第七話 幼馴染と親友の談話について

 かくして、天文部の部室にはめいろと正午の二人だけが残された。

 正午は机の上に腰を下ろし、めいろは黒板に砕けたチョークの破片で何やら落書き。

 星のない夜のように静かな教室で、射し込んでくる西日だけが鬱陶しいほどに鮮やかだった。

「俺と流星が昔練習してた廃工場、ついに建て壊しが決まったんだと。月日の流れは速いもんだな」

 独り言を装って、けれど実際には、常の騒がしさを全く発揮しない同期を心配して、正午が切り出す。

 へぇ、とめいろは明らかな生返事。

 しばらくしてもめいろからの発話がないことを確認し、正午は深くため息。星空と流星の距離が縮まらないことは彼女にとっては明らかに利であるというのに、打算だけで物事を見れないのは彼女の美徳というべきか。

「しかし、なんで流星はああも一番をとれないのかね」

 舐めていた飴玉の棒を取り出し無造作にゴミ箱へと放り捨てると、沈黙に耐えかねた、というには気軽な口調で正午が問う。

「……うーん、流星くん、そういう星の下に生まれちゃったんじゃないかな」

 チョークが黒板を滑るかつかつという音に紛れて首を傾げためいろが、いつもより少しだけ元気のない声で、けれど今度は確かに答えた。

 やはり流星それが悩み事か、と内心で思いつつ、机の上で胡坐をかいたまま、ぐるんと器用にめいろへと向き直る。

「何をやらせても人並み以上、けど絶対に一番は取れない銀の星にばんぼし、か。随分な運命もあったもんだな」

 初めて見る人間にとっては恐怖を覚えるほどの凶悪な笑みで悪態をついて見せる正午に対して、めいろはどこか後ろめたさのようなものを隠した笑顔を返す。

「うーん。私はこれと言って人並み以上のものがないからなぁ。流星くんの気持ちはわかんないや」

 そんなめいろを、真顔になった正午がじっと見つめる。

「あるだろ、人並み以上のところ」

 しばし、沈黙。


「え。……真昼間、私のこと口説いてる? やめてよ、私には流星くんがいるし。てか今時リーゼントのヤンキーはちょっと」

「違ぇわ! それだよそれ、その流星への思い入れだよ! あとリーゼントを悪く言うなかっこいいだろ!」

 ジト目のめいろ、喚きたてる正午。ケダモノを相手にするかのように数歩引き下がるめいろに対して、座っていた机の上で四つ足の体勢をとり本当のケダモノのように吠える正午。

 第三者が見れば明らかに犯罪性があると判断されるような絵面で膠着状態になりながら、暫くして当然のような顔でめいろが答える。


「だって、流星くんのこと好きなんだもん。思い入れて当たり前でしょ」


 恥ずかしげもなく言い切る親友の幼馴染相手に、言い切られたほうが恥ずかしくなって正午は思わずため息。

「いや、それは俺も重々承知してるけど。あれだけ相手にされない上に、流星は天文台さんに首ったけだぞ? こう、諦める気になったりしないの?」

「しないよ」

 間髪入れず答えためいろの瞳は、僅かの迷いもなく一直線に正午に向けられていた。それはあなたにも分かるでしょう、そう言いたげな親友の幼馴染相手に言い返せるだけの言葉を、正午は残念ながら持ち合わせていない。

 バツが悪くなったのか、後頭部を掻いて視線を窓の外に逸らした正午は、そのままもといた窓際のソファへと戻っていく。

「……めいろはなんでそんなに流星のことが好きなんだ? 正直、そこまで一人の相手に思い入れることができるの、俺にはよく分からないんだが」

 もうすぐ落ちるであろう夕陽が照らす校庭を見ながら、正午は自身でも意識せずそんなことを口にしていた。

「えー、そりゃ色々あるよ! かっこよくて、優しくて、頭よくて、スポーツ万能で、私の自慢の幼馴染で、ああ例えば、小さな私が木から降りられなくなった時の話なんだけど……」

 そうして、意識した時には後悔していた。この話題に関して、迷小路めいろは永遠に枯れない井戸の様に無限に話題を生成して話し続ける。とてもではないがまともに相手することは難しい。

 心の底から幸せそうな乙女の陶酔に胃もたれを催しつつ、正午が意識を切り離して適当に返事をするだけの人形と化そうとしていた、その時。


「それに────自分が信じたことを頑張れる人だから」


 その言葉が妙に印象深くて、正午は思わず窓の外からめいろの方へと視線を移す。

 彼女は、正午と同じように窓の外を見ていた。ただしそれは、練習も終わりかけの運動部連中を見ているわけではない。

 空。

 もうじき太陽が落ち切って星と月の時間が訪れるであろう空を、彼女は一心に見つめていた。

「ああ……愚問だったな。悪い」

 正午がそう締めくくっても、めいろは特段反応しなかった。彼女の中にある、彼女しか知らない思い出。そこに踏み入ろうとするほど、真昼間正午は無粋ではない。


(まったく……妥協ってものを知れば、お前ほど幸せなやつはそうそういないと思うが。そういうが、誰かを惹きつけることもあるってわけか)

 けれどやはり真昼間正午は、親愛なる罪深い友人を少しだけ羨ましく思う。

 ありとあらゆる舞台で銀色に輝いてきた、最善に拒まれ、次善に愛されてきた親友のことを。


「あ、ていうかさ、リーゼントはやっぱかっこよくはないよ。それは言っておくね」

「 う る せ ぇ ! ! ! 」


 木造の旧校舎が、悲鳴にも似た正午の絶叫で揺れた。

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