第7話 悪の組織と秘密のスカウト

 妖立魔地狩マジカル学園高等部。

 中高一貫のその学園に、僕も少し前までは在籍していた。

 いや、正確にはまだ在籍はしていて、拉致られて悪の組織の一員になったせいでカタチとしては学校をサボってるってことになるのかな?


(三週間ぶりくらいか……ひどく懐かしく感じるなぁ)


 放課後よりも更に暗くなった逢魔が時。ひと気のない第三旧校舎。

 呼びだしたミリス――もとい……あれ? 本名なんだっけ?

 ともかく。一個下の高一には到底思えない小柄な少女が、空き教室の扉をがらりと開けて入ってくる。

 僕は夕暮れを反射する銀髪を揺らして、錆臭い椅子から腰をあげて彼女を出迎えた。


「待ってたよ、ミリス。僕のファンなんだって?」


「泉先輩……」


 連絡先なら知ってるよ。僕には無数の伝手があるからね。

 変身後は金髪ツインテールだけど、普段の姿は黒髪でボブカットよりやや長めなのかぁ。うーん、惜しい。見てくれは美少女なんだから、これで胸があと4カップ大きければなぁ……


 とはいえ、僕だって暇じゃないんだ。さっそく仕事に取りかかろう。

 何の仕事かって? 悪の組織の仕事に決まってんだろ。


「前に言ってたよね? 『泉先輩と付き合いたい』って。それって、僕に気があるってことだろう?」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべ、単刀直入に尋ねると、ミリスは頬をほんのり染める。そうして、これでもかってくらい初心さを滲みだしながら指をもじもじとさせ――


「た、たしかに言いました……泉先輩はかっこよくて強くて、綺麗で……」


「おまけに実家は医者の金持ちだ。偏差値も七十はあるよ。将来的には父さんの跡を継いで心療内科医になる予定。運動神経は……まぁ、あの鎌捌きを見れば一目瞭然でしょぉ?」


 そう。これで食いつかない女子はいないんだよ。経験上。

 ――むらさき以外はね。


 だからわからない。なぜ、紫が僕に構って――夢中になってくれないのかが。


 先んじて言うと、ミリスは「わかっている」とでも言いたげに目を伏せる。


「私が中学生の頃から、泉先輩は人気でした。まだ高一なのに、卒業生の先輩よりも強いって。私は身体も小さくて、いつもチームの皆の足を引っ張っていて。だから、そんな強くてかっこいい先輩のことを『どうやったらあんなに強くなれるんだろう?』っていつも見ていて……そうしたら……」


「好きになってたんだ?」


 うーん。思ってたのとちょっと違ったけど、好意があることに間違いはないみたい。今まで僕にすり寄ってきた、金と顔だけが目的の女どもよりはいくらかマシか。

 見直した。

 だから――


「ねぇ、においでよ。ミリス」


 椅子から立ち上がり、細っこくてすぐに折れてしまいそうな腕を引き寄せる。

 ミリスは驚くくらい簡単に、僕の腕の中におさまった。

 ぐるぐると考え事をして、僕の言葉の半分も頭に入ってこないみたい。耳まで赤くなっちゃって……こうして見ると、素直な女子ってやっぱり可愛いなぁ。


(ふふっ。チョロ……)


 僕は悪の組織の人間だから。こうやってで仲間を増やすのもアリってわけ。

 ミリスのマジカルは拙いけれど、「アレは頑張る理由を探している途中ですね。ポテンシャルはある」とドクトルが言っていたから、僕は背を押してあげる。

 それだけのことだよ。


 そうして、できることなら――


「その力を、僕のために使ってみる気はない? きみにその気があるのなら、一回くらい抱いてあげなくもないよ。もちろん、気に入れば何度でも」


 セイカとのことがバレている以上、今更隠しても無駄だ。

 気に入らなければヤリ捨てることもある。

 まぁ、僕だって人間だし。好き嫌いくらいあって当たり前だよね?

 でも世の中には、その一回で食いつく女もいるんだよ。

 きみはどう? 見ものだな……

 僅かな可能性に縋って、僕に身を委ねるのか。

 それとも、こんな最低最悪の提案に唾を吐きかけるのか。


 前者なら組織に仲間が加わってラッキー。

 後者でも、ミリスが僕への憎しみで強くなればそれでいい。


 総帥は「ラブこそがマジカルの源!」なんて常々言っているけど。マジカルって要は、感情エネルギーを魔力的攻撃力に変換しているだけだからな。

 別にそこはラブじゃなくて憎しみでもいいわけで。

 総帥がラブラブうっさいのは、平和のための一種の啓蒙なわけだ。

 でも僕は、『闇堕ち』の起源は(名前からして察しがつくけど)きっとそんな甘っちょろいもんじゃなかったんだろうなと思ってる。


 だが。ミリスの反応は思ったものと違っていた。


「私……泉先輩が好きでした」


(『でした』……か。後者かな?)


