万年二番星の俺だけど、一番星のあの娘を振り向かせる!

白兎銀雪

プロローグ 私と私の一番星について

 私立流が丘ながれがおか高校の一角。夕陽の射し込む教室に、少年と少女が二人で向かい合っている。

 少女は緊張しきった面持ちで、対する少年はただ真剣に、教室の後方で見つめ合うようにして立つ。

 少女の自慢のストレートの黒髪は、いつもより一時間も早く起きて、眠気と慣れないコテとの悪戦苦闘を経て巻かれたもので、高校生らしい可愛らしさと背伸びした大人っぽさを両立させる軽いウェーブにセットされていた。一世一代の大勝負にいつもと同じ自分では情けない、でも気合を入れすぎるのも引かれるかも、などと前日の晩から終わりのない逡巡を繰り返し。いつもより少しだけ、本当は、少しだけに見えるようにめちゃくちゃ気合を入れた髪型。

 これから自分がしようとしていることを思うと、自然、少女の頬は差し込む西日よりも紅く熱く染まる。息も止まりそうなほどの高揚と興奮の中、早鐘のように打つ鼓動が体の中で響く。それらすべてを必死に押し殺して、そうして、自分を真っすぐに見据える、背の高い少年を見上げる。

「あの、銀くん」

 不可抗力的に上ずった少女の声にも少年は表情を変えない。ただ真剣な表情で少女の言葉が続くのを待っていた。

 切れ長の目は涼しげで、でも彼の穏やかな内面が滲み出る様に見える。そうだ、きっと何を言うかは向こうも分かっている、と少女は勇気を奮い立たせる。

 ここまでしたのだ。絶対に、思いを伝えなくては。

「わ、私と」

 いよいよはち切れそうなほどに弾む心臓、彼だけに焦点が合って他が歪み始めた視界。緊張で頭がいっぱいで、それでもなけなしの勇気を振り絞って、半ば叫ぶように、思いのありったけをぶつける。


「私と、付き合ってください!」


 ぶん! と勢い余って風を切るほどの速さで下げた頭、教室の床と向き合った少女の顔は、遂に言ってしまった、という喜怒哀楽のどれに分類するのか分からない感情でぐちゃぐちゃに歪んでいた。どうかこの手を取ってくれますように、と差し出した右手が小さく震える。


 数秒、十数秒。沈黙が場を支配しても、少女は、勢い余って下げた頭を上げられずにいた。

「ありがとう」

 大好きな人の声が、頭と心の奥底まで届く。いっぱいの不安と、少しの希望を抱いて、少女は顔を上げる。目の前に立つ少年は、口角が上がらない程度に穏やかな表情をしていて。

 しかしその表情は、すぐに申し訳なさが前面に押し出されたものへと変わった。


「でもごめん! 俺、他に好きな人がいるから」


 ゆっくりと下げられた、好きな人の頭。それに対して、分かったと、その言葉を返すことがいかほど難しかったかは────きっと誰にも、彼にすら分からないだろうと、少女は思った。

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