第8話 今日からはじめる悪の組織と、白雪ちゃん

 紅乃瑞樹は、白百合の魔法少女リリエッタこと東城とうじょう友梨佳ゆりかお嬢様に拾われた孤児だった。


 父の会社の慈善事業の一環として孤児院をしばしば訪れに来る、自分よりも三つ年下の可憐な少女。色素の薄い髪と真っ白なワンピースを靡かせて、「私も一緒に遊んでいい?」と。ふわりと微笑む。


 その笑みに、同性にも関わらず胸がどきどきと高鳴り、彼女の来訪を楽しみにしていた瑞樹は、男勝りな気の強さと身体能力、友梨佳からの信頼を買われてボディーガードとして東城家に迎え入れられた。


 なのに……


「守れなかった……!!」


 瑞樹は、あてがわれた自室の壁を手が腫れるほどに強く叩く。


「おい、やめろって……! 怪我しちまうぞ!?」


 自身のOJTもとい教育者(矯正者、はたまた洗脳者か?)を名乗る万世橋は、猛獣のように気の立っている私を部屋の外から眺めていたが、物に当たりだしたのを見てすぐに止めに入る。

 壁を叩いていた腕を掴んだまではよかったが、なんと声をかけたらいいのかわからないようだ。


「はは……止めるのか? もういいよ。こんな手、壊れたって、折れたって。こんな……付いていてもお嬢様を守れない手なんて。なんで……どうして付いてるんだよ!!!!」


 ダァン!! と再び壁を殴ると、今度はヒビが入りそうになる。


「自棄になるな! やめろって! せっかくこんな、綺麗な手してるのに……」


「綺麗!? 馬鹿を抜かせ! こんな役立たずの腕に価値などない! 私の手は何のためにある!? 剣を、銃を取り、お嬢様を守るためだ!! なのにそれすらできない!! できなかっ――あああああ! お嬢様っ――!!!!」


「落ち着け!!!!」


 両腕を掴んで、床に向かって吐きだされた、懇願するような大声にハッとする。


「勝手に連れて来たのは悪かった……でも頼むから……話を聞いてくれよ。俺はお前に、危害を加えるつもりはないんだ。組織のことが許せないなら、ドクトルの薬で記憶をなくして外にだすこともできるからさ……」


 ――そうか。そうだった。

 私は、悪の組織に誘拐されたんだった。


 お嬢様が《真の闇堕ちカオティック》してしまって、それを成す術もなく見ていた私の頭上に、謎の光が煌めいて。アレは多分、噂に聞く【闇堕ち魔法少女粛清砲ラブ・サテライト】で――


 お嬢様は、目の前から消えてしまったんだ。


 星の光に、粛清されて。


(ああ、あああ……! 私は、私はっ……!)


「…………もう、殺してくれ」


「!?!?」


「お前たちは悪の組織なんだろう? 私は魔法少女のマスコット――かつての功績、内在するマジカルにも多少の自信はある。煮るなり焼くなり好きにすればいいさ。解剖して心臓からコアでも取り出すか? それとも脳みそをいじくるか? はは……もう、好きにしてくれ。何もかもどうでもいい……考えたくない。生きていたくないんだよぉ……」


 涙ながらに訴えると、赤茶髪の男――万世橋は目を見開いた。

 そうして、信じられない言葉を呟く。


「……諦めんなよ」


「……? いまさら私に、生きる価値など――」


「お前っ!! そうまでするほど大事な奴がいるなら、簡単に諦めんじゃねぇよ!! お嬢様はいなくなった。確かにいなくなったけど……お前が死んで何になる!? お嬢様が帰ってくんのか!? そうはならねーだろ! 大事な奴がいるなら、ズタボロになって歯ぁ食いしばって……最期の最期までそいつの為に命を使え!! 死ぬのなんて、全部やりきってからでも遅くねーだろ!?」


 「だからっ……」と息を詰まらせながら万世橋は言う。


 なんで。どうして。

 お前の方が泣きそうなんだ……?


 だが――


「……方法が、あるのか? お嬢様を取り戻す方法が……」


 だったら聞かせてくれよ。

 私は、お嬢様のためなら悪魔あくのそしきに魂だって売ってやる。


「それはわからない……けど、【ラブ・サテライト】についての研究なら学園よりも進んでるってゆーか、教えられる。それは間違いねー。だって学園は、はっぴぃ理事長は……【ラブ・サテライト】について何もかもを生徒達に隠してるから。俺も、アレが感情エネルギーで動く超長距離衛星砲ただの兵器だってことは、組織に入ってから知ったんだ」


「!!」


「しかもただの兵器じゃねぇ。アレは、魔法少女を粛清と称して拉致キャトルミューティレーションしている可能性があるんだよ。ウチの組織の天才科学者ドクトルも、妹さんを探してあの兵器についてずっと研究してるんだ。だから、お前の力になれる」


 万世橋は、暗闇の中で光を見つけたような、蒼い瞳を潤ませる少女の手を取った。

 女子の手を握るなんて真似は正直慣れていない。だが、「生きていて欲しい」という気持ちを伝えるには、信頼してもらうにはこれしかないと。本能的に力を込める。

 その温かさと力強さに、瑞樹は言葉を失った。


 万世橋は、告げる。


「……悪の組織に入れ。紅乃瑞樹。今日から俺が、先輩だ」


 ◇


 そのやり取りを、白雪はそわそわしながら隣の部屋で聞き耳を立てていた。

 壁が厚いせいなのかたまにしか声が聞きとれない。しかし……


(『大事な奴がいるなら、ズタボロになって歯ぁ食いしばって……最期の最期までそいつの為に命を使え』かぁ……)


 そうやって、万世橋は自分を守ってくれたっけ。


 思い出し、白雪は口元を綻ばせる。


「大事な奴、ね……ふふっ」


 ――嬉しい。


 そんなあなたといたから。

 私は闇堕ちしたんだよ。

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