第2話

 ぶぶぶ――…


 左手に微かな振動を感じて視線を落とすと、

「ナナト」

 小さな液晶画面の中から、元素猫がオレの名を呼んだ。

 このゲームでは最初に出会った猫がナビ役を務めることになっている。オレの相棒は『銀(Ag)』。レアではないが、ファースト元素としては珍しい。

 昨日、ショッピングセンターでこの歩きスマホ対策用リストバンドを購入したあと、適当なベンチに座って初期設定をしたところ、たまたま近くにあったATMの前にぽよんと立っていたのだった。

 ATM、銀行、銀…。

 婚約指輪を買いに行って、プラチナ猫を手に入れた人もいると聞くから、まあそんなもんだ。細かいことは気にしない。

 オレは相棒に「エーちゃん」という名前をつけた。ATMのAだ。所詮オレのセンスはこんなもん。


「どうした、エーちゃん」

 銀色の猫に向かって返事をする。

「炭素猫発見。どうしますか」

 右手にスマホを持って、周囲の風景を映す。ゆっくりと向きをかえてゆくと、ごつごつとした木の枝から、たらんと茶色いしっぽが下がっているのが見えた。

『炭素(C)』の文字を確認し、相棒に指示を出す。

「エーちゃん、説得ヨウル

「らじゃー」

 銀猫は軽やかな足取りで炭素猫に近づいてゆく。オレはどきどきしながら成り行きを見守った。昨日から今日にかけて、何匹かの元素猫に出会ったが、捕獲に成功したのは2匹だった。足りないのは経験値。そしてパートナーとの絆だ。


 ――なあ~お。


 こんにちは。初めまして。銀猫が柔らかな声で炭素猫に話しかける。炭素猫のお尻がもぞもぞと動き、ちらりと振り返った。少し反応が鈍いか……。

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、エーちゃんは慎重にターゲットに近づいてゆく。


 ――うあ~ん?


仲間になろうよ。

炭素猫がゆっくりと向きを変え、すとんと木から飛び降りた。2匹の鼻先が触れあう。ふんふんとお互いに匂いを嗅ぎ合っているようだ。


 ――…るる、にゃ。


 エーちゃんがそっと額を舐めると、炭素猫は目を細めた。

 すっと画面から猫たちの姿が消え、中央に『転送』の文字が現れる。

「報告します。猫ラボに新しい仲間が加わりました」

「おつかれさん」

 誇らしげな顔の相棒に、報酬のササミをごちそうする。

 チリン、と絆の深まる音がした。

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