第一話 俺と俺の幼馴染について
とはいえ、別にそれは彼が早寝早起きの超健康人間だからでも、日々朝練にいそしむハイパー部活人間だからでもない。夜は人並みに遅くまでは起きていて、部活はゴリゴリに文化系の天文部だ。多くの高校生と同じく、朝はできればぎりぎりまで寝ていたい人間である。
そんな彼がなぜ早起きの日々を送っているのか。
理由は明白。
「流星くん! そろそろ起きて」
毎朝起こしに来る幼馴染がいるからである。
「う、うう、あと三十秒。三十秒だけ……ぐぅ」
布団を揺すられながら、かえってその中に丸まりこむように、流星は足掻く。というか、普通に二度寝の態勢に入っている。布団の四辺をしっかりと内側に折り込んで朝の光を一切遮断しようとしている。
「そんなこと言って、本当に三十秒で起きる人間はいないでしょ!」
しかしそんな努力もむなしく、頭まで被っていた暖かな掛布団ははぎ取られ、東の空から窓に差し込む朝日が、布団から投げ出された流星の身体を無遠慮に揺さぶる幼馴染が、否が応でも流星の瞼を開かせる。
「く、くそう。今日はいい夢を見ていた気がするのに、今ので全部吹っ飛んじまった」
恨めしげな視線が向く先には、布団を抱えてなぜか自信ありげなドヤ顔をキメている小柄な少女。
流星とは生まれた病院からの長い付き合いである、
「文句言わないの。私みたいな可愛い幼馴染の女の子が起こしに来てるんだから、もっと喜んでよ」
パチン、と擬音が付きそうなほどにばっちり決まるウインク。古典的なほどの幼馴染(フィクション)を演じる幼馴染(ノンフィクション)という情報量の多い構図。朝から元気いっぱいのめいろに内心辟易としつつも、さっさと布団を畳んでくれる背中に諸手を挙げる。
「わー幼馴染さまバンザーイ」
「なにかな! その『棒読みです』感が全面に出ているバンザイは!」
どこをどうやっているのか、実際の犬と同様にめいろのポニーテールがピンと立って怒りを表現する。朝から喜怒哀楽が激しい幼馴染にまたも辟易としつつ、特に機嫌を取るという様子でもなく流星の口から、ぽろりと言葉が続いた。
「起こしてくれること自体は感謝してるよ。俺、めいろがいなかったらいつまでも寝起きられないし」
(感謝するとこ違くない⁉ 『起こされるのは嫌だけど、愛するめいろに会えるのは』じゃない⁉)
いつもと同じく、期待通りの反応は決して返してくれない幼馴染に内心落ち込まされつつ、めいろはそれをおくびにも出さない。
「おかげで『朝の教室』作戦も実行できてるし――――たわばっ!」
前言撤回。期待通りどころか真逆の反応をしてくる幼馴染には、遠慮することなく鉄拳制裁。布団を畳み終えてフリーになった手が、流星の後頭部に情け容赦のない一発をお見舞いし、歴戦の突っ込み芸人のように鋭い音が立った。
「私、下で待ってるから。流星くんも、早く着替えて朝ごはん食べてよね♡」
無駄に優しい声が逆に恐ろしく、言葉とは裏腹にめいろ自身の手によって行動不能にされた流星は、恨めし気に呟く。
「ちくしょう、俺が何したって言うんだよ……」
それに応える者は既に部屋にはいない。微かに鳥のさえずりが聞こえ始めた早朝、世の中の男子高校生の大半が泣いて求める境遇に生まれついていながら、流星は後頭部の痛みを呪うばかりだった。
「めいろちゃんいつも悪いわねぇ。流星起こしに来てもらっちゃって」
「いえ。むしろこっちこそ、お隣とはいえ朝ご飯までいただいて感謝しかないです」
ウルトラ低気圧でも襲来したかのような頭重感を抱えながら一階のリビングまで降りてきた流星の前では、幼馴染と母親がそんな会話を交わしており、当たり前のように朝食は始まってしまっているのだった。
「ちょっと、待っててくれたってよかったじゃないよ……」
思わず力が抜けて口調もなよっとしたものになってしまう流星に対して、母親は一瞥をくれた後、
「さっさとする。めいろちゃんを待たせるんじゃないよ」
その一言だけ。幼馴染も頷くばかり。
「ちくしょう、俺の味方はいないのか」
恨み言をぶつける相手もなく、結局流星もそそくさと席について手を合わせる。
「いただきます」
めいろと横並びの席に座り、朝食に手を付けだす流星。その様子を眺めながら、流星の母────
「あんたねぇ。もうそろそろ彼女欲しいとか思わないわけ?」
その言葉に、流星ではなく横にいためいろが突如咳き込む。
「え、えほっ!? ち、ちょっとおばさま?」
対照的に、母親からの圧にも流星はどこ吹く風といった様子。
「彼女が欲しいってことはないな。好きな人は、まあ、いるけど」
思春期とは思えないほど実の親からの色恋の問いかけに淀みなく答える流星に、何を誤解したのか、うつわはニヤニヤと表情を緩めた。
「さっさとする。めいろちゃんを待たせるんじゃないよ」
「お、おばさま!?」
「だから急いで食ってるだろ」
「流星くん!? 多分意味が違うと思うな!?」
そうして、賑やかな朝食の時間は過ぎていく。
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