第13話 母親の恋の相手は息子の俺?
「裕くん、きっと考え過ぎよ! 洋子さんは今結婚を前に不安定な時期なのよ。
だから、裕くんみたいな、その……イケメンと出逢ったりしたら、そりゃあ、お母様でも一目惚れしちゃうわ。
でも、当たり前だけど、裕くんはお母さまにそんな気はないわけだし、お父さまは洋子さんを愛していらっしゃるんだから、きっと大丈夫よ。
それに裕くんは洋子さんにとって、大好きな旦那様とご自分の面影を併せ持ったいわゆる理想の男性なんだもの。こういうことって、どこにでもありがちかも。
ほら、結婚した息子さんのお嫁さんに嫉妬するお姑さんの話なんて、まさにそんな感じかもしれないでしょ?」
明るく笑い飛ばしている美羽の顔を見ているうちに、裕星は
「ああ、そうかもしれないね。俺はまさに母親の理想の男そのものなのかもね」
ジョークを交えながらも、自分で気持ちを整理をすると、
「そうよ! 裕くんはこれからは洋子さんとの接触は少し避けた方が良いかも知れないわね。私とお母さまが恋のライバルなんて……嫌だもんね」
美羽がふふふと笑っている。
「へえ、恋のライバルね」
裕星が美羽の顔をまじまじと見ながら言うので、美羽は照れて真っ赤になって両手で口を覆っている。
「ちょっとストレートに言いすぎちゃったかも」
二人で顔を見合わせアハハと笑い合うと、裕星が今まで不安になっていた先行きに明るい光が射してきた気がした。
美羽はいつもそうだ。こうやって裕星が落ち込んでいる時も自然に明るくしてくれる。
もちろん、美羽が落ち込んでいる時は裕星が寄り添ってきた。
二人は、恋人というだけでなく、こうした信頼関係がしっかりしていることで、お互いを信じ合うことに繋がっているのだ。
裕星は美羽と話しながら、寝酒にと買ってきた赤ワインをとうとう2本全部一人で空けてしまい、夜中の2時を回ったころ、二人はそれぞれが休む部屋に戻って行ったのだった。
裕星は自分の部屋に戻り、両親が
男と女の立場だけで愛するのでは、気持ちがすれ違った時に、互いに相手のことだけを責め合う
ベッドに横になりながら裕星はまだ今日の失態のことを考えていた。明日からもっと綿密な計画を立てなければならなくなる。
──明日は親父のバイオリンの伴奏で母親が歌うという正に願ってもない機会がある。まずそこで自分の存在より親父の存在を大きくするためにはどうしたら……。そう考えて眠れずにいると、トントンと部屋のドアがノックされた。
「裕くん、まだ起きてる?」
美羽の声がドアの外から聞こえた。
「うん、まだ寝てなかった。どうした?」
裕星が上半身を起こしてドアの外にに声を掛けると、「入ってもいい?」と美羽の小さい声がした。
裕星は、聞き違いかと思ったが、ハッと我に返り、さっきまで暑くてベッドの下に脱ぎ捨てていたパジャマのズボンを慌てて拾い、布団から飛び出してバタバタしながらなんとか
「失礼しまぁす……」
そっとドアを開けて美羽が入ってきた。
「どうした? 美羽から
「夜這いって……裕くん、下品ね」
頬っぺたをふくらませて裕星を
「だって、さっき裕くんがとっても落ち込んでいたから、気になって私まで眠れなくなって……」
そう言うと、「私、ちょっとだけなら一緒に添い寝してあげてもいいわよ」と大胆な言葉を掛けた。
「ええっ? どうしたんだ美羽、結構な大胆発言だぞ。いや、そんなの、こっちからお願いするよ。──おいで」
笑いながら掛け布団を
美羽は恐る恐るベッドに近づいて、裕星の横そっと潜り込んだ。裕星は少し斜め上から美羽の顔を覗いていたが、すぐに隣に寄り添った。
美羽は全く警戒もせず、大きな瞳で無邪気に裕星を見上げている。
「美羽大好きだよ。どんな時も美羽がいてくれるから前を向いていけるんだ。美羽はどうなの? 俺の事好き?」
酒の勢いもあってか、無邪気な美羽が愛しくなり、少し照れながらも裕星は改めて訊いた。
「──うん。私も裕くんのことが大好き。だから、裕くんをいつも支えてあげた……」
美羽が言い終わらない内に、突然裕星の唇が美羽の唇を塞いだ。
美羽は驚きと緊張で胸の上で合わせていた両手に力が入っていたが、裕星はそれをゆっくり
美羽は裕星の温かい体の温もりに安心感を覚えていた。ドキドキから安心感に変わるとき、それが『恋から愛に変わる瞬間』なのかもしれない、と美羽は感じていた。
次の瞬間、美羽は自分の身体半分に裕星の重みを感じて苦しさのあまり目を開けた。
「裕くん?」
目に飛び込んできたのは、美羽に体をもたれながら、隣りでスースーと安らかな寝息を立てて眠る裕星の美しい横顔だった。
「裕くんたら、こんなに疲れていたのに気を張って眠れなかったのね」
美羽は緊張が解れ、思わずホッとため息を吐いたが、なぜかほんの少しの寂しさも感じていた。
ゆっくり裕星の身体の下から這い出してそっと寄り添うと「おやすみなさい」と小さく呟いて、いつしか自分も裕星の胸の鼓動を聞きながら、安心感からストンと眠りに落ちたのだった。
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