20話

 突然、教室内にドスの効いた声が降り落ち、『しぐれ』と黒瀬は身をすくめる。

 嫌な予感がした『しぐれ』は顔を挙げ、『キヨ』を見上げ口を開く。


「あー、遅かったな?あの……、こいつ、昔会った『トラ』だったんだよっ!大きくなったよな?!はははは……」


 やましい事は一切ないが、先程から目を零れるくらい見開き、黒瀬と抱き合う『しぐれ』を凝視する『キヨ』に怯み乾いた笑いが思わず出る『しぐれ』。


 黒瀬は『しぐれ』を抱き締める手を緩めることも無く『キヨ』をじっと目を細め睨みつけている。


 次第に『キヨ』の握った拳が震え始め、足元からゆらゆらと黒いものが溢れだす。

 目にも留まらぬ速さで黒瀬の襟元を掴み、後ろにぶん投げた。

 ぶん投げられた黒瀬は「ぐぇっ!」とカエルが潰された様な声を上げながら、投げ出された身体で教室の机を薙ぎ倒した。


 ガッシャーンッと轟音がビリビリと鼓膜を揺らし、夕暮れ近くなり先程より淡い緋色の光が溶けた教室に反響する。


 『キヨ』が黒瀬にゆっくりと歩み寄り、痛みに呻く黒瀬の胸ぐらをつかむ。黒瀬に顔を近付け、凍てつくような声で語り掛ける。


「お前なんかが俺の詩音に気安く触るな。この前、優し〜く忠告したよな?」

「おいっ!キヨっ!トラはまだ子供だぞっ?!」


 『キヨ』の尋常で無い怒りに震える姿に危機感を感じた『しぐれ』。

 まだまだ高校生である黒瀬の身の安全を確保するために『しぐれ』は、『キヨ』の腕を掴み仲裁に入る。

 黒瀬から『しぐれ』にゆっくりと視線を移す『キヨ』。


 母に捨てられた子供の様な表情で『しぐれ』に問い掛ける『キヨ』。

 その瞳は深く昏い色を滲ませながら『しぐれ』を映す。


「しーちゃん?コイツを庇うの?好きになっちゃった?」

「はぁ、そう云うことじゃねーよ……。あのな……、友達になっただけだ。友達記念のハグ?をしただけだ……」

「でもっ!!」

「清晴先生は……、僕のこと……、信じてくれないの?」


 奥の手として『キヨ』の大好物。

 詩音として上目遣いで瞳を潤ませ、甘えた声をだしながらあざとく小首を傾げる『しぐれ』。


 一拍間が空き、黒瀬の胸ぐらを掴んでいた手は外され、そのまま『しぐれ』をぎゅうっと囲うように抱き締める。


「信じるよ〜!!お兄さんが欲しいもの沢山買って上げるから許してぇ〜!!」


 『キヨ』の突然の豹変ぶりにポカンと呆気に取られる黒瀬。そんな黒瀬を『キヨ』に抱き締められながら苦笑いを浮かべ見やる『しぐれ』


「清晴先生?じゃあ、2人仲良くして下さいねぇ?」

「ゔぅぅ……、わかったよぉ……」

「ふふっ!ありがとうっ!!清晴せんせぇっ!!」


 『キヨ』を無事説き伏せることができた『しぐれ』は

 『キヨ』の頬にちゅっと唇を落とす。

 

 『しぐれ』のキスによりすっかりご機嫌になった『キヨ』はその後黒瀬に手を貸して立ち上がらせ、ニコニコと握手を求めた。

 ビクビクしながら黒瀬も握手に応じ、無事手打ちとなった。


 その後は黒瀬が風紀委員を呼び寄せ、『キヨ』が男達を倒した事で処理した。



 どこぞのキャバ嬢も舌を巻く、『しぐれ』の手練手管。


 『しぐれ』の変態対応力はカンストしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る