第9話 悪の組織とメイド服
「でぇ~。瑞樹ちゃんの闇堕ち衣装の参考になりそうなメイド服を探しに新宿に?」
「そうそう。総帥に頼まれて、おつかい」
平日木曜。俺は私服姿で新宿に来ていた。
隣にはオフショルニットがゆるカワな菫野さん。
こうしてふたり並んで歩いているとどう見てもカップルにしか見えないんじゃね? という謎の高揚が心を満たす。
かくいう菫野さんは甘いものが大好きな食いしん坊で、新宿に着くや否や駅ナカのエクレアを手にもふもふとそれを頬張っていた。
小さな口の端にクリームをつけちゃって、大きな瞳で「どしたの?」と上目遣いで問いかけてくる。くそ可愛い。
菫野さんは普段からぼんやり……というか口数の少ない方で、代わりに目で感情を伝えてくる節があった。会話をしようと思うと自ずと目が合う。長い睫毛の奥から黒々とした瞳を覗かせて……ああ、可愛いなおい。悪の組織はいつからアイドル養成所になったんだ?
件の瑞樹も金髪碧眼なクール系美女だしさぁ。白雪は言わずもがなだよ。
「菫野さんは元・『新宿のコウモリ』だろ? 新宿エリアには詳しいはずだから、総帥が一緒に行けって……」
「うん。新宿は元々担当だったから式部とよくパトロールに来てたよ。式部はね、お兄ちゃんが歌舞伎町で働いてて、その上のお兄ちゃんもこの街で性別適合――?の外科医をしてるの。だから美味しいスイーツのお店とかよく知ってて、私もよく行った」
「あれ? でも、泉のお父さんって確か、心療内科のクリニックじゃあ……?」
「そだね。だから式部が継がないと、パパさんのクリニックは潰れちゃうんだって」
「責任おっも。けど、そっか。だから泉はあんな頭いいのか……」
「うん。部屋でも目を離すと勉強してるよ。偉いよね」
「そうだな。でもその台詞、泉に言ってやりなよ。きっと千倍がんばるだろうから」
ちらりと菫野さんを横目に、思う。
(菫野さんが絡むとあんなにバカなのに。あいつなりに苦労してんだな……)
でもって、頭いい組の泉と白雪は今日は別件で、俺達オツムよわよわ組はこうしておつかいなわけだ。
同僚の闇堕ち衣装に使えそうなメイド服を探しに、新宿のコスプレ販売店を片っ端から漁る。これって悪の組織に必要な仕事なのか? いくらドクトルが「通販じゃあ質感とか限界があるよぉ」とかダダこねるからって……
こうやって男女で来ると、ぜってぇ「あいつ、隣の彼女に着せるつもりか?」って目で見られるじゃん。恥ずい。死にたい。総帥命令じゃなければ今すぐにでも逃げ出したい。でも逃げたら『特訓!キミは何発耐えられますかメテオ』でボコられるから。下っ端は大人しく従います。はい。
「でも、万世橋くんとふたりでおでかけなんて珍しいね。初めてじゃない?」
「へっ……? そ、そうだな……」
確かに、俺も白雪以外の女子とふたりきりでおでかけ……もといデートなんて初めてだ……
改めてそう言われるとなんだか照れる。だって、「初めてじゃない?」と問いかけるその目が思ったよりも嬉しそうに見えて――
ね、NTRじゃないからな! そもそも俺も菫野さんも、白雪や泉とは付き合っていないわけだし。
ただ、俺がちょっと白雪のこと好きだなぁ~って思ってるだけで……
「こっち。案内してあげる!」
そう言って菫野さんがどこか得意げに手を引くから、俺は若干頬を染めてついていくしかなかった。
菫野さんは泉で慣れているせいなのか、こうやってナチュラルに男の手を引けてしまう女の子なわけか……こんなん、色んな男が勘違いして闇堕ちしそう。もうひとりしてる奴知ってるけど。
そうしてふたりで新宿を満喫すること数時間――
「これ可愛くなぁ~い?」
菫野さんが、フリっとミニスカを揺らして試着室から出てくるのを写真に撮りまくる俺。それをドクトルに送り、合格が出るまで繰り返す。
「こんなのはぁ~?」
前かがみになって胸元をちらっ♡とする菫野さん。そんなことをしなくてもキミの谷間はボリュームすごいんだから、丸見えだって。
コレ……天然なのか? 恐ろしい。あっ鼻血でそう。
「瑞樹ちゃんCカップでしょう? これだと余っちゃうかなぁ~?」
「ん~?」とメイド服の胸元を広げて中をガン見している。
あ。ダメだこの子、天然だ。
「それ、菫野さんより小さい人に言ったらボコされるからやめときなよ?」
菫野さんより小さい人なんて、人類の九割に当たるだろうし。
(てか紅乃Cなんだ……思ったよりあるな。……というか何この任務! めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!? 美少女のメイド服姿無限に見れるのは眼福だが、羞恥の方が勝る!!)
「す、菫野さん。この店はこの辺にして次に行こうよ……」
さっきから店員さんと客どもの視線がヤバイからぁ……
(あぁ~! ドクトルも凝り性だなぁ! 『ミニ丈で清楚可憐で胸元がば空きでそこはかとなくエロティックで背徳的なメイド服』って何!? もう自分で選びに来いよぉ!!)
「待って、今着替えるから……あっ。万世橋くん、後ろのリボンほどいてくれない?」
「えっっ」
「着るときは被ればよかったんだけど、コレ、うしろに手が届かなくて脱げない~……」
見ればわかるよ。
そのリボン解かないと胸がつっかえて脱げないんだろ?
だから手伝えって?
俺は、顔も手も熱くなったまま動けない。
指だ。指二本動かして摘まむだけで、そのリボンはいとも簡単に解けるだろうに……!
罪だ……この、自らの手で彼女でもない子のリボンを解く行為がこれほどまでに背徳的だとは。
「ん~……! 届かない~!」
そう言って背中に手をパタパタさせると、がら空きの脇がくそエロいし、真っ白な肌がきめ細かくて、骨格が華奢で、可憐で……
(――ハッ!?)
俺はその光景を写真に撮ってドクトルに送った。
数秒後。
ドクトルからは「合格」が来た。
(……コレ。本当に悪の組織の仕事……なのか?)
総帥からの命令に、ここ最近、作為的なものしか感じない。
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