第11話 悪の組織 ダークサイド

 タタン、タタン……


 客のまばらな夕暮れの車内で、白雪と泉は半人分の間隔を空けて腰かけていた。

 いくら同僚とはいえくそヤリチンである泉とふたりきり。白雪が本能的に警戒したがゆえの距離である。

 泉は「意識されてるっぽくてかえってウザぁい」などと言いながらSNSをチェックし、白雪は今日一日の報告書をタブレットで纏めていた。


「こんなものかしら……」


 作成したのはマジカル学園の見取り図だ。

 それに、今日実地で調査した部分と遮蔽物、地下階段などの詳細な注意書きを加えていく。いわゆるマッピング、というやつだ。


「もともと通っていたとはいえ、いざ学校を戦場にしようと思うと準備は必要よね」


「なにせ相手は異星体ハピネス……はっぴぃ理事長なんだから。そりゃあ学校が根城なわけだ」


 だからこうして、測量ができて戦闘時の有利不利を見極められる頭いい組がマッピングを任されたわけだが……


「助かったわ、泉くん。まさか私たちが悪の組織として要注意人物ブラックリストになった今でも、学園内から秘密裏に手引きしてくれる女の子をキープしていたなんて。サイテーね」


「おい。ソレ、褒めてなくない?」


「褒めてないわ。呆れてるの。よくもまぁ平気な顔して『ありがとう♡』だなんてキスできるわね。好きでもない女の子に」


「キスって……別に。たかがおでこに口をつけただけだろ?」


「ドン引き。」


「ウブで処女な白雪さんにはまぁ~わからないよねぇ? いいよ、もとから理解してくれだなんてこれっぽっちも思ってないしぃ」


 タタン、と鼻歌まじりにスマホを叩く泉を横目に。白雪の頭には『処女』の一言が渦を巻いていた。

 こんなサイテーのくそヤリチン、羨ましくない。羨ましくなんてないのに……


 紫とのあの距離の近さは、正直羨ましい。


(どうしたら、私もあんな風に万世橋と自然にくっつけるようになるのかしら……?)


 やっぱり、自分が奥手な処女だからダメなのか?


 もじもじと膝をあわせていると、泉は苛立たし気に目を細めた。パシパシと、長いまつ毛が鬱陶しそうにしばたたく。


「なに? 言いたいことあるならはっきり言ってよ。罵倒だろうがなんだろうが、隠される方がキモチワルイ」


 問いかけに、白雪は……


「ねぇ……その……やっぱり『処女』って、重いの?」


「は????」


「ほら、よく言うじゃない? 『処女は貞操観念がうんたら』とか『面倒くさい』とかなんとか……」


 もじぃ……と頬を染める白雪に、泉は一変してにやにやが止まらない。


「ははぁ~? さては僕が羨ましいんだな?」


「……!!」


「わかるわかるぅ~。本当は、白雪さんも万世橋とあ~んな風にイチャコラチュッチュしたいんだよねぇw??」


「ち、ちがっ……!」


「だったらまずは、その赤面癖を直しなよwwww」


 笑いが堪えきれない泉は、「あっはは!」と目尻の涙を拭いたあと、「安心しなよ、万世橋はそんなの気にしてるヨユーない系だからw」と鼻で嗤った。

 ほんと、逐一ムカつく奴だ。

 だが……


 泉は、白雪が万世橋のことを好きな事実を知っている。(というよりバレた)

 紫は仲のいい友達だけど言わずもがななにぶちんだし、こんな相談ごとをできるのは泉だけなのだ。悔しいけれど、そこだけは認めざるを得ない。


 そんな良き(悪しき)恋バナ同盟の泉は、何を思ったかポケットから小さな小瓶を取り出した。きらきらとした透明の液体に満たされたソレは、香水のように見える。


「白雪さんさぁ。そんなに万世橋のこと気になるなら……コレ、使ってみなよ」


「なに、それ?」


「僕がドクトルに個人的にお願いをして作ってもらった、超効く媚薬……『惚れ薬ラブ・パフューム』さ。せっかく悪の組織に入ったんだもの、これくらいのメリットや報酬はあってもイイよねぇ?」


(なっ……!?)


 いつの間に!? どうしてそんなモノ……いや、考えるまでもない。絶対、紫に使うつもりだ!


「サイッテー!! あなた本当に最低ね! そんな薬で女の子をモノにしようだなんて……! まさか、今日の子もソレで……!?」


「早とちり乙~。今日の子はただのファン。僕もコレはまだ使ったことないよ。でも効果なら動物実験で実証済み。人間への効果も……おかげでドクトルは、三日は抱き枕が『俺のヨメ』に見えたってさぁ」


「ドクトル、なにやってるの……? あの人は」


「天才科学者ぁ~♪」


 だが。どう見ても問題しかないその薬に、興味がナイ白雪ではない。


(これがあれば、万世橋が……? あ~んなことやこ~んなことをしてくれるっていうの……?)


