マスコットだって魔法少女とイチャイチャしたい!(闇堕ち、ときどきYoutuber)

南川 佐久

第1話 魔法少女と亀の俺

「つかさぁ。お前、魔法少女とどこまでイッた?」


 ここは悪の組織の地下基地。

 男子トイレの鏡の前で、肩まである銀糸の髪を手で梳きながら同僚のいずみが問いかける。モデル顔負け、女みたいに綺麗な顔をしているが、これで立派な男である。

 まぁ、だから男子トイレにいるんだけど。ちなみに、性格はたとえ女子でも一回ぶん殴りてーようなヤツだ。


 俺はその隣で、黒の軍帽を目深にかぶり直した。


「別に。なんとも。悲しいくらいなんにもねぇよ」


 異国の将校を思わせる黒の軍服と軍帽は、俺たち悪の組織のトレードマーク。

 都立魔地狩学園に所属し、俺たち悪の組織と敵対している魔法少女と対峙する際の正装みたいなもんだ。


 この世界には、かつて異星人ハピネスより齎された人外の叡智『マジカル』というものがあり、人々の負の感情より発生する謎の怪物・悲骸サッドネスを相手に魔法少女はマジカルを振るう。

 俺達は、それを阻害する悪の組織の一員だ。


「あ~。じゃあ、万世橋まんせいばしは今年も童貞記録更新じゃぁん! ご愁傷様~♪」


 きしし、と性悪な笑みをもらす泉に、淡々と返す。


「そういうお前はどーなんだよ? 相方の魔法少女、カオティック・アイリスガーデンとはうまくいってんの?」


「…………」


「ほらぁ。人のこと言えねー」


 吐き捨てるように返すと、泉はがばっと顔をあげて逆ギレる。


「あのなぁ! 僕はお前らみたいなぽっと出のボーイミーツガールとはわけが違うの! 生まれたときからずーっと一緒の幼馴染なわけ! それで『今日から同じ部屋で暮らしてばっちり絆を深めてくださいね♪』とかいわれても困るわけ!」


「俺もまったく同じ状況で困ってんよ」


 なにせ、マジカル学園でパートナーしてた魔法少女が闇堕ちしちまって、その相方だったマスコット(亀)の俺も、一緒に闇堕ちちゃったもんだから、揃って悪の組織に攫われてこのザマ。


 今ではくそせっっまいワンルームで魔法少女と共同生活させられて、作戦会議で総帥に開口一番『昨夜はお楽しみでしたね♡』とか言われる始末。

 なんもねぇから。ほんと、お楽しみとかなんもねぇからな?

 むしろあってくれよぉぉ……


「ったく、青少年を男女同室で生活させるとかありえないんだけど! なんなの、あの総帥!?」


「悪の組織の総帥、【笛吹き男のハーメルン】な。一応上司だぞ」


「せめて部屋にベッドふたつはマストでしょ!? なんで一個なの!?」


「それには激しく同意。でも総帥の意向だ。『これぞ、魔法少女とマスコットのパワァの源――絆を深めるイチャラブ同棲生活訓練! さぁさぁ思う存分、ラブを育んじゃってください!』だと」


「「ふざけてんのか!?!?」」


 思わず声を揃えると、男子トイレの入り口側から澄んだ美少女の声が響く。


「ねぇ、まだなの? そろそろ出撃の時間なんだけど……」


 俺の相方の闇堕ち魔法少女、カオティック・スノードロップ(本名、白雪しらゆき優兎ゆうと)だ。

 雪のような白い肌に、煌めく白銀の髪。ピンクサファイアを思わせる瞳はまさに可憐な魔法少女――くそっ。今日も可愛いな!


 そんな白雪は「あ。今日の分の人造悲骸獣かいぶつくん忘れた。ちょっと取ってくる。むらさき、待ってて」と、隣で待機していると思われる菫野すみれのむらさきさん、もといカオティック・アイリスガーデンに声をかける。


 菫野さんはくるくると、淡い藤紫の髪を弄ってぽやんとした声を出した。


「あ。総帥。おはよーございまぁす」


 ぺこり、とお辞儀した拍子に、目のやり場に困るくらいのたわわなおっぱいが揺れる。ついでに、ミニ丈の黒ワンピースもキワドくちらり。


「おはようございます、菫野さん。今日も胸元にぽっかりと空いたハート型の穴と谷間が素敵ですよ♪ やっぱり闇堕ち衣装は露出してなんぼ。こうでなくては。――で。女の子よりも支度の遅い男子諸君はいったい何をしているのです?」


 男子トイレにひょこっと顔を出したのは、長い黒髪をさらりとこぼす、世にも端正な顔立ちをした軍服姿の男性だ。歳は三十ギリ手前。

 この顔のせいで、テレビの女性コメンテーターがやたら甘い解説しかしないとかいう噂の美貌。

 元・学生カリスマモデルの泉もそうだが、悪の組織のメンバーはなぜか揃って顔面偏差値がくそ高い。誘拐も、総帥の趣味――顔採用セレクトなのか?


