第2話 悪の組織のお仕事


 今からおよそ十余年前に日本に飛来した、マジカルを人に授ける力をもつ謎の異星体、ハピネス。


 魔法少女というのは、そいつらと癒着した国営の魔法少女育成機関、都立魔地狩学園に通う女生徒たちのことを示す。

 中高一貫のその学校には、ハピネスから授けられる不思議な力や可愛い衣装、人助けの精神に憧れて、多くの少年少女が通う。

 そして俺たちは、その在校生にして離反者ってわけだ。


「索敵完了〜♪ ってか四人だけとかナメすぎだからぁ。マジウケるww 四対四で勝てるわけないだろw いい加減学習しろww」


先程まで渋谷上空を飛翔していたコウモリは、ヒカリエ屋上にて待機していた俺たちの元で変身を解いた。

 銀髪の少年姿に戻った泉はスマホを手に、にやにやと道玄坂周辺の写真を見せてくる。

 泉はこのとおりコウモリのマスコットで、エコーロケーションという超音波を駆使した索敵が可能だ。とはいえ今日は余裕綽々で写メまで撮ってきたらしい。こいつの方こそ、完全に魔法少女らをナメている。


「四人なら盾は一枚で大丈夫そうだな。じゃ、さくっと行くか。道玄坂」


 俺は変身を済ませた薄銀髪のバニーちゃん、白雪をちらりと見やって合図した。こくり、と頷き、俺たち四人は目的地へ発つ。


 今日の敵(もとい正義の味方)は、四人。


 離反している理由や悪の組織の目的は内緒だが、今、この渋谷の道玄坂で相対している四人の魔法少女たち、ミリス、エレナ、セイカ、マホは、俺たちよりも一個下の高校一年生。後輩にあたる。


 元後輩とはいえ、学年が一個でも離れればぶっちゃけ顔なんてイマイチ覚えてない。俺は四人と部活も委員会も被ってなかったし、ほぼ初対面と言っても過言じゃないだろう。

 パッと見の印象は、そうだなぁ。

 ミリス(幼女)、エレナ(割とギャルい)、セイカ(黒髪清楚巨乳)、マホ(真面目で大人しそうな後衛)って感じだろうか。


「覚悟しなさい、悪の組織!」


(うおっ。いきなり!?)


 存外喧嘩っ早い性格なのか、白雪に向かって放たれたマホの炎熱球の攻撃を、緑色をした俺の甲羅――盾が防ぐ。


 俺は水の魔法少女たる白雪のマスコットの亀だけど、亀に変身しなくてもある程度の能力行使は可能だ。

 亀の姿のときと比べると威力は落ちるけど、機動性を考えると人間の姿の方が便利だったりする。

 決して、変身の呪文を叫ぶのが恥ずかしいから人前で亀になるのを避けてるわけじゃないぜ?


「ぼさっとしてんな! 大丈夫か、白雪!?」


「あ、ありがとう……万世橋……」


 今日はいつにも増して浮かない表情の白雪。どうやら、駆けつけた魔法少女の中に知り合いがいたらしい。


「白雪先輩っ、なんでさっきからほんのり顔赤いんですか!? そんなヤツのどこがいい……というか、もうやめてくださいこんなこと!」


「マホちゃん……」


「生徒会の先輩で、いつも優しい白雪先輩が、どうして悪の組織になんて!?」


「きゃははははっ! よそ見ぃ!!」


 胸の締め付けられるような会話をぶった斬るように、菫野さん……アイリスガーデンが割り込んできた。

 黒のワンピースを纏い、コウモリである泉の特殊能力、【影】で強化された大鎌を振り回すその姿は、さながら死神のよう。


 大鎌の斬撃をすんでのところで躱しながら、見かけは小学生かってくらい一際幼い容姿をしたミリスが叫ぶ。


「きゃわわっ!? 腕なくなったかとおもったぁ!?」


「あれぇ〜? 惜しいなぁ〜」


 ぽりぽりと頬をかくアイリスガーデンは、戦闘になると性格がハイになる闇の魔法少女だ。今日も鎌の切れ味はバツグン。目がキマってる。


「危なっ! 可愛っ……じゃなくて、こわっ! 胸揺れすぎっ!? てか紫先輩超強くない!? 飛ぶ斬撃とかどうやって避けろっつー……ミリス、危ないっ。避けて!」


「エレナちゃんナイスフォロ〜! ね〜、どうやったら紫先輩みたいにそんな大きいおっぱいになれるんですかぁっ!? ミリス、毎日牛乳飲んでるのに全然で……てゆーか、ミリスも泉先輩と付き合いたいぃっ!」


「?? 私は、式部と付き合ってないよ?」


「うそぉっ!? あんな匂わせしておいて!?」


 そう言って、ミリスは菫野さんと泉の間で「信じられない」といったように視線を行き来させた。


(ああ、やっぱり。菫野さん的にはそうなんだ……)


