第五話 彼と一番星の出会いについて

「流星、お前って奴は……」

 朝のホームルーム直前。

 二年三組の教室前の廊下。今時見ないほどビシッと決めたリーゼントの少年と流星が額を突き合わせている。

「なんだよその言い草。アドバイス通りにしたつもりなんだけど」

「バカ。途中まではいいとして、最後がいつも通りじゃねえか」

 流星もかなりの高身長だが、リーゼントの少年は並外れて背が高く、しかもリーゼントの方は信じられないくらい目つきが悪く凶悪な人相だった。そんな二人が集まって相談事をしている様は、否が応でも人目を引く。

 近くを通りすがる生徒は、どことなく二人を避けるように早足。厳密にいうと、流星は避けられていないがリーゼントに全力で怯えている様子。

 もっとも、肝心の二人は会話に夢中で気づいていないが。

「最後が強引すぎるんだよ。もっとこう、何回か質問する段階を踏んでからだな。ソフトなアピールでカスタマーのデマンドを」

 ろくろを回すかの様な動作で語り始めるリーゼントに対して、流星がくわっっっ!!! と目を見開く。

「悠長なことを! そうこうしてる間に他の奴に告白されたらどうするんだよ!」

「それを気にして焦ってたら世話ねえだろ! あんな可愛い娘に惚れたんならそれくらいのリスクは端から承知しとけ! 後突っ込めよ虚しいだろ」

 枝葉末節に囚われて肝心の幹を一つも見られていない流星に対し思わずくわっっっ!!!と目を見開いたリーゼントの拳が、流星の頭を小突く。

「くっ、確かにその通りかもしれん。けど、天文台さんと話してると、つい思いが溢れてきて」

「それって普通、逆じゃない? 付き合う前は恥ずかしくて喋れなくなるとかじゃない?」

「そうなの?」

「そうなの。お前が変なの」

 そうこうしている内に朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴り、二人は別々の教室に戻っていく。

 流星の一番の友人。リーゼントの少年、真昼間 正午まひるま しょうご

 見た目に反して心配性オカン気質な彼の悩みが尽きる日は、まだまだ遠い。




 そもそも。銀流星と天文台星空の(かなり一方的な)恋愛模様は、一年前の四月、流が丘高校の入学式まで遡る。

 全国に評判を轟かせる伝統と実績の私立中高一貫校であり、各界著名人がこぞって子女を通わせようとする日本一の名門校。

 ありとあらゆるコネや裏口をことで信頼を得た流れが丘高校は、在校生と卒業生の優秀さを確かに保証する。

 銀流星と迷小路めいろは、厳しい厳しい入学試験を乗り越えて僅か数枠の高校入試枠から流れが丘高校に入学した生徒だった。


「流星くんどうしよう、私友達できるかな。今更不安になってきた」

「その点だけは心配しなくていいと思うぞ。しかし、講堂はどこなんだ……?」


 さる年の四月初頭。入学式を迎えて連れ立って登校した二人は、右も左も分からない状況で広大な校内を徘徊していた。待ち合わせていた内部生――――流星の親友である真昼間正午とうまく合流できず、広すぎる敷地に圧倒されて目当ての場所が分からない。

「というか、なんで校内に2個も3個も食堂があるんだ?」

「私、湖がある学校とか本当に存在するとは思わなかったよ……」

 ただだだっ広いというだけでなく、敷地を有効に活用しつつも込み入った様相を呈さない絶妙なバランス感覚でもって各施設が配置されている。

 その中には、流星やめいろにはとても高校に存在するとは想像できないものが大量にあり、正午の言う〝食堂前の広場〟なんてものが一体どこにあるのか、というかどれのことなのかさっぱり分からない。あと規模間に対して正午の説明が適当過ぎる。

「やば。入学式そろそろ始まる時間だよ、ちょっとまずいかなぁ」

「よそから来た奴らが連れ立って遅刻はまずいな。内部生にシメられるんじゃないか」

 想像して二人してガクガクブルブル。入試のために何度か立ち入って姿を見たとはいえ、どこにでもあるような公立中学からきた二人にとって名門校の学生の考えることは皆目見当もつかない。とにかく早く講堂に向かってつつがなく入学式を迎えたい。

 とはいえ、いくら焦っても案内板すら見つかる気配はなく、二人が途方に暮れていたところ。ふとめいろが、視線の先を指さしてあっと声を上げた。

「流星くん、誰かいる! あの人に声かけてみよう!」

「お、ナイスだめいろ。行こう」

 地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸に飛びつく形で二人は駆け出す。その足音に気付いたのか、遠くに見えていた人影が歩みを止める。

「あのー! ごめんなさい、講堂ってどっちに行けばいいですかね?」

「すいません、俺たち今日が初めてで、道に、迷っちゃ、って……」

 めいろが持ち前の人当たりのいい笑みでその女子生徒に尋ねる横で、並び立つ流星の言葉がやたらと勢いを失っていくのを、めいろは敏感に察知した。


「講堂は向こう。もしよかったら、案内しましょうか?」


 凛とした、綺麗な声だとめいろは思った。それだけではない。髪の艶やかさ、女性から見ても羨ましいスタイルの良さ、一つ一つのパーツとしても全体としてもけちのつけようのない顔立ち、上品でありながら気取らない微笑み。一つの芸術のような美しさに、思わずめいろも心奪われた。


「――――あ、ご、ごめんなさい。お願いしても、いいですか?」


 気づかないうちに黙り込んでいたのに気づき、取り繕おうと発した声が裏返る。その少女は少しだけ笑みを深めた後、遅れる前に行きましょう、と先導するように歩き始めた。

 その背を追い、めいろは振り返って叫ぶ。

「ほら、流星くんも早く!」

 流星は、めいろのことなど視界に入っていないかのように、ぼうっとめいろを通り越した先を見ていた。

 その瞬間、めいろは流星よりも早く気づいてしまった。

 彼が、人生で初めての一目惚れをしたのだということに。

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