 思わず、ごくりと喉が鳴る。


「ドクトルがマジカル……もとい、『感情エネルギーを物質化する技術』を研究しているのは知っているよねぇ? だって、ハピネスへの唯一の対抗手段だし。人造悲骸獣くんも、『悲しみ』を人為的に抽出して濃縮させた疑似生命体だ。あの精製技術をハピネスから奪って解明するのに、初代総帥は命をかけたと聞いている」


「それ、は……」


「おかげで今の悪の組織ぼくらがある。まだ基地もなにもない頃の話さ。で。『惚れ薬ラブ・パフューム』は、『好意』を抽出して濃縮、液体状にしたものだ。これを吹きかけられた対象は、『盲愛状態』になり、最初に見た人物以外のものが目に映らなくなる。もちろん、物理的に見えなくなるんじゃない。精神的に見えなくなるんだ。恋は盲目ってやつだね♪」


「なにそれ、最低最悪の状態異常。でも……そんなものどうやって作ったの? 人造悲骸獣くんの精製に必要な『悲しみ』なら、他の魔法少女と同じように街中の悲骸を退治すれば手に入るけど、『好意』なんて……」


 ハッとしたように見つめた先では、最低最悪のコウモリマスコットが八重歯をチラつかせていた。


「――『吸血』だよぉ。僕……コウモリの『感情エネルギーを血液から摂取する』って特性を用いれば、僕の身体、血を通して『好意エネルギー』を回収することができる。僕のことを好きな女の子を何人か食って、プレイと称して血を吸えば……ほら♪ あとは採血した僕の血からコレができるってわけだ」


 ダメだ。こいつ、終わってる……!

 でも、白雪は目の前に差し出されたその小瓶から目が離せない。


「ほんとう……なの……?」


 違う。聞きたいのはそうじゃなくて……そうじゃなくて……!


「だから、僕も効果を試してみて欲しくって。ドクトルはほら、変わり者だろう? 人間の実験台があの人ひとりじゃあ心許ない。それに僕は……コレを使うときは、何もかも諦めて死ぬときだから。だってそうでしょう? 紫が、僕以外の誰かと結婚するなんて耐えられないよ。死にたくなる。これはそのときのための保険だ」


「重っっっ……相変わらずね、そっちも」


「みりゃあわかるでしょ? 紫は、万世橋すら目じゃないくらいの朴念仁だ。こうでもしないと安心できない。そのくせボサっとしてるから、いつか誰かに取られちゃうかも」


「そこまで言うなら告白すれば? 『好きだ』って」


 当然の選択肢だ、とばかりに尋ねると、泉はぽかーん……と、口を開けて固まってしまった。

 そうして、数秒の後に座席から立ち上がり、激昂する。


「でっ……できるわけないだろ!? 拒絶されたらどーすんだ!!」


「いや、でも。好きな子に勇気をだして告白するのって、当たり前のことなんじゃ――?」


「はぁぁ!? 少女漫画の読み過ぎか!? ったく、これだから何もわかってない奴は! いーい!? 僕はキミらみたいなぽっと出のボーイミーツガールとはわけが違うの! 生まれた時から一緒の、生粋の幼馴染なわけ! 想像してみろよ、もし告ってフラれたら……僕は今の紫との関係や距離感を手放すことになるんだぞ!?」


「ああ……毎晩腕枕するような距離感ね?」


「なんで知ってんのぉ!?」


「だって紫が言ってたもの。『式部、二の腕ふにふに』って」


「くっっっそ!! 寝てないときあんのかよ!? せめて何か反応してくれ! 好きとか嫌いとか! あああ、もう!!」


(その距離、もはや羨ましいわ……私も万世橋に腕枕されたい。添い寝もして欲しい)


 でも、泉的にはそういう問題じゃあないらしい。

 つーん! とそっぽを向いて不貞腐れてしまった。その手におさまる小瓶を、白雪はじっと見つめる。


「……ちょっと分けてあげようか?」


「えっっ」


「コレは世界で唯一無二の逸品だ。でも、白雪さんは僕の貴重な同僚だから。朴念仁に振り回される苦労人同士、ちょ〜と同情してなくもないというか。決して自分が試す前に誰かに試して欲しいな〜ってわけじゃない」


「その胡散臭い笑みやめて。要は実験台になって欲しいんでしょう?」


「白雪さんだって、本当は喉の奥から手が出るくらいコレが欲しいんでしょう?」


「「…………」」


 人のまばらな車内に沈黙が満ちる。


 最近、万世橋がやたら紅乃ばかり構うので、なんだか面白くないなぁとか。紅乃が万世橋のこと好きになったり、その逆になったら嫌だなぁ……とか。


 つい、魔が差して。


 白雪は、「ちょっとだけなら……」と。その提案に頷いてしまった。




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