第3話 悪の組織の反省会

「いやぁ〜、お疲れ様でしたぁ! 道玄坂襲撃事件、早速ニュースになってますよ。強奪した店舗や企業への給与と待遇が保証されていると発覚した件で、世間からの評判は上がってんだか下がってんだか。皆さん、手のひら返しまくりですねー」


 無事に任務を終えて組織の地下基地へと帰還した俺たちに、総帥はにこにこと胡散臭い笑みを浮かべる。


「あ。ほんとだ。『悪の組織、その真の目的はブラック企業を対象とした世直しか!?』ですって。見て、万世橋も見切れ気味に載ってるよ」


「わっ。別に載らなくていーのに」


「毎日のようにワイドショーで特集も組まれてますし、大きな声では言えないけれど隠れファンクラブもあるんだとか。元カリスマ学生モデルの泉くんはもちろん、『ゆうむら(優兎×紫)、尊い!』だなんて百合豚まで沸いちゃって。各種サイトのアフィリエイトもうーまうま。ほんと、君たちを誘拐してからというもの組織の資金力はぐぐーんとあがって、いいことずくめです!」


 まさか、そのための顔セレクト?

 俺らは一種のヒーローショー扱いか?


 一方で総帥は、「お金がなくて、幹部のラブちゃんとドクトルと、三人で一個のカップラーメンとコンビニパンを分けあったあの日が懐かしくすら感じますぅ……」と。謎の感慨に浸っている。


「三代目から組織引き継いで基地を建設したてのあの頃は、ラブちゃんにお水(水商売)させたくなくて、私もドクトルも非力なのに日雇いの土方がんばったりして……」


(総帥は顔がいいんだから、普通に結婚詐欺師でもすればよかったんじゃ……? つか、まずはドクトルの天才的頭脳をもっと違うカタチで使えよ)


「ああ。最近では万世橋くんもね、裏サイトで『いっつも守ってくれる盾! 頼もしい!』だなんて言われてるんですよぉ。まぁ、ウチでは唯一前衛で身体張るワイルド系ですからねぇ」


「わ、ワイルドだなんて、そんな……へへへ。ただの脳筋っすよ……」


 あっ。そんな、白雪まで俺の胸筋をガン見しないで。俺、ゴリマッチョじゃないよ。そこそこだよ、そこそこ。

 照れるじゃん、やめて。


「ちょ……白雪、見過ぎだから……」


「…………細マッチョ……ごくり」


「でもさぁ、やってることは一応略奪なわけじゃん? 世間の評判とか今更気にするか? サイテーなことはわかりきってんでしょ」


「泉くん、気になります? ご安心を。キミの今日の『一回ヤッた』発言は、きちんとオンエアされないように揉み消し……対処してますから。そういうのはね、我々大人の仕事です」


「気にしてんのはそこじゃないけどぉ……」


 呆れたような泉のため息を最後に、俺たちは今日の反省会を終えた。

 出撃後に、ときたま総帥の声かけで行われる反省会。それが終われば悪の組織の仕事もひと段落だ。このあとは解散、各自自由時間となる。

 ちなみにこの反省会で、何かを得られた試しはない。今日もいつも通り、ダベっただけで終わってしまった。


 学園から離反してからというもの、俺たちは姿を隠すようにして地下基地に住んでいるため、学校には通っていないししばらく家にも帰っていない。


 悪の組織に身を投じてそろそろ一ヶ月。いくら総帥が情報操作諸々を駆使して「息子さんはわけあって我々に力を貸してくれている、身の安全は保証する」ということになっているとはいえ、さすがに家族は心配してるだろうな……

 

 俺たちは、きっかけは誘拐だったかもしれないが、今では自分の意思で悪の組織に手を貸していた。


 こうして出撃して魔法少女の気をひいて、学園の保持する戦力を把握。あるいは資金や物資を調達して、組織として力を蓄えていく。

 目下のところはそういう感じで動いてる。


 そもそものマジカル学園が設立された理由である、人々の負の感情から生まれるバケモノ、悲骸。それを密かに退治するのも、学園在校時と変わらない俺たちの仕事だ。


 だって、急に離反したからって、担当していた地区に悲骸が沸かなくなるわけじゃない。

 稼働できる魔法少女の数には限りがあるし、俺らの担当だった秋葉原の平和を守るためにも、代わりの魔法少女が配置されるまで、その辺はきちんとするつもりだ。


 明日は出撃はナシ。

 学園在校時のコンビ名が『秋葉原のウサギとカメ』である俺たちは、秋葉原にふたりでパトロールに向かうことになっている。


「とりあえず、部屋戻って休むか〜!」


 ぐーん、と大きく伸びをして、白雪と共に地下三階の部屋を目指す。


 白雪との共同生活を始めて一ヶ月。

 あのくそ狭ワンルームにも慣れてきた。

 床で寝る痛さにも。


 一個しかないベッドは白雪に譲ってるから、俺はいつもラグの上。枕と毛布でなんとかしている。

 一応ソファもあるんだけど、総帥のお節介すぎる計らいにより『ぎゅぎゅっと密着!カップル仕様』になっている為、横になると脚が出まくるんだよ……


 まぁ、その辺はもう慣れたからいいんだけど、白雪の『着替えるから、目瞑ってて……』には、未だに慣れないな……


 部屋に着いて、白雪がシャワーを浴びる音を耳にしながらそんなことを考えていると、いつの間にかうとうとと眠りに落ちていた。


(俺、今日も盾してがんばったもんなぁ……)


