第二話 俺と幼馴染の登校について
時刻は七時を少し回ったあたり。学校までは歩いて十五分弱。
「めいろ、チアの朝練には間に合いそうか?」
「うん。流星くんがもう少し長いこと倒れてたらまずかっただろうけど」
流星の側に幾分か鈍感な部分があったとはいえ、致命の一撃を加えたのはめいろの方なのだが、それを反省している様子はない。一方で流星も、その点についてはもうどうでもいいらしく、特に追及はしない。なおなぜドつかれたのかは全く理解していない。
「そっか。ならいいんだけど。俺のせいで遅れたら悪いし」
お人よしにも少し心配げに呟く流星に、めいろは思わず苦笑し、内心でほくそ笑む。
(私が流星くんを起こしているのは毎日のことなのに。まさか、毎朝気にしてるのかな? 私の部活のこと、というか私のこと? ふふ、ふふふ)
流星と反対側の表情だけが器用に緩む。先ほど同じ話題で逆鱗に触れられたことは、器用に忘れている様子。
「毎朝起こしに来させて悪いな。こんなんじゃ彼氏もできないだろ」
今度は流星と反対側の表情だけが器用に強張る。幼馴染のおそらく本気で心配しているらしい申し訳なさそうな様子が、
「……気にしないで。うん。本当に。好きでやってるだけだから。好きで――――」
(ううんそんなことない私だって流星くんのことが好きだもん!! ――――はっ! 落ち着け私、短気を起こして今告白したりしたら終わり。臥薪嘗胆、臥薪嘗胆……)
「あ、そうだ。告白といえば」
「なにが『といえば』なんだ?」
変なところで妙に察しのいい幼馴染の質問を華麗に無視して、めいろは続ける。
「四組の
銀流星は、しばしば異性からの好意を寄せられる人間である。
高校二年生四月半ばの現時点で、昨日のものを含めて高校通算四回。
半年に一度以上のペースで告白されている幼馴染に、めいろは気が気でなかった。
「おいおい、昨日のことなのによく知ってるな」
「そりゃあまあ。女子の間の噂の周りは早いってやつ」
本当は、自分の流星への気持ちを知っている友達が、念のためにと告白の予定をキャッチして教えてくれたわけだが、当然そんなことは言わず。偉そうげに咳払いして、めいろは問い詰める。
「で、どうしたの。まさか、オッケーした?」
「まさか」
幼馴染がまだ独り身であることに少し安堵して、ただそれ以上に、朝から行く手に暗雲が立ち込めるような気持ちになって。めいろは、おそるおそる確認をとる。
「それは、やっぱり」
「うん。めいろは知ってるだろ。俺、好きな人いるんだから、オッケーなんかしないよ」
深いため息。幼馴染の少女の繊細な葛藤に気づくことなく、流星は怪訝そうに首を傾げた。
“
“難攻不落要塞(男)”
“最強の一途野郎”
なんて様々の渾名を陰で頂戴している、今時珍しいほど一人のオンナノコに惚れ込む少年。
それが、迷小路めいろが恋焦がれる幼馴染、銀流星であった。
なお、”最強の一途女傑”は他ならぬ迷小路めいろの渾名であるが、本人はそれを知る由もない。
「めいろ先輩、銀先輩! おはようございます!」
校門が見えてきたところで、溌溂とした挨拶が後方から届く。二人が振り返ると、小柄なめいろより更に小さな少女が、勢い良く頭を下げた。
「奏さん、おはよう」
「聖歌ちゃんおはよう! 今日も元気だね~」
チアリーディング部のめいろの後輩、
「はい!推しカプの先輩方を見れたので今日も元気です!!」
「せ、せせせせせせ聖歌ちゃん!?!? わ、私たちはあくまでただの幼馴染で、いやまあ幼馴染としては良好かつ親密にして将来を見据えた関係が継続しているし、確かに毎朝当然のこととして二人で登校してきてはいるけど、カカカカップルなんてそんな、そんなまだ早いよでへへへへ」
(めいろ先輩、そこいらの極まったオタクにしたってそこまでの早口はなんぼにも気持ち悪いかもしれません!)
あまりに分かりやすく顔を真っ赤にして何やら早口で誰かへの言い訳を繰り返し、全身をくねらせ挙動不審な動きをしつつ、並び立つ流星の脇腹に勢い余って肘鉄を叩き込み続けるめいろに、聖歌は心の底から暖かな笑みを浮かべ。
「奏さん、俺とめいろはただの幼馴染だから。誤解されるとめいろが可哀そうだよ」
(銀先輩、いくら一人の相手しか眼中にないからってその発言はなんぼにも鈍感が過ぎるかもしれません!)
あまりに分かりやすく、自分は全く一切そういう目で幼馴染を見ていないということを主張し、肘鉄は苛立ちの表れと解釈して黙って耐える流星に、聖歌は心の底からの生暖かい笑顔をぶつける。
幸いにして、めいろの耳に流星の言葉は届かなかったようで、それはそれでなんだか残念に思ったりする聖歌であった。
「てか、奏さんも知ってるだろうけど、俺クラスに好きな人がいるから。冗談でもそういう話しないでほしいな、耳に入ったら大変だ」
(あっ)
しかし流星は、めいろがちょうど正気を取り戻して肘鉄の力が薄れ始めたタイミングで余計なことを言い。
ズドン!!
めいろの顔から一切の表情が消え去る瞬間を聖歌が目撃すると同時に、およそ人体から放たれてはいけないし物理的に放たれないはずの鈍重な音を響かせながら、致命の一撃が流星の脇腹に叩き込まれる。
「えふぁああっ!?」
流星もこれにはたまらず悶絶し、膝を折りながら地面にキッス。朝七時台にして、早くも本日二回目の昏倒。
「聖歌ちゃん。先練習行くから、その人よろしく」
「は、はいっす……」
いつになく凛々しい表情の裏にどんな思いがあるのか、察するに余りある気が利く後輩こと奏聖歌は、颯爽と歩きだすめいろの背中に最敬礼。その姿が校門の奥に完全に消えるまで見送った後、聖歌は突っ伏した流星に歩み寄ってしゃがみこむ。
「銀先輩大丈夫ですか。一人で立てそうですか?」
何がしかの病気を発症してしまったことを疑うほど細かく痙攣し続け、明らかに言葉になっていない悶え声が漏れ続ける流星の姿に、同情と心配と呆れが三分の一ずつの視線を向ける聖歌。
「う、うん。後輩の女子に肩を借りるほど落ちぶれてないぞ俺も、大丈夫だ奏さん」
母体の中の胎児のように身体を丸めて地面に倒れ伏したまま、なぜか洋画の様なニヒルな笑みを浮かべて応える流星。プルプルと腕を振るわせながらもぐっと親指を立ててみせる流星に、聖歌も安心してサムズアップ。
「よかったです! どうしてもとなれば嫌ではないですけど、自分、推しには直接触れたくないタイプのオタクなので」
「君が何を言っているのか分からないよ、奏さん」
「じゃ、あたし朝練あるんで失礼します。銀先輩、あとは自力で何とかしてください! それではっ」
最敬礼だけして返事も聞かず駆け出していく聖歌の背中にそれでも辛うじて手を振って、やがてその手が力なく地面に落ちた。意識を消失した流星が再起動するのは、もう少し後の話となる。
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