ベジタブル革命
二条颯太
野菜ランキング
ヒエラルキーの中で生きているのは人間だけではない。自然界の食物連鎖も一種のヒエラルキーで、目を凝らせば様々な場所でピラミッドが形成されている。
同じことはベジタブル高校、通称ベジ高に通う野菜たちにも当てはまる。
4月19日。
『今年も食育の日に伴い、子供の好きな野菜ランキングが発表されました。表彰状を授与するので名前を呼ばれた方は登壇してください』
進行役のメロン先生が手元の資料に視線を落とすと、いつもは騒がしい生徒たちがピタリとお喋りを止めた。
『第3位──さつまいも』
擬人化されたさつまいもは全身で喜びを表現しながら壇上に駆け上がり、スイカ校長から表彰状を受け取った。
温かい拍手が送られる中、体育館の後方で冷ややかな視線を向ける野菜がいた。
「ケッ、くだらねぇ。あんな芋臭い奴のどこがいいんだよ。炭水化物の塊ってことを忘れてねぇか?」
面白くなさそうに愚痴るのは緑色の髪の毛が眩しいゴーヤ。デコボコした肌は思春期でもありゴーヤの証でもある。
腫れぼったい一重瞼と青臭い体臭が女子生徒から不評で、次第に彼は浮いた存在になっていった。
そんなゴーヤにも少ないが親友と呼べる存在がいる。
「ガキにはオレたちの良さ苦味が分からないんすよ」
隣で笑うのはゴーヤと同じく緑髪のピーマン。
二人は嫌われ者同士馬が合う。
壇上では2位のジャガイモが表彰されている。坊主頭のジャガイモは極度の緊張からか降壇する際に派手に躓いた。
「ざまぁみやがれ」
ゴーヤはヤジを飛ばすが、周りの生徒はおっちょこちょいなジャガイモを微笑ましく見守っている。
「まぁまぁ──」
不機嫌なゴーヤをなだめようとするピーマンの声は、第1位の発表によってかき消された。
『そして栄えある第1位は──トマト』
割れんばかりの拍手と黄色い歓声。アイドルのコンサート会場を彷彿させる光景に、ゴーヤは渋面を浮かべながら耳を塞ぐ。
赤髪に黄色と緑のインナーカラーが映える眉目秀麗なトマトは、鳴りやまない歓声に笑顔を振りまきながら登壇する。
シミ一つない綺麗な肌は代表的な栄養素『リコピン』の賜物。
高身長で頭脳も学年トップとなれば非の打ち所がない。
「すげぇなぁトマトの奴。何連覇したかも覚えてねぇや」
「すかした野郎が……ムカつくぜ」
「元々の支持率に加えてフルーツトマトが栽培されるようになってからは向かう所敵なしっすね」
「なんだそりゃ?」
「知らないんすか? 糖度が8度以上の甘いトマトのことっすよ。最近は果物よりも甘い品種もあるみたいで食卓に並ぼうものなら取り合い必至」
「なにが甘いトマトだ。だいたいフルーツって……それなら果物のカテゴリーに行きやがれ。メロンもスイカもイチゴも、しれっと野菜に混じりやがって……」
「へへっ、そうっすね」
「おいピーマン! てめぇまさかフルーツトマト食ってるんじゃねぇだろうな!」
ゴーヤはピーマンの胸ぐらを掴んで睨みつける。
「や、止めてくださいよゴーヤさん。あんな甘ったるい野菜、認めるはずないでしょ」
ピーマンの目は泳いでいたが追及はしなかった。
それをしてしまえば完全に一人になってしまうことを知っていたから。
『続いて子供の嫌いな野菜ランキングを発表します。第3位ピーマン。第2位セロリ。そして堂々の第1位、ゴーヤ』
ゴーヤの名前が呼ばれた瞬間、トマトで盛り上がっていた空気が瞬間冷却された。列の後方にゴーヤが座っていることを知りながら誰も振り返らない。
野菜たちの背中から早く行けよという迷惑そうなオーラを感じたゴーヤは、舌打ちをしてその場から去ろうとするが、
「ゴーーーヤァ!!!! さっさと来んかぁ!!!!」
スイカ校長はそれを許さなかった。
ゴーヤは一矢報いてやろうと踵を返して壇上に上がる。
「いつになったらお前は子供からの支持を得られるんだ!? トマトのように努力をせんからこうなるんだ。あぁ、聞いとるんか!?」
あまりの剣幕で怒鳴ったことでスイカ校長の顔には亀裂が入っている。ゴーヤはそれを狙って手刀を叩き込んだ。
ブシュゥッ──!
スイカ校長から果汁が飛び散る。
「あんたの中身、黄色だったんだな」
手に付着した果肉を眺めながらゴーヤが笑うと、パニックになった野菜たちの悲鳴が体育館に響き渡った。
それを背に受けながらゴーヤは動かなくなったスイカ校長を無言で見下ろす。
「大丈夫ですか校長先生!」
いち早く駆け寄ったのはトマトだった。
募りにつのった劣等感や苛立ちがピークに達する。
「臭い芝居は止めろ、気遣うフリして自分の株を上げたいだけだろ。そんなことしなくてもお前の支持率は揺るがねぇよ」
トマトはその声を無視して救命措置に取り掛かる。
「偽善者が……」
捨て台詞を吐いたのと同時に、ゴーヤは教師たちに取り押さえられた。
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