第5話 2人だけの秘密のマンション

「わあ! そういえば、裕星少年も確かそうやっていたわ」


 美羽が感心しながらパチパチと拍手をしていると、「なんだよ、その少年って」

 裕星が美羽に向かって口を尖らせた。


「知らなくてもいいよ。前にタイムスリップしたときに出逢った可愛い少年のことだから」うふふと微笑んだ。


「さあて、どうしようか。母親は多分ここには戻らないみたいだな。それなら好都合だ。俺たちがここを拠点にするのはどうかな?」


「でも、もし洋子さんが帰ってきたらどうする? 鉢合わせしたら不法侵入ふほうしんにゅうで訴えられるかも」


「いや、多分、母親は今ホテル暮らししてるはずだから大丈夫だよ。前に俺が小さい頃言ってた気がするよ。あんたが生まれる前はずっとホテルで暮らしていたって。結局、極度の寂しがり屋なのさ」


「そうなの。でも、今はお父様とは仲が良かった頃よね?」


「まあ今はね。親父とは俺が生まれた頃から亀裂きれつが生じたんだろうな」


「……ということは、そのときの亀裂を上手く修復できれば、裕くんが子供の頃からずっと家族で暮らせたかもしれないわよね?」


「まあそうかもしれないけど、本当に二人の気持ちが上手くいくかは分からないぞ。別れる運命は決まってることだからな」


「でも、だからこそ、私達がここに来たんでしょ! 少しでも何か手助けしていかないと、洋子さんは愛の無い寂しい人生になってしまうもの」


 裕星は大型の冷蔵庫を開けてサラミを一つまみして食べながら、振り向いて答えた。


「うん。そうだな。さて、俺たちはここにいれば取りえずは安心だな。冷蔵庫には食べ物もあるし、俺が子供の頃、家政婦が母親がいつ帰ってもいいようにと、毎週金曜の2時から4時の間だけ掃除に来て冷蔵庫の食料の入れ替えをしていた。その時間帯にバッティングしなければ、見つからずに安全にここで暮らせるはずだ。

 ベッドルームもたくさんあるし、なんならずっとここで美羽と暮らしてもいいくらいだよ」


「ダメよ! 長くいたら、いつかはバレてしまうから。でも、ここがあって本当に良かったわ。考えてみたら、教会はシスター達がいるから男の人は入れないし、二人が寝泊まりできる場所が確保できるかどうかが一番の心配だったから」


 美羽はすかさずリビングのテーブルの上にもってきたスケッチブックを広げて話し始めた。

「じゃあ、これから計画を立てましょう。私は洋子さんに接触してみるから、裕くんはお父様の唯月いつきさんと会って仲良くなってね!」


 美羽は関係図を作るために皆の名前を書きだして線で結んで行った。

 洋子と自分、海原唯月かいばらいつきと裕星に線を結ぶと、自分と裕星の間にも線を引いて、「お互いそれぞれ仲良くなってから、二人の気持ちを代弁だいべんして伝えて、会わせてあげるの。そして、最後に私たちが一緒に現れて、四人で合流する。それから……」

 二人は顔を付きあわせながら何時間も相談し合った。




 翌朝、カーテンの開け放された窓から明るい光が射しこんで、美羽はゲストルームのベッドの中で目を覚ました。

 確か、裕星は隣の部屋で寝ているはずだ。昨夜は一緒に寝ようかと言われたが、こんなときにとてもそんな気分になれず、ましてここは裕星の母親のマンション、いくらなんでも不謹慎極ふきんしんきわまりない。


 そっと部屋を出て隣りのドアを開けると、裕星はまだベッドの中でスヤスヤと寝息を立てていた。

「裕くん……そろそろ起きて!」

 美羽が覗きこむと、裕星の美しい色白の顔がまるでギリシャ神話に出てくる美青年の挿絵のように見えた。

 高くて形よくスーッと鼻筋が通り、広くて賢い額と細すぎず男らしい顎、それなのに、すべすべとして女性にも引けを取らないほど透明感のある肌、どれをとっても見とれてしまうほどの美しさだ。


 う~ん、と伸びをして瞼を開けた裕星と美羽がしっかり目が合うと、裕星がまぶしそうに目をこすりながら微笑ほほえんだ。

「おはよ、美羽。結局俺と一緒に寝たかったんじゃないのか?」


「まだそんなこと言ってる! 裕くんがまだ眠ってるから起こしに来ただけよ! もうっ!」

 美羽は真っ赤になって頬っぺたを膨らませた。


 裕星が起きぬけに、パジャマ代わりに着ていたTシャツを両手をクロスさせグイと一気に脱ぎ捨て立ち上がった。

「ふあ~、よく寝た。シャワーしてくるわ」

 そしてワイルドにも、脱いだTシャツをバサッと肩に乗せバスルームへ向かっていく。

 美子は慌ててくるりと背中を向け裕星の裸体を見えないようにしたのだった。


 裕星はそんな純情な美羽を見てフッと微笑むと、スイと戻ってきて美羽の背中を後ろからギュッと抱きしめた。


「美羽、今日はお互い潜入捜査せんにゅうそうさをするわけだから危険なこともあると思うけど、くれぐれも無茶だけはするなよ。ケータイがないから、何かあったらすぐここに戻って来るんだ。

 合い鍵はさっき玄関の収納棚しゅうのうだなの中で見つけといたから持ってて」


 そっと耳元で言うと、ゆっくり美羽の体を放し、鼻歌交じりに上半身裸のまま勝手知ったるバスルームへと向かっていったのだった。



 ふう〜。美羽はドキドキから放たれて息を洩らしたが、今度は潜入捜査の緊張でまた別のドキドキが襲ってきた。

 ――私なんかに出来るかしら? 洋子さんの年齢は今の私と大体同じくらいだから、何とかして仲良くならないと……。私はどんな設定で行けばいい? スタッフ? それともファン?

 それに、裕くんのお父様も今の裕くんより少し上くらいね。裕くんのお父様の場合、歌手じゃなくて有名なバイオリニストでしょ? そんな人に近づくなんて、裕くんの方がもっと大変かもしないわ――。


 美羽はありとあらゆる場面を想像しては、その難しさに不安を覚えるのだった。

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