第13話 悪の組織は焼肉でイチャつく

「総帥にスパチャ小遣い貰ったから、美味いもん食いに行こうぜ!」


 と。万世橋に笑顔で誘われた白雪はうはうはだった。


 だってその日は日曜日。悪の組織の活動も定休とされていて、私服での外出だって可能なのだ。ドクトルの地道な観測によれば、闇堕ち魔法少女粛清砲――ラブ・サテライトは《真の闇堕ち》に対するオート発動以外ははっぴぃ理事長が手ずから操作しているらしく、出勤日でない土日は著しく出現率が落ちる……


 とまぁ、御託は置いておいて。せっかくの休日に万世橋に誘われた! というのが大きいのだ。悪の組織の軍服でも、学校の制服でもない恰好で出歩く……つまり、万世橋は共に行動する相方の魔法少女パートナーでなく、『白雪個人』に声をかけてくれたということ。一緒に出掛けたいと思われた、ということになる。


(パトロール以外で万世橋から声かけてもらうことなんて、今まであったかしら……? ううん、ないと思う。なかったはず……)


 悪の組織に入っておよそ一か月。ここにきて、総帥の『イチャラブ同棲生活訓練!』が成果をあげ始めた。


 正真正銘、デートだ!


(う、嬉しい……)


 白雪は、「すぐ支度する!待ってて!」と。いそいそお洒落をして、軽快な足取りで地上へ向かうエレベーター……万世橋の元へ駆けていった。


「お待たせ……!」


 上品な白のワンピースを揺らして声をかけると、万世橋は一瞬ぽかん、と表情を固まらせて頬を掻く。


(あれ……? なんか変だったかな? ただの外食にワンピースは気合入れすぎ? わからない……)


 泉が「男子は大体ワンピースが好き」と言うから、借りた雑誌で勉強してコーデしてみたのに、好みじゃなかっただろうか?


(そういえば……万世橋の好みのタイプとか、聞いたことないな……)


「昼、何食いたい?」


「えっ……と。万世橋の好きなものでいいよ」


「じゃあ焼肉!!」


(えっ。昼から? しかも白のワンピースで来ちゃったし……染みとか匂いがついたらどうしよう。太ったら、衣装からお肉はみ出しちゃうかなぁ? でも……)


「白雪は、焼肉って気分じゃない?」


 万世橋が、すっごくニコニコしてる……!

 焼肉、好きなのね? 今日はどうしようもなく焼肉の気分なのね? 

 ああ、この笑顔、守りたい!


「いいよ! 焼肉にしましょ!」


 白雪は、二つ返事で頷いた。


  ◇


「でさ~。スパチャは『組織』でなく『個人』に向けられた献金だから好きに使えって総帥が。俺のなんて泉や総帥に比べたら全然だけど、それでもちょっとしたボーナス気分だよなぁ。自分で稼いだ!って感じがして嬉しい~。……って、白雪も前回の配信で相当貰ったんだっけ? 可愛いと得でいいよなぁ!」


「そっ――そんなこと、ないわよ……」


 秋葉原の焼き肉屋へ向かう道すがら、白雪はどきどきしつつも、話しに耳を傾ける。万世橋の、パジャマや部屋着以外の私服を見るのは珍しい。いつも制服か軍服だから。でも、改めて見ると背が高くて、服のチョイスが謎英語のくそダサTシャツなのにどこかイケてる気がするのは、自分が盲目状態だからだろうか?

 おまけに――


(か、可愛いって……面と向かって言えるようになってる……?)


 正直、イチャラブ同棲作戦なんてバカにしていた。でも、タラシの泉や口の達者な総帥と接する機会も増えているせいか、学校にいたときと比べると確実に万世橋は進化している……! さらっとこういうことが言える程度には、女子に慣れ始めている……!


(でも、でも……!)


「……どうして紅乃さんもいるの?」


 思わず、少し後ろからついてくるパンツスーツ姿の少女に視線を向ける。

 紅乃は全体的にスレンダーで、天性の金髪碧眼な容姿は飾り気のない服装でもかえって人目を引く美しさだった。

 正直、嫉妬してしまうくらいには、紅乃は美少女だ。


 そんな美少女が。どうして。デートについてくる……!


「だってほら。俺、教育係?だし」


「日曜は先輩業務もお休みじゃないの?」


「え。だって紅乃、ぼっちだし」


(うぅぅぅ~! この朴念仁~! でも「ぼっち可哀想」で連れてくる、面倒見のいいとこと優しいところ、好き~!)


 内心で身悶える白雪をよそに、紅乃はスマホを万世橋に見せる。


「万世橋センパイ。次の角を左です」


「ほい。……あぁ~。ちょっと並んでるなぁ。まだ店開いてないのに。さすが高コスパの人気店。つか紅乃、そんなカタコトになるなら無理に『先輩』なんて付けなくていいし……」


「総帥命令なので。『紅乃さんは反抗的な態度が目立つので、一週間は万世橋くんを先輩として敬いなさい』という」


「また負けたのか。懲りねぇなぁ」


「だって、お嬢様の情報が一向に得られなくて……!」


「ドクトルも総帥も、アレでがんばってるんだよ。そんなに焦るなって。お前もマスコットならわかるだろ? パートナーの魔法少女、お嬢様が生きているってことくらい」


「それは、そうだが……」


(え? なになに? ふたりって、いつの間にか仲良くなってる感じなの?)


