『天雷』」


 魔力による能力の上昇が無くとも、天雷の力ならば貫ける。まずはヤツの上に移動して……この辺りか。後は位置を補正して……貫くだけ!


「グオォォォオオォオ……オオ……」

「すまねえ。せめて安らかに眠ってくれ」


 無事一撃で心臓を貫けたようだ。マナツカミは一瞬反応を示したかと思えば、すぐに沈黙した。そしてその後、二度と動くことは無かった。


 ……一応能力吸収もしておくか。これだけの能力があるんだ。きっと力になってくれるはず。


「……またか。一体何がどうなっていやがる」


 マナツカミから手に入った能力は『蝕命』だった。ナイトウルフの時と同じように、既に持っているものと同じ能力が手に入ったのだ。だが何故そうなるのかは、あの時と同様に考えてもわからない。


 色々と腑に落ちないが、とりあえずは終わったってことで良いんだよな。深く考えるのはまた後にしよう。


「後は……アイツも埋めてやるか。野ざらしってのは流石にな……あれ、どこに行った?」


 あのローブの獣人の姿が無かった。確かにこの辺りに彼女の亡骸はあったはずだ。今の攻撃による衝撃で吹っ飛んでいったか? いや、そこまでの衝撃波は出てないはずだ。一応、魔力暴走の結果として体が灰のようになっちまうことはあるが、アイツはそうなるまえに生命活動を停止させたはず。……なんだか嫌な予感がするな。


「終わった……のか?」

「ああ。とりあえず極氷龍の元に戻ろう」

「わかった……ってうおぁっまたかあっぁぁ!?」

 

 行きと同じように、少年を抱えて飛ぶ。生身の人間が耐えられる速度で飛んではいるが、耐えられるのと快適なのは違う。案の定、またも少年はグロッキーになっていた。


「これで解決したのですね」

「この都市での一件は、ですけどね」


 ひとまずここでの問題は解決した。だが、あくまで奴らの計画の内の一つを潰したに過ぎない。まだまだ奴らは何かを残しているはずだ。


「ひとまず近くの街に行きましょうか。人のいなくなったここでは色々と……」

「それについてですが……心配はいらないみたいですよ?」

「それって……」


 極氷龍がそう言うと共に、誰一人としていないはずの街から人の声が聞こえて来た。


「これは一体……」

「どうやらあのマナツカミは、吸収した魔力を人に戻せるようにしたまま保存していたようです。奴らに操られながらも、何とか抵抗していたんですね。ショータさんがマナツカミを倒した瞬間、内部に保存されていた魔力はこの都市に放たれ、人の形を取り戻したみたいです」


 まさかそんなことが……最後の最後まであの生物は抗っていたんだな。


「万が一奴らが再び攻めてきた時のために、私はしばらくこの都市に残って民を守ろうと思います。今度は洗脳されるなんてヘマはしませんとも」

「そうですか。出来れば一緒に戦って欲しかったのですが、極氷龍様がそう言うのであれば私は何も言いません」

「任せてください。代わりに、極水龍と王国のことは任せましたよ」

「はい、任せてください」


 極氷龍がいるのならこの都市も安心だろう。となるともうこの都市に残る必要も無いか。少々名残惜しいが、王国に戻るとしよう。あまり長く留守にはしたく無いし、通信機による会話だけだとリーシャも寂しいだろう。というか実際寂しそうだったしな。


「それでは俺は王国に戻ります。何かあったら極水龍様経由で伝えてください」

「ま、待ってくれ!」


 王国へと戻ろうとした俺を少年が止めた。


「僕も連れて行ってくれ。そして、共に戦わせてくれ。……アンタを殺そうとしたことを許してくれとは言わない。全部終わったらどうしてくれたって良い。でも今は戦わないといけないんだ……兄を殺した組織と! 新たな被害者が出る前に、奴らを壊滅させないとダメだ!」


 どうやらこの少年は奴らと戦う気のようだ。だが……。


「俺はそれでも構わねえが……アンタは良いのか? これからどんな危険な目に遭うかわからねえんだぞ」

「それでも良いんだ。僕は今まで獣人のためだと思って組織で活動を行って来た。でもアイツの言った理想の世界は、僕の考える理想の世界とは程遠いんだ。アイツらを野放しにして置いたら、他の種族が獣人を見る目が余計に悪くなるどころか、世界がおかしくなってしまう気がする」


 ……覚悟が決まっている目だ。タシーユ王国の国王さんやギルド長と同じような、確かな信念を感じる目。はあ、ここで突っぱねたら男が廃るってもんだよな。


「よし、良いだろう。アンタのその覚悟、伝わったぜ」

「い、良いのか!?」

「ああ。共に戦おうじゃねえか」

「わ、わかったぜっておわっぁあ!? ま、まさか……」

「そのまさかだぜ」


 少年を担ぎ上げ、王国の方向へと飛んだ。


「そう言えばまだ名前を聞いていなかったな。もう知っているかもしれないが、俺はショータだ」

「ぼ、僕はノア……うひぃっぃいぃ!?」

「ノア……か。これからよろしくな」


 王国に到着した時、ノアはしばらくの間一言も話せない程に限界状態になっていた。少し飛ばし過ぎたようだ。

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