12 平和に忍び寄る不穏

 Sランク冒険者の一件からどれくらい経っただろうか。あれを皮切りに次々と問題ごとが起こるのかと思ったが、特に何事も無く日々は過ぎて行った。


 変わったことと言えばクライムの仲間たちがこの国に残ることになったことくらいだろうか。クライムはこっからそう遠くないところにある厚生施設に飛ばされたから、戻ってきた時にまた一緒に活動しようとしているんだろうな。本当に良い仲間たちだ。


 そしてそれによって嬉しいことが一つある。極水龍の相手をアイツらにある程度押し付けることが出来るんだ。とは言えSランク冒険者と極水龍との間にはそこそこの壁があるみたいで、満足出来無い日は俺が呼び出されることもある。それでも10の負担が9になっただけでも俺としては十分だ。


 そんな毎日にメスを入れるように、悪い知らせは唐突にやって来た。


「急なことで悪いな。だがかなり不味い状況なんだ」

「水龍様がそれだけ慌てるとは……一体何があったと言うのだ」

「他の国に向かった俺の仲間たちと連絡が取れなくなった」

「何だと?」

 

 そう言えば他の仲間たちが他の国に向かっているって言っていたな。というかコイツ、他の仲間が動いている中俺たちと暇つぶしに戦っていたのか……。


「む、なんだショータ殿その目は」

「いや、他の仲間は龍種洗脳について動いていたのに極水龍殿は……と」

「失礼な。俺だってショータ殿と戦っていない日は情報収集に動いていたんだぞ?」


 何だそうだったのか。とはならねえよ。仮にそうだったとして二日に一回は遊んでいるってことじゃねえか。


「まあいい。問題は連絡が取れなくなるような状況になっているってことだ。俺の仲間たちは皆プライムの名を冠する龍種の中でも最上種のヤツらだ。そう簡単にやられるはずは無い」

「となると極水龍殿と同等かそれ以上の何者かに襲われたって事か?」

「そう考えても良い……いやむしろそうとしか考えられない。最後に連絡が来たのは獣王国に向かったプライムフレイムドラゴンからだった。だから俺がそこに行って確かめようと思う」


 なるほど、極水龍は水系統ドラゴンの最上位ということなんだな。道理でコイツの放つ水が蝕命で無力化出来ねえわけだ。魔力で作り出した水なんじゃなくて水そのものを操っているってわけか。そう考えれば納得がいくぜ。


 ……しかし、コイツを向かわせるのはちょいと嫌な予感がする。話の通りならプライムドラゴンでも敵わない何かがいるってことだ。そこに極水龍が向かったところで返り討ちに会うだけなのでは……。それに龍種を洗脳するって輩との関連性も不明だ。場合によっちゃ極水龍も洗脳されちまうかもしれない。となれば答えは一つか。


「いや、俺が向かう」

「ショータ殿!?」

「話の通りなら極水龍殿が向かっても状況が悪化する可能性がある」

「だが……!」


 焦りが見えるな。自分の仲間がどうなっているのかがわからない状況ではそれも仕方無いか。だがこういう時こそ冷静な判断が必要だ。


「極水龍殿は俺が離れている間この国を守ってくれ。その間に俺が確認に向かう」

「ぐっ……わかった。だが少しでもダメそうなら戻ってくるのだ。ショータ殿を失えばこの国は……いや、下手をすればこの世界すらも……」


 話が飛躍し過ぎな気もするが、どちらにしろ死ぬわけには行かない。何としてでも解決して戻って来る。この国のために。そしてリーシャのために。


「それでは俺はリーシャにこのことを伝えに帰ります」

「そうか。それならば後でギルドに来てくれ。色々と必要なものを揃えておこう」

「ありがとうございます。では」


 王城を出て一直線に家に向かった。少しでも時間は無駄にしたくない。


 家に帰って一番にリーシャにこのことを伝えたが、流石に驚きの表情を隠せないようだった。それもそうか。まさか俺と離れることになるとは思わなかったんだろう。俺だってリーシャと離れる気は無かった。


「ショータ様……」

「そう言う事だから、しばらくこの国を離れることになる……うぉっ!?」


 リーシャが急に抱き着いてきた。急にどうしたってんだ?


