第14話 悪の総帥、家庭訪問(ひとりめ)

 ネオンの煌めく歌舞伎町。愛と欲の渦巻くこの街は人々の負の感情も集まりやすく、悲骸サッドネスも頻繁に沸くことから、実力のある魔法少女に任される地区であるといえる。

 だからこそ、『新宿のコウモリ』と呼ばれたふたりはこの地で魔法少女とマスコットとして活躍していたわけだが……ふたりが――主に泉が新宿を担当することになったのには、もうひとつ理由がある。


 夜23時。総帥は、いつもの軍服姿ではなく品の良い高級スーツに身を包み、ひと際煌びやかな店の入り口に佇んでいた。

 通りがかった女性の二人組が、そろりと声をかけてくる。


「わっ。すっごいイケメン」

「あのぉ~。このお店の人ですかぁ? だったら今日は新規開拓で、ココ入っちゃおうかなぁー♪なんて……」


 どうやら、店の従業員ホストと間違えられたらしい。

 総帥は、ネクタイを今一度締め直して、にこりと笑みを浮かべた。


「申し訳ありません。私は店のキャストではないのですよ、お嬢さん。本日はむしろ逆、お客なのです。今はお目当てのホストさんと待ち合わせを……彼が空くのを待っているところでして」


「えっっ……? 客? 男の人なのにですか?」


「何かいけませんか?」


 にこり、と微笑むと女性たちはなぜか意気消沈した様子で「もったいなぁ~い」と肩を落として去っていった。自身のことを遠巻きに様子見していた他店の男、黒服や逆ナン目当ての他の女性も早々にその場を立ち去っていく。

 すると、店の扉が開いて、二十代くらいの美形――ホストが顔を出した。


「あっ。遅れてすみませ~ん! 今ね、前のお客さんを太客専用の裏口からお見送りしたところなんですよ。彼女、思いのほか『延長する~!』って粘っちゃって苦戦しちゃって。ごめんなさいね、外で待たせるなんて真似して」


「おや、ひかるくん。お気になさらず。人気者は大変ですねぇ。うっふふ……」


「VIPルーム空けてあるんで! こっちです~」


 銀の髪をさらりと揺らして、見惚れるような所作と笑みで中に通される。

 総帥が端麗な瞳を細めて店内を見回すと、一瞬女性客の視線が集まるが、それらの驚嘆と奇異も美酒の肴とすることにした。


「もぅ~。ソースイさんが来ると他のお客さんが目移りしちゃって困るんですけど~! ねー、もうウチで働かない?」


「素敵なお誘いですが、残念ながら今は全うすべき責務があるので」


「ざぁ~んねん! あ。今日は何飲みます?」


「では、赤で。光くんのオススメを」


「ロマネ・コンティ?」


「んっ……ご勘弁を。それだと組織の財政が破綻しかねない」


「あはは! くそ高いもんねぇ! 冗談ですよぉ。でも正直な人って好きだな~!」


 紅いベルベッド生地のソファに腰かけてしばし待っていると、光くんはうきうきとボトルとグラスを手に帰ってくる。


「赤じゃないけどドンペリじゃダメ~? さっきのお客さんがね、下戸なのに無理に頼んでくれちゃってぇ。『私は光くんの笑顔のために買っただけから、あとは好きにしていいよ』ってぇ~。ザ・太客!!」


「うっふふ。相変わらず罪なお方だ。ほんと、兄弟そっくりですねぇ」


 差し出されたグラスをゆったりとくゆらせ、総帥は問いかけた。


「上のお兄さん……撫子なでしこさんの方は? そろそろ『家庭訪問まちあわせ』のお時間なのですが……」


「あ~、兄貴は……」


 言いかけていると、VIPルームの扉が開いて銀髪の美女が颯爽と現れる。

 そうして、『兄貴』と言いかけた光くんの頭を華奢なハンドバッグで殴った。


「な・で・し・こ・ちゃん、って呼べって言ってんでしょぉお!?」


「だってぇ、慣れないよぉ……いくら胸にヒアルロン酸詰めててもさぁ、俺にとっては兄貴だもん。つか撫子ちゃんってナニ? 源氏名?」


「出会い系で使うときの女性名よ。普段はメインで暮らしてる。あんたと一緒にしないで――って。総帥さん!? もう来てらっしゃったんですか!? ヤダ、私ったらお見苦しいところを……!」


 はわわ! と口元をおさえる彼女――いや。は。女性にしか見えないが、泉式部の上の兄、泉大和やまと(本名)その人である。


「いつも式部ちゃんがお世話になって……」


「あざまーす!!」


 そう言って、ふたりはスス、とテーブルの上に分厚い封筒を置いた。

 どう少なく見積もっても、数十万はありそうですね。ちょっと貰い過ぎな気が。それが×2。

 とはいえ、片方には『紫ちゃんの分♡』とメモ書きが添えてある。


 泉くんと菫野さんは隣家の幼馴染同士。兄弟である彼らも、菫野さんのことを実の妹のように気にかけてくれていた。菫野さんのご両親は彼女が幼い頃から比較的危険な海外(噂によるとその地区担当のハピネスが好戦的らしい)へ赴任をしており、母親同士が親友で、それまで家族ぐるみで仲の良かった泉家がいる日本の方が安心だということらしい。