「でも、私が泉先輩を想う『好き』は、いわゆるフツーの恋とは違くって、もとは憧れみたいなもので……」


「フツーの恋……?」


(憧れの進化系も恋だろ? それってフツーの恋とどう違うんだ? 女子って、たまにわけわかんない……)


「私は、あなたの『強さ』に憧れた。顔とお金に惹かれたんじゃありません」


 そう言って、ミリスはとん、と僕の肩を押して拒絶する。

 その眼差しは、先日見た幼女のようなソレとは異なる、決意を秘めたものに見えた。


「だから……そういう風に甘い顔と声でを誘惑しようとする泉先輩は、私の好きな泉先輩じゃない……!」


(…………)


「ふぅん……」


 そっか。そっかぁ。

 顔とお金に惹かれたんじゃない、ねぇ……


 ――初めて見るタイプかも。


「ふふっ。ふふふ……! 残念だなぁ。僕はきみのこと、キライじゃないのに」


 やれやれといったように肩をするくめる。

 残念だと思っているのは本当だ。

 いま、この瞬間。僕はきみに興味を抱いたから。


 目の前でまっすぐに僕を見据える小柄な少女は、あろうことか晴れやかな笑みを浮かべる。


「キライじゃない……かぁ。冗談でも嬉しいですね。ふふっ」


「何笑ってんだよ。僕のことフッておいてさぁ?」


「泉先輩こそ、笑ってるじゃないですか。フラれたくせに」


「笑ってないよ。そもそもフラれてないし。きみはまだ僕が好きだろ? 70%くらい」


「『フラれた』って自分で言ったじゃないですかぁ……? 意味わかんない。変な先輩。ねぇ泉先輩。泉先輩は……どうして悪の組織なんかに?」


「ん~……」


 悪の組織の目的がはっぴぃ理事長の抹殺であることは、外部の人間には内緒。

 僕が組織に入った理由はそもそもソコじゃないし、それこそ他人に教える義理もない。けど、この子……ミリスにだったら教えてもいいかなぁ。


 僕は、夕暮れを背ににやりと笑みを浮かべた。

 マスコットコウモリになってから異様に発達した八重歯は、普段は隠しているけれど、相方である魔法少女から信頼という名の魔力を吸血するために必要なもの。ちょっとした吸血鬼みたいなもんさ。マスコットなんてなぁ、魔法少女と契約をしたときからなんて捨ててるんだよ。


「どうして悪の組織に――だって?」


 それもこれも、全部紫のせいだ……


「……僕が、《真の闇堕ちカオティック》したからさ」


 そう。僕と紫は……

 魔法少女むらさきでなく、マスコットぼくの方が、先に闇堕ちをしたんだ。


 ◇


 結局、ミリスを悪の組織にスカウトすることは失敗に終わってしまった。

 基地に帰ってシャワーを浴びると、半裸の僕にさして驚きもしない紫が、ベッドで足をパタパタさせながら漫画を読んでいた。

 最近実写化されて話題な『きみに恋するあいつとそいつ』――少女漫画だ。

 僕は軽くシャツを羽織って、隣に寝そべるようにしてその単行本を覗き込む。


「紫はさぁ、そういうイケメン……男が好きなの?」


 ――僕の方がよくない?

 

 ヒロインを取り合うふたりの男の片方が、大ゴマで「きみが好きだ」と告白するシーン。普通の女子なら「きゃあぁ!」とかによによしそうなそのシーンを、紫はポッキーを齧りながら「ふーん」という顔で眺めている。

 いや正確には、「あ。こっちとくっつくのね?」みたいな感想か。幼馴染なんだから、紫の考えてることくらいわかるさ。


 頬杖をつきながら尋ねると、紫はポッキーを咀嚼したまま視線だけで『式部、おかえり』と返した。

 僕がいつ、誰と何をしても。紫は特に気にしない。


「ソレ、ちょっとちょーだい」


 こうしてポッキーを反対側から齧っても、まったく動揺することなく漫画の続きをめくった。そうして、せっかくの感動シーンにも関わらず飽きてきたのか、漫画を閉じてぱたりと横になる。


 僕の、真横で。


「ん……式部、おやすみ……」


 綺麗でさらさらな黒髪をこぼして。

 キャミソールに短パンとかいう無防備極まりない姿で。

 長い睫毛を眠たそうにしばたたかせて……


 瞬きの間にくぅくぅと寝息を立ててやがる。


(ほんっっっっとに男として意識されてないんだな……)


 くそすぎる。


 僕はその寝顔を眺めながら同じベッドに横になり、紫の首の下から手を入れて腕枕をした。紫の体温はひとより少し高くて、柔らかくて、いつもいい匂いがして。

 このくそ狭いワンルームで暮らすようになってから三週間。この状況をそこそこ役得と思える程度には慣れてきたけどさぁ……


 ちょっとぼんやりしすぎなんじゃないの?

 油断してんの? 信頼してんの?

 それとも、【闇の魔法少女】だから感情が欠落しちゃってるとか? だったらまだ直せるかもだし、マシなんだけど……


(幼馴染、かぁ。距離が近すぎて気が狂いそうになるな……)


「ねぇ。紫は……僕のこと、どう思ってるの?」


 その一言が、もう十六年聞けてない。


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