「絶対に……帰ってきてくださいね」

「ああ、当たり前だ」


 しばらく抱き着いたままだったからその間リーシャの頭を撫でていた。俺の手の動きに合わせるように耳が動く。正直かなり可愛い。っと違う、今はそんなことを考えている場合じゃねえな。


 リーシャには心配をかけるが、それでも俺が動かないといけない。このまま放って置いたら結果的にこの国が危険な目に遭うかもしれないんだ。


「それじゃあそろそろ行こうと思う」

「……はい。どうかご無事で」


 家を出る時に見えたリーシャの不安気な表情が頭に残る……少しでも早く帰って来るから待っていてくれ。


 そうだ、確かギルドに来てくれって言っていたな。色々と揃えておいてくれるってのは旅の道具とかだろうか。まあとりあえず寄って行こう。


「む、ショータ殿か」

「お久しぶりですギルド長」


 いつのまにか名前で呼ばれるようになっていたが、今ではそれも慣れた。後になってわかったことだがここでは苗字がある方が異質みたいだしな。名前で呼んでくれたほうが色々と助かる気がする。


「目的地である獣王国までの道のりは遠い。少しでもその旅路が楽になるように、こちらで色々と用意させてもらった」

「助かります」


 野宿用のテントや携帯食料。ひとまず旅をするのには十分なだけの物が揃っている。とりあえずこれがあれば大丈夫だろう。


「……本当に良かったのか?」

「ええ。放っておいて事態が悪化してはいけませんから」

「そうか。では頼んだぞ」

「はい!」




「うっ……がはっ」

「お前は……一体……」

「どうか息子だけは……あぁ……あぁああぁ!!」

「おかあ……さ……」


 タシーユ王国から獣王国へと続く道の途中にある村。そこには多くの獣人が住んでいた。獣王国の近くという事もあり、悪しき者に害されることも無く平和に暮らしていた。しかしある晩、突如村民のほぼ全員が殺害された。


「生贄用の獣人は始末し終えました。後は儀式のみです」

『了解した。儀式までは身を隠していたまえ』


 たっぷりと返り血を浴びたローブで全身を覆う者が、通信を行いながら村から出て行く。手には異質な形状をした刃物を持っており、状況的にもこの者が村を襲ったと言うのは間違いない。しかし何故この者がそのようなことをしたのか。この村に残された者たちにそれを知る術は無かった。


『もうすぐだ。我々の野望が実現する日は近い』

『これもあの奴隷商のおかげだな』

「任務に関わりの無いことは話さないでいただきたい。私も気を付けてはいますが、何者かに聞かれている可能性もゼロではありませんから」

『うむ、そうだな。では皆、持ち場に戻りたまえ』




「こいつはどういうことだ……」


 血と死体の臭いで溢れかえってやがる。獣王国に行く途中に獣人の村があるっていうから休憩しようと思って来てみたらこれだ。やはり何か良くないことが起ころうとしているのか?


 ……一応生存者がいないか確認しておくか。


「誰かいませんかー」


 ……反応なし。やはり全員死んでいるのか?


 外から見る限り、どの建物内にも死体が転がっている。そのどれもが首を鋭利なもので斬り裂かれたような傷があるな。まず間違いなく誰かに殺されている。しかし何のために……。


「う、うわっぁああっぁ!!」

「おっと」


 突然影から斬りかかって来やがったな。殺気がすげえから気付けたが、コイツがこの惨劇の犯人だろうか。


「待たれよ!」

「そ、村長!?」


 村長……あの獣人がそうか。それにしても村長は生き残っているとなると、ますます村人が殺されている理由がわからん。こういうのって普通お偉いさんを殺しに行くもんじゃないのかね。一番のお偉いさんは残っていてそれ以外が軒並み殺されているとなると、逆に村長が怪しすぎるもんだが。


「すまないな旅の者よ。こんな状況で有るが故、皆ピリピリしておるのだ」

「いえ、こちらこそ不用心に立ち入ってしまって……」

「なあ村長さん! なんでこんな時に外から来たもんを入れるんだよ! ただでさえいつ殺されるかわからねえってのに、さらに不安材料を増やすなんて俺は耐えられねえ!」


 まあその言い分はわからなくも無い。


「若いのがすまないな。こんな酷い状態だが、少しでも休んでいってくれ」

「それは助かるのですが……良いんですか?」

「こんな時だからこそ、我々は強く生きなければならない。客人を蔑ろにするようでは前には進めんよ」

「……ではお言葉に甘えて」


 村長の合図と共に一人の女性が出てきて案内をしてくれた。それにしても流石は村長だ。こんな惨状だってのに冷静に先を見て行動をしている。やっぱり年の功ってやつなのかね。


 少し歩くと館のような建物が見えてきた。村の中とは違い血の臭いが薄い。恐らく掃除されているんだろう。


「それでは館の中でお休みください。保存食ではありますが食事も準備いたしますので、後でお呼びしますね」

「何から何まですみません」

「いえ、これも私たちが好きでやっていることですから」


 ……流石におかしくないか? ただの客人にここまでするだろうか。とは言えゆっくり休みたいところではある。ひとまず警戒は解かずに休憩させてもらうとするか。

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