 とはいえ、今ではふたりとも悪の組織の一員なのですが。


「悪の組織……でしたっけ? Youtubeの配信見ました。あんなに楽しそうな式部ちゃん、実家じゃあ見たことないもの。本当に、誘拐してくれてありがとうございます」


 そう言って、撫子さんは丁寧な所作で頭をさげる。


「ね~。俺も思った。式部があんな風に笑うの、紫ちゃんといるとき以外じゃあ滅多にないよね。ウチは親父が厳しいからさ~。おまけに俺も兄貴もこんなんで、家飛び出して。式部は小っちゃい頃からアホみたいに期待されてて……だから嬉しいんです。ずーっと、自分ばっか好き勝手やって式部には申し訳ないことしたなぁって思ってたから。あいつの楽しそうな顔見れて、俺……うぇぇぇん!」


「ちょ、汚っ! 光ってば、鼻水拭きなさいよぉ! そのバカみたいに高そうなスーツについたらどーすん……ああもう、すみません!」


「いえいえ、お気になさらず。兄弟想いのいいお兄さんですね」


「そんなんじゃないですよ、私も光も結局は父親と喧嘩して、身勝手にも家を出てしまったのですから。ふたりして働いて、お金が貯まったら式部を迎えに行くつもりだったんです。でも、総帥さんが誘拐してくれたから、かえって救われたというか……たとえ父がどれだけ金と権力を持ってても、『悪の組織』には勝てないものねぇ! あはは! あのときのくそ親父の顔ったら……! 見たことない顔で私の家までやってきて、『式部を知らないか!?』ですものねぇ! 跡取りを失って焦ってるのが丸わかり。知ってても誰が教えるかバァ~カ!」


「うっふふ。撫子さん、そうやって笑うと泉くん……式部くんそっくりですよ。ご安心ください、式部くんのことはお母様には報告済みです。『彼のことはただ、家出したと思ってしばしお任せください』とお伝えしてあります。お母様の説得の甲斐もあり、捜索願などは出されずに済んでいますよ」


「ふーん。警察とか使って無理にでも連れ戻そうとしないあたり、あの人も一応だったってことかな?」


「だといいわねぇ」


 くすり、と撫子さんが妖艶に微笑む。

 そうして総帥は、「ま。捜索願なんて出されても揉み消しますけどね」と、受け取った現ナマを懐に入れた。


「泉くんと菫野さんへの『支援金』……確かに受け取りました。これは、私の身に万一があった場合にも組織の皆さんが安心してくらせるように、泉くん名義の裏口座に貯蓄しておきますので」


「お願いします。だって、式部ってば私達……家族から施しを受けるのを極端に嫌うんだもの。こんなの、『施し』じゃなくて家族として当たり前の『心配』よぉ」


「だねぇ~。マジカル?とかよくわからないけど、式部のために俺にできることってこれくらいしか思いつかないし。ま、紫ちゃんと結婚式するときとか、パァーっと使ってやってくださいよ!」


「うぐっ……」


 にぱ! と笑みを浮かべる光くんに、総帥は、「実は何の進展もない」とは言えない。そんな思いとは裏腹に、撫子さんも身を乗り出して目を輝かせる。


「なになに!? 紫ちゃんと遂にいい感じになってるの!? どうなってるの!? ねぇ総帥さん! そこのところどうなんですか、ウチの式部は!!」


「ええと、同室で生活させることにはかろうじて成功しているのですが……式部くんは、その……チキ……ごほんっ。非常に素直じゃないので。菫野さんとの仲は、思った以上に恋には発展していないと言いますか。未だ菫野さんにとっては幼馴染の域を出ないようでして」


「「なにやってんの、あのくそチキン~~!!」」


「もぉ~!! だから『自分には素直に生きなさい』って何度も言ってんじゃないのよぉ!!」


「あはははは! 同棲しててまだ恋人じゃないの!? なんだソレ。なんだソレ! あははははっ!! はぁーウケる~。今日はその辺を詳しく……あ、ドンペリもうないや。俺、追加取ってきますね~」


「総帥さんも今日はたっくさん飲んでくださいね♡ 潰れたら介抱してさしあげます。こう見えて私、外科以外の看護もひととおりこなせるのよ」


「あはは! ソースイが兄貴に狙われてる! あははは!! 兄貴、こう見えて好きな人にはヤンデレなんで。夜道に気をつけて~」


「ご心配なく。私には、組織の者――ドクトルが開発した『危機感と切迫感、及び極度の恐怖に反応してオートで展開する携帯用魔法障壁装置』がありますので。防弾チョッキよりガードが堅いです。おふたりも、式部くんに負けず劣らずおモテになるようですから、お守りと思って持っていてくださいな」


「あざまーす!!」


「マジカル兵器……? いいんですか? 私たちみたいな一般人に……」


 きょとん、と首を傾げる撫子さんに、総帥は――


「おふたりは、大切なご家族……ですので」


 と、笑みを浮かべた。


 結局その日は、弟の恋バナを肴にボトルが四本空いて。万世橋は翌日、泥酔した総帥を朝一番の電車で迎えに行ったのだった。


 ぐったりとした総帥を「何やってんすか……」と担ぐと、妖艶な笑みを浮かべた銀髪の女性が万世橋の制服のポケットに札束を捻じ込む。


「お疲れ様、万世橋くん。これお小遣い♡」


「ごめんねぇ~。だって式部の奴、『迎えに来て』って言ってんのに既読スルーするんだもん。電話も出ないし。それよか、いつも式部と仲良くしてくれてありがとね~!」


「え? ええ? 総帥のケータイから知らない声で掛かってきたと思ったら……ひょっとしておふたりが、その……泉のお兄さん?」


 問いかけに、どこか面影のある銀髪のふたりは「「でーす!」」と笑った。

 ちなみに総帥は、回復するまでに三日かかった。



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