 マスコット同士しかわからない話で通じ合っちゃってる的な?

 女子(白雪)相手に、赤面しながらはわはわ会話してた一年前が嘘みたい。なに、このフレンドリーさ……!


(はわ。はわわ……!)


 白雪がはわついている間にも、ふたりはずかずかとランチの列に並び、ごく自然に焼き肉屋へと入っていく。順番が来て、奥まった四人席に案内されると、一番奥に万世橋が座る。秘伝タレや辛み味噌なる調味料をわくわくと眺める万世橋をよそに、白雪は逡巡していた。


(隣? 向かい? それとも……ああ、どっち!?)


 ふたりきりなら向かいに座るが。自分が向かいを選ばなければ、紅乃が隣に座る可能性がある。もたもたしていると、紅乃がそそくさと万世橋の隣に腰かけてしまった!


「センパイ。ランチメニューです。どうぞ」


「白々しい敬語やめろって。逆に敬ってねーからな、ソレ」


(なんか仲良さそう……!?)


 白雪も、慌てて向かいに腰かける。

 「白雪はデザートセット? 甘いもの好きだもんなぁ」とか聞いてくる声すら耳に入らない。


「すいませ~ん。注文お願いしまーす! Aランチ2つと、Bランチ。全部ドリンク+デザートセットで! あ。Aランチはひとつご飯大盛りで! え? スープもおかわり自由? やった~」


 なにげない会話が、いちいち愛しく感じるのは自分だけだろうか。


(あれ? 私って、こんなに万世橋のこと好きだったっけ……? こんな、ぽっと出の新人ちゃんに嫉妬して頭の中ぐるぐるになっちゃうくらい好きだったっけ……?)


 元々、万世橋のことは好意的に思っていた。

 「俺のパートナー(魔法少女)になってくれ!」と告白まがいのスカウトをされて、マスコットの契約をして。手段を選ばず、己が身をマスコットにしてまで夢に向かうだなんて、まっすぐな良い奴だなぁと思っていた。だから契約をした。


 総帥に目を付けられて急襲されたとき。身を挺して守ってくれて。

 「お前だけでも逃げろ」って……あんなの、好きにならないわけないじゃない。


 でもいつからだ? 頭の中が、万世橋でいっぱいになったのは……


(こんな、こんな……)


「うわ。美味そう~! いただきまーす」


「いただきます」


(…………)


「ん! うま! ほら白雪、焼けたぞ。食え食え。はい、タン塩。ハラミはまだ火ぃ通ってないなー」


(…………)


「あ。ご飯のおかわりお願いしまーす!」


「え。センパイ、もう二杯目……?」


「何言ってんだ。ランチなら三杯は余裕……あれ? 白雪全然食べてないじゃん」


「え? ああ、ごめん。焼いてくれたのね……ありがとう」


 はむ、と一口頬張ると。お肉の旨みがじゅわじゅわと舌の上に広がっていく。

 焼き加減も絶妙で、きちんと火は通しつつもお肉の柔らかさが損なわれていない……


「ん……美味しい」


 お肉は勿論だが。目の前のわくわくとした視線を見ていると、こちらまで胸が躍るようで。こんなに美味しい焼肉は、はじめてだった。


「だろ!? テレビでも特集組まれる名店なんだ。前から行ってみたいと思ってたんだよ。夜は高いけど、ランチならお得に……あ。白雪、口の端にタレついてる」


「えっ!? やだ、どこ……?」


 慌てて拭こうとすると、正面から紙ナフキンを手にした腕が伸びてきて……


「ん。取れた」


「「!?」」


 あまりに自然な動きだったのでつい見惚れてしまったが。

 さすがに紅乃も、およそ女子の扱いに慣れていないであろう万世橋のこの行動には驚いたようだ。口を拭かれた白雪も、ぶわわ、と顔が赤くなる。

 女子ふたりが閉口しているのを目にして、万世橋ははじめて自分が何かおかしなことをしたと気づいたらしい。


「あっ。えっと……あれ? イヤだった?」


「い、いいい、イヤとかじゃあ全然ないけど! ちょっと驚いたっていうか、その……」


「ごめん。俺、妹がいるからかな? そういうの見ると、うっかり拭いちゃって……フツーに考えたら、口元触られるとかイヤだよな? ごめ――」


「ぜんっっぜん!? 全然イヤじゃないわよ!? むしろパートナーマスコットなんだから、お口くらい拭いてくれて当たり前……!」


「そうなのか?」


 首をかしげる万世橋に、紅乃はぶんぶんと首を横に振って「ナンカチガウ」と抗議した。


「わ、私がイイって言ってるからイイの! ……ありがとね。拭いてくれて……」


 かぁぁ、と赤くなる白雪につられて、紅乃まで赤くなる始末。

 だが。万世橋はどこまでも鈍い亀だから。

 「じゃあいっか!」と言ってご飯の三杯目をおかわりした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る