第4話 悪の組織流パトロールデート

 平日昼過ぎ。秋葉原の電気街口某カフェにて、俺と白雪はカフェオレを手に向かい合っていた。


「なんか久しぶりじゃない? こういうの」


「ああ、悪の組織に入ってから一か月近く、バタバタしててまともにパトロールなんて来れなかったもんなぁ」


 猫舌なのか、正面でカフェオレをふーふーする白雪は、懐かしそうに目を細める。

 いくら悪の組織に身を置いていてメディア露出もしてるとはいえ、制服を着てしまえばただの高校生だ。誰も気づかない。

 客の少ない店内には心地のいいジャズが流れていて……


(ああ。イイなぁ……)


 まごうことなきデートだよ。コレ。


 学園にいた頃、秋葉原を担当地区に活動していた俺たちはこうして毎日のようにパトロールという名の放課後デートに勤しんでいた。


 校内一と名高い美少女と、ふたり。

 コンビを組んだばかりで高一さいしょの頃の、どきどきとしたあの高揚を思い出す。


 だって白雪は傍目に見てもくそ可愛美少女だから、電車で移動するだけで道行くリーマンは振り返るわ嫉妬と羨望の炎に焼かれるわで、俺は色んな意味で心休まらない日々が続いていたっけ。

 初めて女の子とLINE交換して、「今日からよろしくね」って、差し出された華奢な手を握ったあの日を、俺は未だに覚えてる。


 当時は学年最強、『殴打の白雪姫』なんてあだ名のついていた白雪。

 将来を有望視される魔法少女の筆頭みたいな優等生にも関わらず、力を欲して俺と契約してくれた。

 『叶えたい、夢があるの……』

 学園の理事長たるハピネス――はっぴぃ理事長に功績を認められると「なんでもひとつ願いが叶う」という噂。それで病床のお姉さんを救いたいと願っていた。

 でも……


「今じゃあ、悪の組織かぁ……」


「色々あったわね」


「だなぁ」


 向かいで俺同様に口元を綻ばせる白雪は、到底『闇堕ちカオティック』してるなんて思えない可憐さだ。色素の薄いベージュの髪を耳にかけ、あたたかいマグカップに息を吹きかけている。下を向くと睫毛が長いのが一層よく見えて――綺麗だ。


 俺はふと、問いかけた。


「今でも憎いか? はっぴぃ理事長が……」


「うーん。私達魔法少女を騙していたのは許せないけど、異星体の侵略者なんじゃあしょうがないって気もするわよね。見たでしょ? あの第三形態」


「ヴェ〇ムかよって感じだったな。筋骨隆々な熊頭の巨漢でさぁ」


「おまけに首が360度回転しても死なないの」


「首もげても死なねーしな。アレにはビビった。アンパン○ンかよ……つか、ドクトルが言ってた。完全に滅殺するには塵ひとつ残さず焼き尽くすしかないって。今の俺らじゃ火力不足だと」


「なのにいつもは手のひらサイズの可愛い妖精。詐欺にもほどがあるわ」


「第一形態でも可愛くないだろ、あいつは」


「え? 可愛くない?」


「可愛い……のか?」


 俺たちと敵対している学園の生徒達は、あいつがであるということを知らない。

 だから俺たちは学園の魔法少女らと敵対することで、向こうの戦力を把握、あわよくば『闇堕ち』というカタチで奴に対抗する仲間を増やそうと、日夜悪の組織として活動しているわけだ。


 一見すると「敵対してたら逆効果じゃね?」って思うかもしれないだろう?

 でも、それもこれも全てはハピネスの目を欺くためだ。そうやって奴には理事長としてあぐらをかかせておく。

 それに、総帥いわく「敵対という幾度とない対峙の果てに目覚めるラブ……ラブパワァこそマジカルの根源なのです!」ってことらしい。要はより多くのラブ的要素を組織に取り込みたいわけだ。ハピネスをぶっ殺すために。


 俺と白雪とか、泉と菫野さんとかは、『契約』というカタチで結ばれた魔法少女とマスコット。簡単にいうと『力を得るためにコンビを組んだ』んだ。

 俺は【甲羅】という守りしか能のない自分をどうにかしたくって白雪と契約をしてもらったけど、中にはアイドルユニットとしての知名度を上げる為にコンビを組んだ双子の、夢霧ゆめぎりさん――もとい【原宿の夢獏ゆめばく】みたいなビジネスライクな関係の奴らもいる。


