第19話 思いがけない人物との出会い

 翌日、元の時代に帰る前に、美羽は洋子の部屋にあったポスターやCDのことを思い出して、急いで洋子の部屋の鍵を開けて入ると、そっとノートの切れ端に書き置きをしておいた。


「美羽? 何してるの?」

 裕星に訊かれて、急いで部屋から出てきた。

「ううん、なんでもないよ。さあ、お地蔵様のところに行きましょう」


 洋子の部屋の鍵を元の場所に戻していると、裕星が先にパソコンであの地蔵の場所を探し当てていた。


「これだな。画像を検索した方が早かった。珍しいほこらだから、すぐに見つかったよ。どうやら、この時代は、美羽の教会の裏にはないみたいだな。歩けなくもないが、最後にタクシーで向かおう。ほら、これ、前に親父にもらった昼飯代を取っておいたんだ」

 そういうと、この時代の千円札をヒラヒラしてみせた。


「現代に持って帰っても仕方ないだろ?」


 美羽は満面の笑みを返した。

「この部屋にもお世話になったわね。さっき少しお掃除しておいたけど、食料は調達できなかったわ。少なくなってるので、家政婦さんは洋子さんが時々戻ってきてたのかと思ってくれるといいんだけど……」




「さあ帰ろう! 母親の容体も心配になってきたからな」

 裕星は美羽の手を取ると、マンションの部屋の鍵を掛けて、「じゃあな、母さん」とドアに小さく呟いたのだった。


 裕星は電話でタクシーを呼んだ。タクシーはほどなくしてマンション前に停まり、二人は名残惜しそうにマンションを見上げると、決心したようにタクシーに乗り込んだ。



 裕星がタクシーの運転手に行先を告げた。

「TFYテレビへ」

「――? 裕くん、お地蔵様ってそんなところにあったの?」


「いや、帰る前に会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人? 私に?」

 美羽は不思議そうに首を捻った。



 タクシーを局の前で待たせると、すぐに戻るとだけ告げて、二人はスタジオの中に入って行った。

 最後に、二人は裕星の両親のスタッフをしていたときに持っていた関係者通行許可証を使って正面から堂々と中に入って行った。




「ねえ、裕くん、一体どなたなの?」

 美羽が裕星の隣を歩きながら尋ねるも、裕星はチラリと美羽を見て微笑むだけで何も言わない。



 すると、スタジオからちょうど二人の男女出てきたところだった。今生放送の番組が終わったので、これから楽屋に戻るところのようだ。


 二人は情報番組でインタビューを受けていたようだった


 裕星は「あの女性は新人歌手で、彼は有名なギタリストで作曲家だよ」とだけ告げた。


 まだ20代初めに見える彼女は、ギタリストの男性と仲良さそうに並んで笑いながらこちらに歩いて来る。美羽はその二人から目を離せず、しばらくいぶかしげに見ていたが、ふいに瞼が《まぶた》熱くなるのを感じた。


 廊下で呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた美羽に気付いて、新人歌手の女性がふと目を合わせた。

 美羽を真っ直ぐに見つめて、女性は少し首をかしげて訊いた。

「あの……私に何かご用ですか?」


 美羽は指で流れ落ちた涙を拭いながら言葉が出せずにいた。


「僕達に何か?」

 業を煮やしたように隣りの男性が訊くので、代わりに裕星が答えた。


「あ、はい。実は僕達、天乃帝翔あまのていとさんと美坂結子みさかゆいこさんのファンなんです。仕事をしながら、お2人にお会いできるチャンスを待っていました。それで今日偶然にもお会いできて……彼女は言葉も出ないくらい感動したんだと思います」と美羽の方に目をやった。


「――そうですか。僕らの曲が好きなんですか? 今度の彼女の新曲も僕の作曲なので、もしよかったら聴いてくださいね」

 そう言って美羽の顔をうかがった。


「あ、ありがとうございます……」

 美羽は目も合わせずそう言うのがやっとだった。

 女性は美羽の顔を見て不思議そうに首をかしげた。


「なんだか私達、雰囲気が似ていますね? 私、これからも頑張りますので、応援どうかよろしくお願いします!」と美羽に右手を差し出した。

 美羽が恐る恐る女性の手に触れると、温かく柔らかな感触が美羽の心の奥底に眠っていたあの時会えた母の温もりを思い起こさせた。


「あ、ありがとうございます」

 美羽はそう言うのがやっとだった。


 失礼します、と笑顔で通り過ぎていった二人の後ろ姿を目で追って、美羽は裕星の腕をそっと掴んだ。


「裕くん、本当にありがとう! 私のために、元気だった頃のお父さんとお母さんに会わせてくれて。今回は洋子さんのことしか頭になくて……」

 まだ涙が止まらず、何度も指先で拭いながら言った。



「いや、俺の方こそ、美羽のことをもっと考えてやれなくてゴメンな。帰る時がきて、思い残したことはないか考えていたら、二人のことが頭によぎったんだ。今回は美羽が一番頑張ってくれてたのに……。


 せっかく俺たちの両親が全員元気だったころに来られたんだ。このまま美羽の両親に会わせずに帰ったら一生後悔するだろうなと思ったんだ。

 今日のこの番組の事は、昨日父親のマネージャーから聞いて知っていたんだよ。美羽の両親がこの番組で共演するということをな」


「――裕くん。本当にありがとう! 前に会えた時よりあんなに若くて綺麗なお母さんに会えて、元気だった姿が見られて……。お父さんは、あの時と同じでとっても素敵で優しそうな人。この時二人はまだ恋人同士だったのね。あの二人の幸せそうな顔を見て、私も幸せな気持ちになったわ」


 裕星は美羽の肩をそっと抱いてスタジオを後にした。

 ほんの数分間の家族との対面が美羽の心を幸せで満たしてくれた。


 二人はまたタクシーに乗り込むと、裕星の肩にもたれながら美羽は静かに目を閉じ、さっきの両親の温かい笑顔を、頭の中で何度も何度も思い出していたのだった。

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