13 獣人の村

 結局夕食までご馳走になってしまった。保存食と言っていたように干し肉と野菜の漬物を主にしたものだったが、店売りの携帯食料に比べればよっぽど美味い。というか逆に携帯食料が不味すぎる。パッサパサな上に味も薄い。どう調理したらこうなるんだ。……一応貰いもんだから文句は言えねえけどよ。


 それにしても運が良い。また数日野宿生活になると思ったが、まさかこうしてベッドで寝られるとは思わなかったぜ。まあこうなった理由が村のあの惨劇ってなって来ると手放しで喜んでいいもんなのか怪しくなってくるが。


 ……やることも無いし、早めに寝ておこう。明日も出来るだけ早く動き始めたいしな。なにしろ明日の内に獣王国に着かないと今度こそ野宿だ。


「おやすみ」


 誰も聞いちゃいないだろうが、日本での習慣を失わないように言っておかないとな……。




「おい! 起きてるか!」

 

 何だ? やたら騒がしいな。


「はい、何でしょう」

「緊急事態だ! ひとまず館のホールに来い!」


 とにかく焦っているようだったが、何かあったのだろうか。いや何かあったも何もこの村既に何かあったんだろうけど。


「全員揃ったようだな」

「村長、これは……」


 ホールの真ん中には死体がある。恐らく呼ばれた理由はこれだろう。それに見た感じまだ新しい。恐らく昨夜殺されたんだろうな。


「明朝、このホールで倒れていたのだ」

「くっ……やっぱり村をこんなにしちまったヤツがまだこの村の中に……!」

「落ち着くのだ。軽率な判断はかえって状況を悪化させるだろう」


 村民が死んでいるってのにやけに落ち着いている。いくら最年長の村長と言えど流石に冷静過ぎる気が……。


「だが俺が今朝村を周った時には誰かが入って来た痕跡は一切無かった。だから、これをやったヤツはまだこの村の中にいるはずなんだ」

「や、やっぱりそうだよな!」

「ううむ。となるとこの場の全員に疑いがあると?」


 まあそうなるだろうな。外から入って来た痕跡が無いってのが真実なら……だが。とは言え彼が殺したのならわざわざ自分を犯人の候補に入れる意味が無い。外から入って来たっていう証言と証拠を捏造してそいつに背負わせれば良いんだからな。


「ひとまず皆この村から……いや、館から離れないでいてくれ。このまま犯人をやすやすと逃すわけには行かない。そしていつどこで殺されるかもわからない以上は皆が同じ場所にいた方が安全だろう」

「そ、そうだよな。皆もその方が安心だよな……?」

「まあ村長がそう言うのなら」


 こいつは厄介なものに巻き込まれちまったな。さっさと獣王国に行きたいところだが、ここで抜け出せばあらぬ疑いをかけられかねない。ひとまずは村長に従っておいた方が良いだろう。


「ねえ、この傷口……何かに噛まれたみたいじゃない?」

「何? ああ、確かに。まるで肉食の魔物に食われたみたいだぜ」

「何だと!? まさか……この特徴は……!」


 村長さんが珍しく動揺している。一体どうしたってんだ。魔物に噛まれたってんならその魔物が犯人なんじゃねえのかね。飛べる魔物なら痕跡を残さず村の中にだって入ってこれるはずだし。


「ナイトウルフ……」

「なっ!?」

「嘘……」

「ひぃぃっ!?」


 何やら皆凄い動揺しているが俺には何のことだかわからない。名前からして狼の魔物か何かだろうか?


「逸話は本当だったのか」

「逸話とは……?」

「ショータ殿は外から来たため知らなくても無理は無かろう。この村には夜になると狼の魔物と化して村人を殺して周る怪物がいるという逸話が残っているのだ」


 狼男的なものか。いやそもそも獣人自体が狼男のようなものでは? 


 ……いやまあそれは一旦置いておこう。一応纏めてみると、獣人が狼男みたいな怪物になって獣人を殺して周るってことか。よくわからないが逸話になっているってことはかつて実際に起こったんだろうな。


「逸話によればナイトウルフは毎日一人ずつ殺していくのだと言う。そして最後の一人を殺し終えると、今まで殺した者の魂を生贄にして強大な魔物へと進化するのだと」

「そ、それはただの逸話だろう!?」

「だが逸話として伝わっている以上、かつて実際に起こったと考えるべきだろう」


 強大な魔物へと進化……か。もしそうだとしたらかなり厄介な話だ。恐らく村中の死体もそのための生贄に……いや、違う。確か村人の死体は首を刃物か何かで斬られていた。となるとこの怪物と村の惨劇は別の存在が行っている……?  


