第二十八話 私と君のこれからについて
翌日。
その日の朝も、銀流星はいつも通りだった。
「流星くん! そろそろ起きて」
毎朝起こしに来る幼馴染に安眠を妨害されて。
「う、うう、あと一分。一分だけ……ぐぅ」
「疲れてるのは分かるけど、わがまま言わないの!」
何よりも誰よりも暖かい布団との惜別に涙しつつ、結局は重たい身体と意識を覚醒させて。
「ふぁ……あれ。今日は雨だって言ってたけど、全然そんな様子ないな」
東の空、予報外れに雲一つない空は、太陽を待ち焦がれるかのように仄かに赤みを帯びて。
「今日は星空ちゃんとしっかり話せるといいね」
「うぐ。朝からプレッシャーかけてくるなあ……」
いつもよりほんの少しだけ優しい幼馴染の視線には気づかず、朝練に臨む彼女の背にいつも通り手を振って。
どういうわけか、家ではいつも通り学校に行ったことになっていたし。
どういうわけか、学校では家の都合で休んだことになっていた。
私を攫った人たちと、彼と一緒にいたあの女の人。どちらが何をしたのか分からないけど、もう大丈夫だろうから黙っておこう、そんな根拠のない確かな自信が私の中にはあった。
翌日も、いつもと変わらない一日だった。
「おはよう、天文台さん」
いつものように挨拶をして。
「天文台さん、ちょっといいかな? 質問したいことがあって」
いつものように質問を受けて。
「あ、天文台さん。今度一緒に――――」
いつものように、あまりに分かりやすくて下手なお誘いを受けて。
いつものように、一日は過ぎて。
「ねぇ、流星くん」
だから天文台星空は、初めて呼ぶ。
ずっと越えさせなかった線を越えて、少しだけ流星に近づくために。
「私のこと好きなら、まだまだ努力してね」
自身に向いた流星の顔が、細い眼を見開き、驚きに染まっていた。
久しく緩めていなかった顔の筋肉が、何もしなくてもほぐれたのを感じる。
「て、天文台さん? それ、どういう」
何が理由なのか手に取るように分かって、それが面白くて。
あの頃。いのりと話しているときはいつも、何もしなくても笑えていた。
今がそれと同じなのかは分からないけど、それに負けないくらい楽しいと、星空は思う。
「星空でいいよ。昨日一回そう言ってたでしょ」
「あんな極限状況下での発言をしっかり記憶してるパート2!」
星空には一つ分かったことがある。
流星は驚きが高まると、左目の端が小さく震えるのだ。
「ほら、部活行くでしょ。一緒に行こう、流星くん」
「あ、ああ。うん、うん? 分かった……そ、星空さん」
先を行く少女を、少し遅れて少年が追う。
少女は自然に、少年は少し不自然に、それでも笑っている。
私たちは、生まれた星の下に生きていて。
それでも、星に負けない輝きが、人間の中にはきっとある。
「流星くん。私、思ったの」
「努力はきっと、無駄じゃないって」
その価値が、自分以外の誰にも分からないものだったとしても。
その価値は、自分が知っている。そして、いつか必ず誰かに伝わって、その心を動かす。
自分もそんなことを信じてみよう、と。
天文台星空は笑った。
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