第6話 若き美の女神
シャワーから出てきた裕星が部屋に戻ってきた。バスタオルを腰に巻いただけの状態だ。
「ゆ、裕くん! ヤダ、何その格好! 早く何か着てよ!」
「ああ、おやじが置いてった服があると思うから探してみるよ。ほら、この部屋の大きなクローゼットあたりに……ああ、ほら、やっぱりあった!」
無邪気に喜んで父親の服を選んでいる。
「見てみろよ、おやじは俺と同じくらいの背丈だったんだな。全部ピッタリだ」
早速身に付けた服は少し古いテイストのファッションだったが、それでも背の高い裕星はスタイリッシュに着こなしていた。
「裕くん、すごく似合ってるね! じゃあ、私も洋子さんのお洋服をお借りしようかな?」
美羽は大きなクローゼット専用の部屋の中を探しドアを開けた途端、色とりどりの洋服がたくさん目に飛び込んできた。
「よかったな。でも、母親のはきっとお前には似合わないかもしれないな」
すでに着替え終わった裕星がクローゼットのドアの前に立って見ている。
「どうして私には似合わないと思うの?」
「だって、ほら見てみろよ。母親のは結構派手だからなぁ」
「それもそうね……。でも、着るしかないわね。あ、でもどうしよう……今気付いたけど、もし私が洋子さんの服を着てご本人に会いに行ったら、自分の服だって気づかれちゃわない? それに裕くんの方だって……」
「俺もそれを心配してたんだけど、考えたらこの部屋に来なくなってもう一年くらい経ってるみたいだからな。二人ともこんな服を買ったことすら覚えていないんじゃないか?」
裕星が部屋にあった一年前のままのカレンダーを指さした。
「――そうだと良いんだけど……。ちょっと怖いけど仕方ないわね。私の持ってきた服はこの時代に合わないみたいだし」
美羽は洋子の服の中でも一番地味に見えるものを選んだ。
「よし、行こう! 朝ごはんは冷蔵庫の中に何か食べられそうなものがあるだろう」
二人は冷蔵庫から、カットされている様々なフルーツやヨーグルトを取り出して食べた。二人はお腹も満たされると、意を決してそれぞれの仕事場の事務所に向かって行ったのだった。
*** 真島洋子の事務所 ***
美羽はいきなり入るのは
そこで昨夜考えに考えた一か八かの設定で行くことにした。
「あのぉ……私、実はモデルになりたいんですが、あの、こちらの事務所で雇っていただけないかと思って参りました」
受付の男性が美羽を上から下まで舐めるように見て
男は受付けと美羽が何やら
美羽はその男がどこかで見た顔であることにすぐに気付いた。洋子の秘書の
「川谷さん!」
思わず美羽は名前を叫んでしまった。
約24年前とはいえ、20代初めの若そうなその男には、40代になった川谷の面影がほんの少しあった。
「どうして僕の名前を? あなたは誰ですか? ん? もしかして新人歌手の
この時代、まだ生きているはずの美羽の母と間違えている。
「い、いえ、私は、ほ、
「ああどうりで、似ていますね。それで、うちの事務所にどんなご用件ですか?」
「あの……私、こちらの事務所の専属モデルとして雇っていただけないか、お願いに参りまして……。あの……真島さんにもお会いしたことがあって、それでこちらを訪ねてきました」
半分は嘘で半分は本当だ。
「ふ~ん。真島の知り合いですか? そうか、彼女は美坂さんとも仲が良いので、そちらの関係で知り合ったのですね?」
「え? あ、はい、まあ、そうです」
シドロモドロで答えた。
「今、真島は上にいますが、もしよかったら上って行ってください。今日はレコーディング前のリハなので、今なら時間があると思いますから」
川谷は美羽が母、美坂結子の親戚だと信じてくれたようだった。
――やっと洋子さんに会える。でも、そこからどうやって彼女と仲良しになって、婚約者の海原さんの話へと持っていけばいいのかしら。
切っ掛けを掴んだものの、美子はまだ何の
最上階でエレベーターを降りると、だだっ広いフロアに出た。レコーディング室や楽器の置かれた部屋など、そこはレコード会社を兼ねる大手芸能事務所らしい設備の整った広大な空間だった。
川谷の案内で連れてこられた部屋は応接室なのか、大きなソファがあり、まるでホテルのスイートルームのようだった。
どうぞここで、と言われてソファに腰かけて待っていると、間もなく洋子の声が聞こえてきた。
「誰なの、私の知り合いって。私、友達いないのよね。――変ね」
向こうから聴こえてきた洋子の声は、以前のタイムスリップで会った時よりも更に若々しかったが、やはり現在の洋子の特徴をしっかりと
ドアを開けて入って来た洋子を見る前に美羽は慌てて立ち上がって挨拶をしようとした。
「あ、あの、私、美坂結子の親戚で……」
「あら、貴女、本当に似てるわ! 結子さんにソックリね! 彼女の親戚の方って本当なのね?」
まだ話し終わらない美羽に構わず、洋子の方からニコニコしながら近づいてきた。
――なんだか、今の洋子さんと雰囲気が違う気がする。美羽は
この時代の洋子は、若いだけあって今よりもさらに美しく、裕星の母親らしくスタイルの良いスラリとした長身だったが、以前あった時よりも若いため、更にスタイルの良さが際立って見えた。まるでギリシャ神話の美の女神のようだった。
その上、堂々としており華やかな雰囲気はまったく今も変わっていない。
――昔から洋子さんは本当に華麗な人だったのね。美羽は洋子の美しさにしばし
「――それで? 私にどんなご用があるの? 結子さんはご存じなの?」
要件を先に
「あ、いえ。あの……、実は私、真島さんの事務所で、モデルとして雇って頂けないかと思いまして……」
「あら、それなら結子さんの事務所に頼めばよかったんじゃないの? 彼女のご親戚なら、彼女のコネの方が近道でしょ?」
「あ、あの、でも、母、あ、いえ、結子はまだ新人ですから、そんな力は無いかと……」
「ああ、そういうことね? ふ~ん、どうしたらいいのかしら? 私にもそんな力は無いけど……。
ああ、それならいいことを思いついたわ! もしよかったら、私の付き人をやらない?」
「付き人って何ですか?」
洋子はホホホと笑った。
「あなた、付き人も知らないの? 付き人はマネージャーよりももっとタレントの傍でお世話する人の事よ。それなら、私と一緒に行動できるし、いずれはモデルとして事務所に雇ってもらえるかもしれないわ。丁度女性の付き人が欲しかったところなのよ。もし、あなたがよければ、だけど、ね?」
「は、はい! 付き人で結構です! お願いいたします!」
美羽は洋子の一番近くにいられるという言葉で、
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