30 極氷龍
「ふふっ正解です。貴方の言う通り、私は極氷龍……氷を司る龍種の最上位種であるプライムアイスドラゴンです。今は訳あってこの姿ですが、魔力を追って来たのなら元の姿を見なくとも信じてくださいますよね?」
「ああ。あれだけの膨大な魔力に、この氷の空間ですからね。信じざるを得ませんよ」
「それなら話は速いですね。この火山の惨状を何とかしに来たのでしょう? なら、私と貴方は敵同士。争わなければなりません」
極氷龍は穏やかな笑みを浮かべながらそう言った。姿だけ見れば絶世の美女なんだが、中身を本能が理解しちまっているからか素直に見た目通り受け入れられねえ。つっても極水龍も当然のように人間になれたからな。極氷龍が人の姿になっていてもなんらおかしくは無いだろう。そう割り切るしか無さそうだ。
むしろ重要なのはそこじゃない。人の姿でいる必要……その訳とやらが気になるところではあるな。そこに組織とやらが関わっているのかもしれねえし。
何にせよ、情報を聞き出すなら無力化しないと駄目そうだ。
「どうして極氷龍様がこんなことになっているのかはわかりませんが、こちらは本気で行かせてもらいますよ」
「ええ、望むところです♪」
極氷龍は笑みを崩さないまま、戦闘態勢を取った。極水龍もそうだったが、この極氷龍も戦闘に対して楽しさを感じているみたいだ。極龍自体が戦闘狂の集まりなのかね。
「獣宿し『天雷』」
「そ、その姿は……!」
彼女は確かに極水龍に匹敵する速さを持っている。なら、さらに速い極雷龍の力を使えばこっちの勝ちって寸法だ。だが、実際はそんな簡単な話では無かった。
「ふぅ……驚きましたよ。まさかこれほどの速さで動けるとは思いませんでした」
かなり強めに飛び込んだはずだった。光速にも匹敵するあの速さなら、いかに極雷龍と言えど避けることは難しいだろう。だが、実際の俺の速さはあの極雷龍に遠く及ばなかった。良くて極水龍と互角程度だろう。つまり、何かがおかしい。
「一体、何が起こって……?」
「あら、お気づきになりませんか?」
先ほどよりもやや煽るような声で、極氷龍が話しかけてきた。表情も少し腹立たしさの湧いてくるものに変わっている。
「……何が言いたいんですか」
「その姿に魔力、プライムサンダードラゴンのものでしょう? どういう理屈かはわかりませんが、貴方は光速にも匹敵する速度を持つ彼の力を使えるようですね。ですが……」
「くっ……」
またも彼女の接近を許してしまった。いや、頭ではわかっているが体が上手く動かない。何と言うか、全身の動きが鈍くなっている感覚だ。
「やはり私でも追いつけます」
「な、何なんですか!」
「そうですね。もったいぶらずに言ってしまいますか。貴方は今、本来の力を使えない状態にあるのです」
「何だと……!」
確かに速度は出ないし体の動きは鈍い。だが本来の力が使えない状態になるようなことは何もしていないしされていないはずだ……。
「うふふっ、まだ理解していないみたいですね。ここが今どんな状態であるか、見ればわかりますよね? これだけの氷に包まれた空間……並みの生物が満足に行動できるわけないじゃないですか」
……なるほどな。天雷を使っても極雷龍の速度が出せなかったのも、体全体の動きが鈍いのも、全てこの以上に寒い空間のせいか。確かに納得はできる。この温度でまともに行動するには元々低温状態で生活しているか、外気温をものともしない強靭な外皮などが必要だろう。むしろ特別寒さに強いわけでも無いのに最低限の速度が出せるだけ、極雷龍の能力の強さが段違いだってのがわかるぜ。
じゃあどうするか。正直そこが問題だ。炎龍を使えば寒さの問題は解決するだろう。ただそれだと極氷龍を相手にするにはスペックが足りない。本末転倒だ。あぁ、極炎龍の能力を吸収しておきたかった。そうすれば温度の問題と戦闘能力の問題が同時に解決した物を……。まったくあのクソ学者め。まあ極雷龍の力はアイツがいなかったら手に入らなかったんだよな……不幸中の幸いか。
「どうしました? もしかして、何の対策も無しに挑んできたわけではありませんよね?」
この女、隙あらば煽りやがる……!
