劣等感

 ベジ高で起きた前代未聞のスイカ校長襲撃事件。

 10日間の停学処分が解けて復学したゴーヤは学校中から煙たがられる存在になった。


「重傷負わせた割には随分早かったっすね」

 親友のピーマンだけは以前と同じ笑顔でゴーヤを迎え入れた。

「もう少しで俺の旬だからな、学校側も人間界への影響を考えたら出さざるを得なかったんだろ。それで校長はどうなった?」

「先週退院しました。ラッキーだったっすね、スイカ校長の中身が赤かったら停学じゃ済まなかったって話っす」


 ゴーヤは眉間に皺を寄せて考え込む。

「ピーマン、昼休みちょっとツラ貸せ」

「へ、へい……」

 ピーマンは不安を覚えながらも従う。

 何事もなく時は過ぎ、二人は昼食片手に屋上に向かった。


 天気が快晴ということもあり複数の生徒が会話に花を咲かせていたが、ゴーヤを見た途端に箸の手が止まる。

 数分もしない間に屋上から他の生徒たちの姿は消えていた。


「そんな顔するなピーマン、これも自分で蒔いた種だ」

 ゴーヤが機嫌を損ねていないことにホッとしたピーマンは昼食のたまごサンドに手を伸ばす。

「いやー良い天気っすね」

 屋上のフェンスに腕を置いて景色を眺めていたピーマンが何かに気づいた。

「どうした?」

「いや……別に。あ! 今日はベジタブル山までくっきり見えますよ」

 視線を下に向けさせないように誘導しているのはバレバレだった。


「はい、あーーん。どう?」

 ピーマンが隠そうとしていたのはハーレムを形成して昼食中のトマト。

「きゅうりさんのポテトサラダ、すごく美味しいよ! このきゅうりは自宅で収穫された物?」

「自分で栽培してるの……ああ、どうしようトマトくんに褒められちゃった」

 面長のキュウリは顔を真っ赤にして照れている。

「ねーねートマトくん。わたしの作ったほうれん草のおひたしも食べて!」

「私のきんぴらごぼうだって絶品よ!」

 トマトは嫌な顔一つせず女子生徒たちの自信作を口に運んでは言葉を変えて褒めちぎる。


「相変わらずの人気だな」

「あんなの外面がいいだけっすよ」

「トマトの野郎は老若男女問わず支持を集めてるからな。嫌われ者の俺たちと違って品行方正ひんこうほうせいが求められるんだよ」

「……世の中不公平っすよね。こっちだって生まれるなら別の野菜がよかったのに……」


 それは嫌いな野菜ランキング常連が常日頃思っていることで、叶わないと知りつつも願わずにはいられない。


「親から残すなって叱られて、挙句の果てには子供に食ったフリして捨てられる……こんなの嫌っすよ」

「仕方ねぇ。俺はお前にビタミンAやビタミンCが豊富に含まれているのを知ってるけど、ガキにそんな知識はないからな。ただ苦い野菜を食わされてる感覚だ」

 しばらく無言でハーレムを眺めていたゴーヤは、ポツリと漏らす。

「停学中にずっと考えてたことがある」

「なんすか?」

「どんなに俺等が努力をしても好きな野菜ランキングで輝ける日はこねぇ」

「天地がひっくり返っても無理っすね」

「でもよ、トマトを玉座から引きずり下ろすことはできるはずだ」

「性癖でも暴露するんですか?」

「その程度じゃあいつの人気は揺らがねぇ。むしろ周りを興奮させるだけだ」

「だったら──」


「監禁する」


 ゴーヤは誰にも見せたことのない醜悪な笑みを浮かべた。

「俺たちの体調はそのまま人間界の野菜事情に直結することは知ってるな」

 去年は大根が事故に遭い複雑骨折の大怪我を負ったため、人間界での生産量が著しく減った。

 事情を知らない人間は、降水量減少による干ばつで生育停滞に陥ったと決定付けた。


「監禁でトマトが衰弱すれば当然質が落ちる。収穫量が減るから値段も高くなって、必然的に食べる機会が減るから王座から陥落するってカラクリだ」

「いや、まぁ……確かにそうかもしれないっすけど」

「けどなんだ?」

「監禁なんて犯罪じゃないっすか。ゴーヤさんだって今度は停学じゃ済まないっすよ」

「言葉が悪かったな、軽くお仕置きするだけだ。お前だって嫌いな野菜で3位に入ってるんだ。全校生徒の前で恥かかされてムカついてるだろ」

 ピーマンは無言だったが、固く握った拳が全てを物語っている。

「この国の警察は人間界と違ってザルだ。防犯カメラもほとんどないし、そう簡単に足なんて付かねぇよ。お前だってトマトが俺たちにひれ伏す姿を見たいだろ?」

「み、みたいっす……」

「トマトが舎弟になれば、周りの連中の見る目は確実に変わる」

 子供人気よりも憧れる光景にピーマンの緑色の瞳が燃え滾る。

「やるっす!」

 ゴーヤとピーマンはハーレムを見下ろしながら固い握手を交わした。

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