 あのマホちゃんの炎熱球は熱かったよ。かなり。

 物理攻撃ならまだしも、熱までは完全に遮断できないのが俺の甲羅……盾の弱みだ。


 マホちゃんが執拗に熱攻撃をしてきたあの感じ。ちょっとバレてるのかな?

 いや、冷静に考えたらバレてるに決まってる。


 だって俺たちは、マジカル学園の生徒だったんだから。テストの成績やら戦闘データやら、残ってるに決まってるわな。


(白雪と特訓するか? 合体技? とにかくなんとかしなきゃ、かぁ……)


 ぼんやりと仰向けになって天井を見上げていると、いつの間にか風呂からあがった白雪が俺の横に仁王立ちしていた。

 頬は上気し、変身前のベージュの髪は僅かに毛先が濡れていてやけに色っぽい。

 ったく、これだから同棲生活はたまんねぇ――


「ねぇ」


「えっ。なに?」


 やばい。視線がエロかったか? 怒られる?

 亀の姿に無理矢理変身させられてひっくり返されて、甲羅干しという名のお仕置きをされる……!


 びくりと、反射的に身を起こす。

 思考を巡らせるも、今日は魔法少女衣装の盗撮もしていないし、ラッキースケベもしていない。怒らせる要素なんて微塵もないはずだんだが……


 何を思ったか白雪は、不意に両腕を広げた。


「……変身してよ」


(え?)


 ほんのり頬を染め、恥ずかしそうに膝をもじもじさせる白雪。

 俺は内心でガッツポーズした。


(あ。コレ。この流れ。今日はご褒美の日だ……!)


 白雪が両腕を広げて「変身しろ」というとき。

 それは、可愛いマスコット――亀の姿になって抱っこさせろという意味だ。


 白雪は、クールなふりして実はぬいぐるみとか可愛いモノがめちゃくちゃ好きなんだよ。でもって、変身後の俺はウミガメのマスコット。

 ハンドボールサイズのふかふかな謎の生き物だから、端的に言ってめちゃくちゃ可愛いんだなこれが。


 俺は、普段であれば躊躇するようなこっぱずかしい呪文を「まじかる☆みらくる☆めるくりうす☆」と速攻で叫んで白雪の胸に飛び込んだ。


「わっ! ふふっ。勢いつけすぎ。くすぐったい……!」


 小さな亀さん(こと俺)に甘えられて、白雪は口元を綻ばせる。

 そうして、ぎゅ~っと。ぬいぐるみを抱き締めるように俺を抱き締めた。


(あぁ~! いつしても最高かよぉぉ……!)


 大丈夫。今の俺は亀だから。

 想定Dを超える白雪のまじかるおっぱいにダイブしたってセーフなんだぜ。

 だって向こうから言ってきたし!


 恋人でもないのに全身を谷間でサンドされて逮捕されないのって、マスコットくらいだぜ? あぁ~俺、人の姿捨ててよかったぁ……!


 白雪はときおりこうやって、俺に癒しを求めてくる。

 相方の魔法少女のそんな要望に応えるのも、マスコットのお仕事――あぁ~やわらけぇ~……!!


「万世橋、今日は庇ってくれてありがとう」


 不意に頭上から声をかけられ、見上げる。

 白雪は俺を抱き締めたまま、ふわりと目元を細めた。


 ああ、そんな顔しないでくれ。

 照れるよ、照れちまう……


「あぁ……いや。俺は亀だから、甲羅……もとい盾しか出せねぇし。身体張るくらいしかできねーから……」


「でも、ありがとう」


 ふわ、と微笑む白雪がくそ可愛くて、どうしようもなくて。部屋にふたりきりだということを思い出す。俺は慌てて人型に戻り、毛布をかぶり直して床に転がった。


「お、おやすみっ!」


「ふふ、おやすみ。万世橋」


「ねぇ、明日パトロール終わったらさぁ。一緒にカフェ寄らない?」


「カフェ?」


「うん。万世橋と行きたいなと思ってたとこ、あるの」


「!」


 そういって、白雪は自分の布団の中で口元を綻ばせた。


「楽しみだね」


 あ――――

 ああああ……


 ヤバい。


 ――――好き。



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