 ……というか毎日一人ずつって人狼か何かかよ。獣人の村で人狼騒ぎってギャグかよ! ……笑い事じゃねえけど。


「それじゃあ俺たちも明日には殺されるかもしれないのか!?」

「そ、そんなの嫌……」

「お、おいっ誰だ! 誰が怪物なんだ! さっさと正体を現わせ!!」


 俺を起こしに来た人が騒ぎ始めたな。そういえば昨日も俺をあまり良く思っていなかったような素振りだったな。


「落ち着けって」

「これが落ち着いていられる状況か!? この中に怪物がいるかもしれないんだぞ!」

「そ、そうだけど……」

「俺は部屋へ戻るからな!」


 行ってしまった。こういう時単独行動する奴って真っ先に殺されるよな。とは言えナイトウルフの逸話が真実なら殺されるのは夜中だ。ひとまず昼間は大丈夫だろう。


 ま、とりあえず今は妙なことはしないで流れに乗っていた方が良いだろうな。その怪物の動機がわからない以上真っ先に狙われかねないし。……その場合は返り討ちにすれば良いだけではあるんだが。


「では一旦各自部屋に戻っていてくれ。食事時にまた会おう」




 ……結局夜まで何も起こらなかった。本当に逸話通り夜中にしか殺さないようだ。その証拠に、また一人死人が出た。


「やっぱり怪物の仕業だ! 俺も明日には殺される……!」

「私たち、このまま殺されて終わりなの……?」


 怪しいと踏んでいた男性がやられたか。となると外から何者かが入って来た痕跡が無いってのは真実になるのか。怪物の仕業か、もしくは逸話をなぞった村人の反抗なのはまず間違いなくなるな。ならば次に怪しいのは来客に対してヘイトを隠そうとしなかったあの男性か。


「やはり逸話の通りだな」

「なあ、このままじゃ確実に殺されちまうよ! もう犯人なんてどうでも良いから村から出ようぜ! いや、もう許可なんていらねえ! 俺は逃げる!」


 また単独行動してるわアイツ。でも昼間は殺されないんだもんな。


「そ、そうよ……このまま殺されるくらいなら……」

「ま、待つのだ!」


 女性の方も出て行ってしまったな。


「……」

「……」


 村長と二人きり。気まずい空気がこのホールを満たしてやがる。


 そのまま数分が経ったとき、出て行った二人が戻って来た。その絶望的な表情から最悪な状況になっているってのは容易に想像が出来るが、一応彼らの口から聞いておこう。


「俺たちは村から出られない……」

「何だと?」

「見えない壁みたいなものが村中を覆っていて外に出られないんです!」


 なるほどな。結界魔法か何かで村を覆ったか。どうやら怪物は俺たちを逃す気は無いらしい。


「……そうか」

「クソッ……クソォォォなんでこんなことに!!」

「このまま……死ぬの……? 嫌……嫌よそんなの……」


 絶望的な状況だ。俺の力があれば結界は破壊できるかもしれねえが、ナイトウルフとかいう怪物を世に放つわけには行かねえ。それに獣宿しなんて今この状況においては怪しすぎる力だ。いたずらに使うわけには行かない。


「こうなってしまえば仕方があるまい。各々思い残しの無いように自由にするがよい」

「なっ!? こうなったのは村長のせいだろ!? なのにここで見捨てんのかよ!」

「ならばどうすると言うのだ。村の外にも出られない。犯人はわからない。ならばもう覚悟を決めるしかないであろう」


 ……おかしい。あまりにも冷静過ぎる。最初から違和感はあったんだ。村民が殺されているにしては落ち着きすぎていた。いくら何でも年の功ってレベルじゃねえぞ。……だがその場合、部外者である俺を招き入れる意味が無いんだよな。逸話をなぞるのなら、犯人にでっちあげる存在は村人かもしくはそれなりに村に馴染んでいる者である必要がある。いくら俺が獣人であるとは言え、部外者である以上は逸話の存在を重ねるのには無理があるな。


 あーわかんねえ。結局誰がその怪物なんだ。これなら最初から強引に探しときゃ良かったか。いや、それだと万が一濡れ衣をかけられたときに何を言っても信じてもらえねえ。今俺が動けなくなるわけには行かねえからな。この村の者たちには悪いが、その怪物が姿を現すまでは傍観させてもらうしかないか。


 そんな悠長な俺の考えをあざ笑うかのように、怪しいと踏んでいた男性が次の日には死体で発見された。……いよいよ怪物の正体が誰なのかわからなくなってきたな。

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