 ラブパワァ云々についてはよく知らねぇが、総帥いわく、そういうのは「あとからラブ」。敵対している魔法少女をタラシこむ――じゃねぇ。ほだして仲間にすんのは「先にラブ」なんだと。もう意味わかんねぇよな。


 最終的に組織内がラブに溢れてれば俺らは強くなるらしい。コンビ組んだ後にラブを育むか、ラブ育んでから組織に入るかって、順番の問題だな。

 だから俺は白雪と、イチャラブ同棲生活訓練とかいうわけわからん理屈で同棲させられてるわけだ。完全に役得だけど。

 とはいえ、総帥の戦略の全貌はいまだに謎だらけ。組織に入ってまだ日も経っていないせいか俺がバカなせいなのかはわからないが、その辺はおいおい総帥からきちんと説明があるだろう。


「そういえば、俺らが総帥に《真の闇堕ちカオティック》させられたのも、秋葉原だったよな……」


 あれから一ヶ月か。懐かしい。


 魔法少女やヒーローが感情を暴発させることによって起こる《真の闇堕ちカオティック》……

 単に仲間を増やす『闇堕ち』とはまた別の、本当の意味でマジカルを暴発させる魔法少女の狂化。俺たちマスコットと魔法少女は契約した瞬間から運命共同体だから、魔法少女がカオティックすると自ずとマスコットもカオティックする。でもって、マジカルが強化(狂化)される。


「どうしてあのとき、白雪はカオティックしたんだ?」


 その問いに、白雪はふい、と視線を逸らして頬を染めた。


「……総帥が、あまりに強くて。もうそうするしかなかったでしょう? なによあの強さ。【笛吹き男のハーメルン】……『ドレミファ・メテオ♪』で隕石降らせるとか、わけわかんないから」


「でも、いくら総帥に拉致られかけたからって、カオティックするか? カオティックしたら破格の力を得る代わりに、マジカルが暴走して身を滅ぼす。最悪死ぬかもって、授業で――」


「私だってしたくてカオティックしたんじゃないわよ! でも、だって……万世橋が私を庇って、ボロボロで。『お前だけでも逃げろ』なんて言うから、つい……てゆーかもういいでしょう!? その話は!! それより、今日は悲骸サッドネス出てないの!? マスコットなら早く探知してよぉ!!」


「あー、はいはい。ったく、何焦ってんだか……」


 だぁん! と顔を真っ赤にして机を叩く白雪に急かされて、俺はマスコット能力を発動させた。周囲の負の感情、悲骸サッドネスの気配を探って神経を研ぎ澄ませる……

 が。今日も秋葉原は平和だった。俺たちの日頃の行いのおかげだな。


悲骸てきはいないっぽいな。どうする? まだ一時だし、時間余ってるし。遊んで帰るか」


「あそっ……!? な、ナニして!?」


「……? どうしてそんなに慌てるんだよ。別にいいじゃん、ちょっとくらい遊んでも。仕事はしたし、サボリじゃないし。そーだなぁ、こっから近いのはカラオケとか……あ。漫画喫茶もある! 俺、実は気になる新刊があって――」


 スマホを手に問いかけると、白雪はなぜか俯いて顔を赤くする。


「ぜ、全部密室の個室じゃない……?」


「は? カラオケも漫喫も個室が基本だろ?」


「デートで密室って、どうなの……?」


「白雪、さっきから何言って――あ。ひょっとして体調悪い? 顔赤いし、カフェオレ全然減ってねぇし。気付かなかった……俺、マスコット失格だ……」


「まさか無意識……? どっちかっていうと、男として失格な気がするわ……」


「なんで?」


「バカぁ! 万世橋のバカぁ!」


「だからなんで????」


 なぜか罵倒されて首をかしげていると、突如として街に轟音が響く。

 俺と白雪は慌てて席を立った。


 頭上に煌めく異星の閃光は、星の彼方より標的を狙撃する妖精国ハピネス謹製の超遠距離衛星砲――【ラブ・サテライト】だ。

 またの名を、対闇堕ち魔法少女カオティック粛清砲ともいう。


 つまり……


「「《真の闇堕ちカオティック》が、出た……?」」


 俺と白雪は、減らないカフェオレをそのままにして喫茶店を飛び出した。



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