第3話 タイムスリップお地蔵さん

「――? 地蔵って、こんな時に何を言ってるんだ」


「あのお地蔵様のところよ! 忘れちゃったの? 前に私がタイムスリップした時の話したでしょ?」


「う……ん。何となく覚えてる気もするけど……。でも、こんな時にどうしたんだ」


「今しかないの! まだ間に合うかもしれない。真島さんが後悔してるって話を聞いて思い浮かんだのよ! もうあのお地蔵様しかない。今度は裕くんも一緒に行きましょう! 元の世界への戻り方なら私が知ってるから」


 美羽のあまりにも滅茶苦茶めちゃくちゃな提案をすぐには受け入れることは出来なかったが、裕星は美羽が以前したことがあるというタイムスリップの話を思い出そうとしていた。


「お前、あまり非現実的なことばかり言ってるけど、もし百歩譲ってタイムスリップが本当に出来るとして、一体何をどうしたいんだ?」


「真島さんが、裕くんのお父様とまだお付き合いしていた頃に戻るのよ! そして、二人の気持ちがちゃんと分かり合ってお互いに好きだということにも気付いてもらうの! でも、これは危険な賭けでもあるわ」


「危険とは?」


「場合によっては、裕くんが生まれなくなってしまうことになるから……」


「俺が生まれなくなる? なんで?」



「つまり、私たちがもし真島さんとお父様に近づきすぎてもっと事態を悪化させてしまったら、婚約する前に二人が別れちゃったりでもしたら元も子もなくなるからよ!」


「それは俺が困る! お母さんが俺を生まなければ、俺は美羽と出逢えないからな」

 裕星はそう言いながら、まだ事の重大さが分かっていなかった。



「一番大切なのは、真島さんがお父様のことを好きだということを知らせることよ。あの頃の真島さんはまだ他の方に固執しているので、裕くんのお父さんが離れてしまう前に、ちゃんと真島さんに自分の本心に気付かせるの! 本当は裕くんのお父さんが好きだということをね」


「そうだな、母親はおやじのことを好きだったけど意地を張っていたみたいだし、結果、そのせいで俺も苦しむことになったんだ」



「もし、私達の計画が上手く行けば、洋子さんはもっと幸せになってて、今頃前向きに病気と闘ってくれているかもしれない。そして、病気を完治させて、また元気な洋子さんに戻ってくれるかも……。一か八かやってみない? 私、裕くんと一緒なら出来る気がするの」



「――わかった。タイムスリップに関してはまだ信じられないけど、とにかく美羽の言うとおりにするよ。ただし、もし、そういうことが実際可能なら、それに伴う危険もあるってことだ。


 誰かの運命を少し変えるだけで、バタフライ効果(*)が起きる可能性もあるからな。さっきお前が言ったみたいに、俺がこの世から消える可能性もありえるかもしれないし」



「それは私が嫌よ! 絶対に阻止するわ! でも、そんなことにならないように二人で力を合わせましょう! それじゃあ、私、探して見るね! あのお地蔵様って神出鬼没しんしゅつきぼつなんだから」





 その日から、美羽はボランティアの仕事が終わると寮の部屋でパソコンで地蔵の場所を調べていた。

 あの地蔵の独特な顔や祠は特徴があって目立つからきっとすぐに探し当てることができるはず、とタカをくくっていたが、いまだ見つけ出すことが出来ずにいた。


「ダメだわ……どこにもない。どうしよう。このまま見つからなかったら、洋子さんが……」


 美羽が連日部屋に籠って、何やら探し物をしているので、シスター伊藤が早朝ミサの後で心配そうに訊いた。


「美羽、一体毎日部屋にこもって何をしているの? 何か探しものでもあるの?」


「あ、シスター伊藤、そうなんです。探し物をしてるんですが、なかなか見つからなくて……」


「どんなものなの? 私に協力できるかもしれないから仰いなさいな」と優しく美羽の肩に触れた。


「でも、たぶんシスターにも分からないと思いますが……。変わったお地蔵様なんです。こんな感じの……」

 そう言ってプリントアウトした写真を見せた。


 シスター伊藤はしばらくその写真を眺めていた。

「あら、このお地蔵様のほこら、最近この教会の裏に出来た祠に似ていますね」


「教会の裏って、ここの裏に祠があるということですか?」



「ええ、以前は神社の路地の商店街にあったみたいだけれど、突然最近になって、この裏の道の脇に祠が移されていて、シスターたちの間でも話題になっていたのよ」ふふふと微笑んだ。


 美羽の表情がパッと明るくなった。

 シスターに礼を言うと、写真を受け取った足で、急いで教会の外に駆け出した。そして、そのまま裏の道に回り込むと、そこには――




「あ……あった! こんなところに。あんなに探していたのに、こんなに近くに来てくれたんだね」

 まるで子供にでも話しかけるように地蔵に向かってゆっくり近づいた。


 そして、ケータイで地蔵の写真を撮ると、裕星にメールで送ったのだった。

『裕くん、見つけた。教会の近くにあったよ』



 裕星からはすぐに返信が来た。『今からそっちに向かう』



 15分も経たない内に裕星が走ってやって来た。

「近くに車を停めてきた。これのことなのか?」


 裕星も地蔵を見て何かを思い出したようだった。

「あれ……、そういえばこの地蔵、前にもどっかで見たことがあったような気がするな」


「だから、あの時よ。私がタイムスリップの話をしたでしょ? 神社の近くにあったお地蔵様よ」




「裕くん、どうする? 一緒に行く準備はいい? もし、今タイムスリップして帰って来ても、こちらではほんの数時間しか経っていないから、たぶんこちらの世界にも支障はたさないはずなの」







(*バタフライ効果(エフェクト)

バタフライ効果とは、非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながることを意味する言葉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る