第7話 愛される資格

「それじゃあ、手続きして今日から一緒に行動しましょう。まず詳しくあなたの事を教えて。あなたはどういう人なのかしら?」


「私は……ずっと洋子さんに憧れていました。もちろん結子の活躍も祈っていて遠くでいつも見守っていました。あ、都内に住んでいます。今は大学に通いながら教会の孤児院でボランティアをしています。え、っと……それから両親は私が小さい頃に亡くなってしまいましたので叔父と二人で暮らしています。

 洋子さんとお会いできて、本当に嬉しかったです!」と頭を下げた。



「へえ、あなた、ご両親がいらっしゃらないのね? 大変だったわね」

 洋子の一言に、美子は涙が出そうになった。こんなに優しい言葉を掛けられる人がなぜ息子の裕星にはあんな酷い仕打ちをしていたのか、と。


「今日は午後からレコーディングなのよ。急だけど、それに付き合ってちょうだい。それから、夕方、お付き合いしている海原と会うの。彼は忙しい人だから、一ヶ月の間に会えるのはほんの少しだけ。

 今夜食事をするんだけど、もしよかったら一緒に来ない?」


「で、でも、そんな貴重なお二人の時間をお邪魔したくありません。私は大丈夫ですから、どうぞお二人だけで……」

 美羽は慌てた。海原という名前を聞いて一瞬ドキッとしたが、裕星の父親の事を知りたい反面、二人の間を邪魔したくなかったのだ。



「いいのよ、今日はあなたのこと彼に紹介したいの! それに、結子さんのご親戚でしょ? 彼も彼女のことは知ってるから、ちょうどいいわ。一緒に食事しましょう。

 緊張することは無いわ。私達、デートに他の人がいても全然平気な関係なのよ」

 そう言いながら洋子の瞳が少し寂しげに見えた。



「そ、そうですか? それでは、お言葉に甘えて……私も世界的に有名な海原さんにお会いしたいと思っていたところでした」


 美羽は本心では裕星の父親に会いたい気持ちでいっぱいだった。





 洋子のレコーディングは二時間もかからなかった。あり得ないほどの速さなのは、彼女のスマート《賢さ》さにあるのだろう。てきぱきと支持されることを器用にこなし、あっという間にシングル曲のレコーディングが完了した。


 大きなウィンドウ越しにその光景を見ていた美羽は、本業のモデルだけに留まらず歌手までこなす彼女の器用さをうらやましくも思った。――母はそんな彼女のこときっと尊敬してしたっていたに違いない、と感じていた。



 約束のレストランに向かうタクシーの中で、洋子は美羽に自分の事を自然に語り出した。

「私ね、実は好きな人がいたのよ」


「―― ! あ、婚約者の海原さんのことですよね?」

 美羽がヒヤリとして訊き返した。


「ううん、違うわ。彼とはまだ正式には婚約してないの。好きだった彼は、海原の方じゃないわ」


「そ、それでも、今は海原さんが一番ですよね? だって……」


 洋子はフフと笑って続けた。

「ねえ、ちょっと聞いてくれる? 今は私の話よ」


「あ、はい、すみません」

 美羽は肩を上げて頭を下げた。一体どんなことを聴かされるのだろう。他の男性を今も好きで諦めきれないとでも言うのだろうか。

 でも、そんな話は聞きたくない……怖い。

 美羽はなぜか洋子の口から他の男性の名前が出ないようにとうつむきながら祈っていた。裕星の悲しそうな顔が頭に浮かんだ。




「私が好きだった人には大切な人がいるみたいなの。それは……まあ、いいわ。でも、その大切な人がいるせいで、彼、私がどんなに口説いても振り向いてくれなかったのよ。真面目すぎるわよね?

 でも、諦めたくなくて、時々彼のことを口説いていたんだけど、あるときね、その彼、私にこんなことを言ったわ。


『君は本当の愛を知らないんだ。だから不毛ふもうの愛にしがみついてるんだよ。君の運命の人は僕じゃない』って。

 ちょっと冷たくない? 何よ、不毛の愛にしがみつくって、馬鹿にしてるわよね?

 でも、その言葉でカッとなってテレビ局の仕事を放りだして飛び出したの。無茶苦茶でしょ?

 その時、雨の中でバッタリ出会ったのが、今の彼、海原なの」


 美羽は黙って洋子の話の続きを待っていた。


「海原はね、本当に大人なの。私がどんなことを言っても許してくれる。

 無口な人で、どんなにワガママを言っても黙って聴いているのよ。でも、裏返せば私に無関心ってことよ。私、本当は愛されてない気がして……。

 海原は昔からとてもクールな男で知られていたわ。彼は、私と自分が同じ匂いがしたって言ってた。そして、私に後悔させないって。でも、ダメなのよ」


「――ダメって、どうしてですか? そんなに素敵な言葉なのに」

 とうとう美羽が口を開いた。


「彼を愛せないの。だって、私にとって海原は勿体もったいない人だから」


「――そんな、そんなことないと思います! 勿体ないだなんて、真島さんだってこんなに素敵な方なのに!」


「ふふ――ありがとう。でも、愛される資格がないの……それだけよ」


 洋子の言葉に、美羽は再び言葉を失った。


 ――愛される資格がない。何度も自分が裕星に対して感じたことだった。裕星のような才能のある人と自分のようなものが結ばれていいのだろうか、と。


 しかし、洋子は自分とは違って華やかで、そして誰よりも才能に溢れ輝いている。

 そんな洋子の口から資格がないなどという言葉が出るとは夢にも思っていなかったのだ。

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