第十九話 俺と彼女の幼馴染について

 翌日、いつものようにめいろに叩き起こされた流星は、本人も意識しないようなルーティーンとしてスマートフォンを確認し、正午からの連絡に気が付いた。

【なんか、入院することになったわ】

 その一文だけ。自分のこととなると、とことん口下手で誤解されやすい親友に呆れながらも、流星はすぐさま返信。

【もうちょっと詳しく言え馬鹿。放課後見舞いに行くから、病院どこだ?】

 若干そっけなくしつつも、朝から飛び込んだ衝撃的なニュースに流星の目はしっかりと覚めてしまう。昨日の夜に穂積秋晴へ送ったメッセージには、返信もなければ既読もついていない。

【すいません。『二番星』を捨てるの、まだやめさせてもらうことはできますか】

 流星が送った一文は、まだ誰にも届いていない。


 そして、そう思うに至った感情も、まだ本人に伝えられてはいない。

 その日は何事もなく過ぎて、気づけば放課後。本当なら下校前の星空を捕まえて話す予定だったが、親友の入院という一大事を捨て置けるほど、彼に対する思い入れがないわけではなかった。

(くっ、こう言うと悪いがなんというタイミングの悪さ……)

 手早く荷物をまとめる様子の星空の背中に名残惜しい視線を向けながら、流星は親友の下に走る。

 その背中を、星空もまた見つめていることを、流星は知る由もない。



「おお流星、わざわざ悪いな」

「いいっていいって、自転車とぶつかったんだろ? 骨折で済んでまだよかったな」

 町の中心にある大きな病院、左腕をしっかり包帯で覆われた正午は、日当たりのいい大きな談話室で流星を待っていた。すでにシャワーにでも入ったのか、ご自慢のリーゼントヘアーはすっかり崩れて、ただのくせ毛ロングヘアと化していた。見慣れない姿をおかしく思いつつ、流星は見舞いとして持参した果物の籠を手渡す。

 談話室では、流星たちと同じくお見舞いと思しき人々が何組か歓談しているほか、広く落ち着いた空間を気に入ってか、ひとり読書に勤しむ入院患者の姿もある。

「お前も自転車には気をつけろ? こっちが何もしなくても突っ込んでくるから」

「じゃあ気を付けようがないじゃん」

 軽口を叩きつつも、親友の元気そうな姿に流星は安堵する。自ら連絡を寄こしてくるくらいだから命に係わる怪我ではないだろうと予測していたが、それは実際の姿を見てみないと確信できないことでもある。

 そんな流星の内心を知ってか知らずか、正午は病人とは思えない人をからかうような笑みを浮かべてみせる。

「今日は天文台さんと話せたか?」

 明後日の方角から痛いところを突かれた流星は、思わず顔をそらした。

「お前の見舞いに来るのを優先した」

 親友のしょげた様子に、正午はちょっと同情した表情。

「あらら。てことは、今日も朝は遅かったわけだ。流星、本格的に遠ざけられてるのかも」

 そんなことはない、とでも言いたげに、流星が勢いよく正午に向き直る。その分かりやすい反応に、思わず正午は吹き出してしまう。

「おいおい冗談だって。悪い。そういう人じゃないのは、お前が一番よく分かってるだろ?」

 ばつが悪げな表情で気遣ってくる正午の顔が、上手く見れない。めいろの言葉を受けて、星空の言葉にへし折られた流星の心は再起した。しかしそれは、あくまで人として彼女に憧れた心の話。

 一人の女性として彼女を好きになった流星の心は、いまだ明言されたノーの傷から回復出来てはいないのである。

「けど、今のところ遠ざけられてるのは事実だと思うし……天文台さん、そんなに俺に好かれてるのが嫌なのか」

 予想外に落ち込む友人に、今度は正午の方が慌てさせられた。大抵のことは流星から聞いている正午だったが、天文台星空に決定的なノーを突き付けられた一件に関しては、詳細を知らされていないのであった。

 それは、バッテリーを組んでいた女房役である正午に過去の話を思い出させまいとする、流星の配慮であるわけなのだが。

「あの」

 と、二人がやや熱の入った会話を繰り広げていたところ、入院患者と思しき少女が、おずおずと声をかけた。

「あ、すいません。うるさかったですか」

 談話室とはいえ、大半は療養中の人々。無遠慮に会話していたことを詫びる正午、それに合わせて謝意を示すべく流星も頭を下げた。しかし少女は、両手と首をぶんぶんと横に振って見せる。

「いえ、そうじゃなくて」

 流星は下げていた頭を上げて正午と顔を見合わせ、互いに頭の上に疑問符を浮かべ、少女の方に向き直る。

「天文台って、天文台星空ちゃんのことですか?」

 その言葉に流星の口から思わず、え、という驚きの声が漏れた。正午も偶然に驚いた様子で、目を大きく見開く。

「友達なんです。あ、私、神楽坂いのりって言います」

 少女が軽く頭を下げると、長い黒髪がそれに合わせて揺れた。

「あ、俺、真昼間正午です。こいつが、」

「銀流星です」

 突然のことに少し面喰いつつも、正午と流星も代わる代わる自己紹介。いのりは、真昼間くんと銀くん、と繰り返すと、人当たりのいい笑みを浮かべた。

「よかったら少し話しませんか? 星空そらの友達に会うの初めてで、いろいろ聞いてみたくて」

 突然の誘いに、その瞬間、彼女いない歴=年齢の正午(流星も同じではあるが)は流星を上回る頭の回転を発揮し、即座に自身の隣の席を引いて彼女に指し示すと、自身は流星の側に席を移した。

「もちろん。俺たちでよければ、男二人で退屈してたんです」

「おい。見舞いに来てやったのにその言い種かよ」

 そして、本人としては最大限の笑顔でその強面を緩和させようと試みる。いのりはおかしそうに笑うと、勧められたまま腰を下ろす。

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