 泉は、ただの仲良い幼馴染なのか……


 そのやり取りに、泉は硬直したまま動かない。

 顔にかいてあんぞ。

 『泉の心に、1000ダメージ!』って。


「ミリス、やめときなさいあんなクズ! 女の敵、泉式部……いくら顔がいいからって、今日という今日は許さないんだからぁ!」


 前衛で必死こいてる俺の盾をぶち破らんとする底知れぬ怒気に、俺は思わず後ろの泉を振り返った。


「えっ。セイカちゃんマジギレなんだけど。お前なんか恨みでも買ったの?」


 問いかけに、泉は。


「一回ヤッた」


「はぁ!?」


「そこそこ可愛いし黒髪巨乳だからイケるかなって思ったんだけど、『やっぱ違う』ってなって。一回こっきり」


(なんだこいつ……しれっと言いやがって……!)


「うわ、サイテー! 俺がボコしてやりてぇ! このくそヤリチン!」


「そうよぉ! もうボコしちゃってよあんな奴ぅぅ……うわぁああん!」


「泣くなよ、めんどいなぁ。告ってきたのはそっちだろ? 『一度でいいから抱いて』って。僕は要望に応えただけだ、罪はない。むしろ感謝して欲しいくらい」


「泉くん、またなの? いい加減黒髪巨乳ばっかり手ぇ出すのやめなさいよ」


 言いたいことはわかるぞ、白雪。


 泉の場合、女子に手ェ出すのは菫野さんに構って……嫉妬して欲しいからで。どうせ抱くなら菫野さんと同じ黒髪の巨乳がいいってんだろ?


 捻くれすぎだボケ。明らかに面影重ねてんじゃねーか。これじゃあセイカが救われねぇよ。


 当の菫野さんは「キャハハ!」とか変身後特有のハイな状態で、マホとエレナ、ミリス相手に無双しちゃってるしさぁ……


「つかさぁ、一回ヤッたくらいでぴーちくパーチク騒ぐなって……」


 バキッ。


 俺は思わず泉を殴った。

 盾を構えつつ、空いた右手でグーで殴った。

 結構思いっきり。


 仲間に不意打ちを食らった泉が体勢を大きく崩して地面に転がる。


「痛ったぁぁ!? なにすんだよ万世橋!!!!」


「ごめん、つい。なんか許せなくて」


 そのやり取りに、なぜか頬を染めるセイカ。


 なにこれ。泥沼。端的に言ってカオス。


 道玄坂に集まった野次馬とかマスコミも増えてきたしさぁ……


 泉は「うう、亀のくせに。覚えときなよぉ……」とか頬をおさえて立ち上がり、野次馬が増えているのに気がつくとにこりと営業スマイルを浮かべた。


「はいはい、それじゃーまぁ、紫がいい感じに後輩ちゃん達の相手してくれてる間に、僕らは目的果たそーね。新しい悲骸獣くんを試せないのは残念だけど、それはまた今度♪」


 そう言って、泉は足元の【影】からおもむろに大鎌を顕現させて、犯行予告を受けてシャッターを下ろしていた家電量販店の入り口をずばん! と一閃した。


 いっしょくたに割れた自動ドアの破片を踏みつけながら、店奥に避難していた店長に一枚の紙を突きつける。


 この店を悪の組織に譲り渡すという、契約書だ。


「さぁ、店の中をぐっちゃぐちゃのボッコボコにされたくなければハンコを押して。ウチの天才科学者様……ドクトルがこの店を欲しがってんだよ。大丈夫、アンタも従業員も悪いようにはしないからさぁ」


 うーん、悪役っぽい!

 これ以上ない意地悪な笑み!


 総帥が泉を採用……もとい仲間にしようと誘拐した理由がわかる気がする。

 なんつーのかな、『悪役として映える』んだよ。


 泉の問いかけに、電気屋の店長はおずおずと顔色を伺った。


「……信じていいんだな?」


「悪とはいっても一応組織ですから〜。資金力はそれなりに確保してるさ、こうやって。今後店は通常通り営業、売上の何割かを僕らがもらう。従業員に給与も支払う。キミらにとってはただ頭がすげ変わるだけだ。ちなみに拒否権はない」


「……わ、わかった」


 店長は、思いのほかあっさりとその提案を受諾した。きっと俺らの犯行声明を受けて、本部から「万一の場合は従え」と指示を受けていたのだろう。


 これまでに俺らが制圧してきた大企業の面々は、往々にしてそういう対応を取ってくるとこが多かった。

 なにせ、俺たち魔法少女の行使するマジカルは、マジカルでしか防げないから。一般企業には対処できない。無論、自衛隊でもな。


 だから、今の日本では。魔地狩学園……もとい、異星体ハピネスが、圧倒的な支配権を握っているのだ。

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