 ちなみに俺は、中の上……いや、中? ってところかな。

 俺のマジカル、もとい特殊能力は【甲羅】だから。

 要は盾。貴重な前衛として目をつけられたっぽい。平たく言えばタンク枠。戦闘時は先陣切って身体張るのが仕事だ。

 今更ながらに、なんだか悲しくなってきた。


「で? 男ふたりでどんな内緒話を? 恋のお悩みなら私も混ぜて――」


 こいつ。冷やかす気満々じゃねーか。

 くそ大人め。


 にこにこと胡散臭い笑みを浮かべる総帥の質問を、俺たちは揃ってスルーし、挨拶をする。


「総帥、おはようございまーっす」


「はよざまーす。ってかさぁ、朝っぱらから人の魔法少女にセクハラ発言とか。上司とか以前に人としてどういう神経してんのぉ?」


「おや、泉くん。ご立腹?」


「ったりまえだろぉ!? 紫もなにか言い返せよ! ナチュラルにセクハラされてんぞ! セクハラ!」


「さっきの……セクハラ? だったの?」


 廊下でぽやーっとしている菫野さんは、露出度と胸のデカさ、戦闘時のイカレっぷりはハンパないけど、普段はちょっとぼんやり……おっとりさんだ。


 いつもながらの天然っぷりに、諦めたようなため息を吐く泉。

 まぁ、こんな感じで十七年近く「好き」が伝わらないでいるんだから、そりゃあ闇堕ちしたくもなるわな。


「あ~もう、労基に訴える~」


「ご自由にどうぞ。労基はすでに掌握していますので♪ それよか万世橋くん、泉くん。そろそろ出撃を。今日は道玄坂で美味しいカフェとレストラン、大型家電量販店を制圧してください。ウチの天才科学者ドクトルが、『脳にスイーツ! おまけにモバイルバッテリーも足りない!!』って騒ぎ立ててまして」


「しょっぼ。つかモバイルバッテリーとか何に使うのさ?」


「新発明の演算回してる間にソシャゲのリセマラしたいんですって」


「はぁ〜? そのために僕ら出撃すんのぉ? バカみたい! コンセント足りる範囲でなんとかしてよぉ!」


「でも、俺らが出撃すれば学校の闇堕ちてない魔法少女らも来るんだろ? 俺らを退治しに。新しい人造悲骸獣くんを試すいい機会じゃねーか」


「うーん、そのとおり! 万世橋くんも、考え方がイイ感じに悪の組織に染まってきましたねぇ! バカに見せかけて案外冷静? 将来は参謀ポジですかねぇ」


「すっげぇ失礼。でもまぁ確かに……テストの点は、よくないっすけど……」


 白雪に教えてもらってなかったら、学校でのテストも赤点だったしなぁ。

 とかなんとか言ってる間に、泉は廊下の照明がイイ感じな場所でスマホを手に、自撮り撮影会を始める。


「何してんだよ、ナルシスト」


 声をかけると、泉はうんざりしたようなため息を吐いた。


「わかってないなぁ~。ほんっと、わかってないよ万世橋」


 見せられたスマホには、tiktkeとインスタ、及びtwittaなどの各種SNSにアップされた、顎ピースでキメ顔の泉が映っている。


 『本日出撃~! 会いたい魔法少女は道玄坂おいで♪ #渋谷 #道玄坂 #悪の組織 #泉式部 #モデル #出撃 #魔法少女』


 とかなんとか。


「釣り……じゃないか。犯行声明ってやつ? ほら、魔法少女おびき寄せんだろ? 紫もちょっと端っこに入ってよ~。匂わせしよう、匂わせ」


「なに、式部? 写真撮るの?」


「お待たせ、万世橋!」


 はぁはぁと、息を切らしたハイレグレオタの黒バニーちゃんこと白雪が、俺に声をかける。

 そうして、愛らしいウサ耳をぴょこんと揺らして両腕を広げる。


「万世橋、変身して。抱っこしてあげる」


「へっ……?」


 目をしばたたかせて呆けていると、白雪はむっとしたように目を細めた。


 一年ちょいとそれなりに付き合いが長いこともあってか、言いたいことはなんとなくわかる。

 『だって、兎の私と比べたら万世橋は足遅いし。泉くんや紫と違って空も飛べないでしょう? そのままだと、はっきり言って足手まといなのよ』ってところか。

 要約。『ぐずぐずすんな』だな。


 俺は泉たちや総帥の眼前ということもあり躊躇したが、パートナー魔法少女たる白雪様のご機嫌をこれ以上損ねるわけにもいかない。

 だってそうしたら、ひっくり返されて甲羅干しという名の拷問紛いなお仕置きをされるからだ。


 俺は羞恥に頬を染めながら、小声で詠唱した。


「ま、まじかる⭐︎みらくる⭐︎めるくりうす……」


 瞬間。謎のシャボン玉が全身を覆い尽くして俺は【亀】に変身した。


 ハンドボールサイズのふわふわしたぬいぐるみ……もといウミガメ型の謎生命に変身し終えた俺を、白雪は谷間に挟むようにして抱っこした。


「しっかり捕まっててね。目的地についたら変身解いていいから」


「うん……」


(やばっ。全身がおっぱいにサンドされて……)


 ふわっふわ。


 ヤバい鼻血でそう。


 そんな俺の気も知らず、白雪は地上に向かうエレベーターに乗り込むと号令をかけた。


「悪の組織、出撃よ!」


 そんなわけで。

 俺達、闇堕ち魔法少女二名とそのマスコット二名……二体?は。正義の魔法少女たちの待ち構える道玄坂に出撃したのだった。


 そう。俺は……


 魔法少女のマスコットなのだ。

 しかも、闇堕ち魔法少女の。




※あとがき。

 過去公募作品の改稿供養作。現代ファンタジーをラブコメにアレンジしました。

 感触がいまいちわからないので、感想を作品ページのレビュー、+ボタン★で教えていただけると嬉しいです!

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