「う、うるせえ! そのへらへらした顔をすぐにでも引っぺがしてやるからな!」
……とは言ったものの、実際今の俺に勝てる相手なのか? いや、勝てるか勝てないかじゃねえ。勝つんだよ。
要はあの氷と気温が駄目だってことだ。なら温めてやろうじゃねえか。
「獣宿し『炎龍』!!」
「今更その程度の炎で何をしようと言うのでしょうか。私の氷を溶かすにはまるで温度が足りませんよ」
「何勘違いしてやがる」
何も氷を溶かす必要はねえんだ。俺が満足に動けるだけの温度が、俺の周りにあれば良い。
「ほ、炎を纏って何をしようと言うのです……?」
炎龍の力で生み出した炎を体の周りに纏わせる。言わずもがな、あのフレイムオリジンとやらが使っていた方法だ。炎属性の魔力を直接操るってのはあの学者から聞いているからな。魔力操作に長けている俺に出来ねえ道理は無え!
「何という荒業……! これほどの魔力操作を人の身で行うなんて……最上位種に対して何たる侮辱を!」
「ははっ驚いたか? これなら気温の問題は無くなったも同然だな」
クソ学者のせいで起こった問題はクソ学者がペラペラと喋ったもんで解決する。地産地消ってやつだな。いや何か違う気がする。まあいい、これでハンデは無くなった。純粋な能力で言えば俺の方が上だからな。もはや勝ったも同然だろう。
「ぐっ……ハンデが無くなっただけで勝った気になるなんて、随分と幸せな方ですのね」
「言ってろ言ってろ。どうせ勝った方が正義なんだ」
「では勝ちます。勝てばいいんですよね!」
極氷龍は半ギレ状態で突っ込んできた。さっきの攻撃よりもさらに速い動きだが、頭に血が上っているのか動きが単調になっている。それに俺自身の能力も戻っていることも相まって、容易に避けることが出来た。
「ま、まだまだです。極氷龍の力はこんなものではありませんよ」
極氷龍は壁に張り付いているものと同じような巨大な氷の塊を撃ちこんできた。プライムドラゴンの使う属性攻撃は魔法じゃねえから蝕命で無力化出来ないのが厄介だ。
「ふっ、ふっ、そんな攻撃じゃ俺には当たらない……ぜ!」
あれだけのサイズの氷をぶつけられれば、流石の極雷龍の体と言えどひとたまりも無いだろう。だが当たらなければ割とどうとでもなるもんだ。
「ぅぐぐ、ちょこまかと……動いたら当たらないじゃないですか!」
「当たりたくないから動いているんだが!?」
「わかりました。それなら私の本気を見せましょう」
そう言うと彼女は魔法陣を大量に作り出し、何やら詠唱を始めた。
「極氷龍ともあろうお方が、隙だらけだぜ!!」
詠唱のために一切の動きを止めた極氷龍に、天雷による雷攻撃を放った。だがその金属すらも容易に貫くであろう一撃は見事に彼女の上に向かって反れて行き、決して当たることは無かった。
「チッ妙な魔法を使っていやがるな」
「最上位種たる者が、隙だらけになる詠唱中に何の対策もしないとでも? ……貴方は強かったです。ですがそれでも、私には及びません。いえ、及んではならないのです……最上位種に人の身で打ち勝つなど、あってはならないことなのです!!」
「うぉぉっ!?」
極氷龍の膨大な魔力が辺りを震わせている。地面が、空気が、大気中の魔力すらも、この場の何もかもが極氷龍の放つ濃密な魔力によって震わされている。間違いなく次の攻撃は、今までに見たことの無いレベルの大技が来る……!
「魂すらも凍り付きなさい……プライマリーアイス……!!」
「ッ!!」
一瞬、辺りの揺れが収まった。かと思えば次の瞬間には地面から現れた巨大な氷塊に飲み込まれ、俺の体は凍結させられてしまった。
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