魔王様、魔王城からの大脱出企画

深夜翔

魔王様、仕事辞めたいって

 本日の勇者の動向は――


 魔族領の収支ですが――


 隣国との交易が――


 人間の――


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!やってられるかこんなもんっ!!」

 魔王様、――キレる。幾度となく訪れる業務報告の配下たち。減らすより増えていく書類の数々。折角の法も治める者には効果がない。

 なんというブラック。


「俺は逃げるぞっ今すぐに」

 ドスドスと足音を立て、怒りをあらわに通路を遮る巨大な扉に手をかける。

「?」

 しかし、どれだけ力を込めて押そうともびくともしない。


「魔王様、無駄な時間はおやめ下さい」

「む、その声は……、ジョウソウか?!」

「えぇ、我が国魔族領魔王様配下、四天王が一人、ジョウソウでございます」

「ここを開けろ!!魔王命令だ!」

「それは出来ません。仕事を終わらせてから」

「終わるわけねぇーよ!!!いいから出せ」

「いいえ、終わらせるのです。それが貴方様魔王のお勤めなのですから」


 淡々と紡がれる理屈も理論も通らない、よーわからん理由のみで魔王はこの部屋から出れなくなった。

「チッ、こんな扉、力ずくで」

 オラッ

 魔王様、本気の殴り。

 世界最高強度を誇るオリハルコン製の扉にヒビが入った。どれだけ魔王が強いか、よく分かる。


「無駄ですと申し上げたはずです。その扉は自動修復と強度増加が着いた特殊な扉。一撃で壊されない限り、瞬時に再生する優れものです」

「な、なんでそんなもん……」

「魔王様が逃げないように、でございます」

 魔王様、痛恨の極みっ!

 毎日のように続く仕事に、夜な夜なこっそり文句を言っていたのがバレていたのだ。


 あーーーくっそぉ!なんだよあの量、人間の脳の許容量を超えてやが……、俺は人間じゃねえけど。

 いつか絶対逃げてやるこんな城っ!!


 …………そりゃバレますよ。声がでかい。

「そういう訳ですから、仕事、頑張ってください」

「おい待て!ジョウソウ、おい!!」


 魔王様の叫びも虚しくジョウソウの足音が遠ざかり、残された叫び声だけが長い廊下に木霊する。

 もはや扱いが魔族で一番偉い者だとは思えない。


「……ふっ、俺様を甘く見たなジョウソウ」

 しかし、ここで折れないのが魔王様。

 まさに準備万端だとウッキウキで玉座の裏に手を伸ばす。


「こんなこともあろうかと、城の外へ続く転移陣を作っておいた!!まぁ、具体的に何処へ転移するか分からんのだけど……、じゃあなブラック城め!!」


 まさに策士。今までのが全て演技だとすれば、魔王なぞ辞めて演者になった方が稼げるのでは。

「ジョウソウも詰めが甘い。まさか俺が、かなり前から逃げる準備を進めてきたとは夢にもおもっていないだろうからな!!はっはっはっはーーー!!


――なんて、今頃魔王様はそう言って居られることでしょう。逃がしませんよ魔王様。今この国には、貴方様のお力が必要なのですから」


 …………このジョウソウ、全てお見通しである。

「あの転移魔法陣は、私がこっそり指定場所を変更しておきました。今頃は我々が苦労して作り上げた、"魔王様脱出(笑)ダンジョンに飛ばされていることでしょう」


 不敵な笑みと、悪者のような顔。

 まさか誰も思うまい。

 彼はこれでも心の底から魔王様を尊敬し、この魔族領のためにここまでしていると言うことを。本当は魔王にも休んで欲しい、そう思っていることを。


「ふっふっふっ…………。一時の休暇、存分に楽しんでくださいね」

 その笑い方やめい。

 誤解されがちなのは、ジョウソウのこういうところだったりする。



「痛てて、ここは……?随分暗いな」

 その頃、魔王様は。

「んだよここ。座標ミスったのか?どっかのダンジョンに来ちまった」

 ジョウソウの罠に見事にハマっていた。


「ま、魔王城から逃げ出せていれば問題ないか!」

※ここは魔王城の地下深くです。


「ジョウソウも今頃は慌ててることだろうぜ。ざまぁwwww」

※ざまぁないのは貴方です。


「さーて、こんな場所さっさと抜け出して、広い外の世界を楽しむとするかなー」

※抜け出しても魔王城です。


 何も知らない魔王様。暗い道も臆せず進んで行く。ダンジョンの内部は場所によって様々で、謎解きやモンスターハウス、トラップダンジョンなど、そのコンセプトは無数にある。


 そんなダンジョンで、魔王様がいるこの階層のコンセプトとはというと……

「ん?さっきこの道通らなかったか?……いやしかし、曲がったのは二回。間違いなく違う道のはずだ」


 迷路だ。複雑な通路かつ単調で変わらない景色。目印を付けようにも再生の魔法で傷一つつかないマゾ仕様。


 オマケに、

「ちっ、またあいつらか」

 無限に湧き続けるゾンビのモンスターが行く手を阻む。


「邪魔だ。"燃えろ"」

 そこはさすがの魔王様。たかがゾンビのモンスターなぞおそるるに足らず。炎魔法で一瞬のうちに焼き尽くす。


「……石?ゾンビが持っていたのか」

 問題なのは定期的に湧いてくるゾンビの対処によって、方向感覚が微妙に狂わされる点にあった。

 もはやゾンビのドロップ品にいちいち構ってはいられない。このまま放置しておけば目印になるのに。


「…………さっき来たのはこっちからだったな?探知魔法も反応無し。全く、そろそろこの景色も飽きてきた」

 こうして魔王様は、直前に自らが歩いてきた道を何度も往復する羽目になるのだった。

 


「はぁ、ようやく上層への階段を見つけたぞ……。なんなんだこのダンジョンはっ」


 気が狂いそうなほど長い時間をかけ、やっとの思いで一層を抜けた魔王様。少しでも違う景色を見ることが出来て、心の底から安心する。


 階段は本当にあったんだ!ダンジョンは欠陥じゃなかったんだ!――っておいバカ。

「これで外に出られれば……、なんて、そう甘くはねーか」


 二層目は、随分と広い空間にでた。

 奥には3つの通路と、その手前には看板。

「んーと。『見つからずに進め』?何に?というか、この俺様が逃げ隠れすると思っているのか」


 かなり余裕そうな魔王様。一層でかなり精神を消耗したから、集中力を使うことはしたくないのだ。


「どの通路も変わらないのか?適当に入ってみれば分かるか!」


 とりあえず、一番左の通路へと踏み入れる。

 細い通路が伸びていて、どことなく一層を思い出す。が、分かれ道が多い訳ではなく、所々にある窪みはただ隠れるために作られたスペースのようだ。


 魔王様はそのまま真っ直ぐ進む。すると、何やら不思議なドローンが通路に反って動いているのを発見した。


「これに見つからず?んなもん壊せばいいだけだ!」

 威勢のよい魔王様。発見早々に魔法をぶつける。放たれた雷の魔法はゆっくりと動くドローンに当たる。当たったものの、破壊される気配はない。


 それどころか――

『侵入者、侵入者。入口へノ転移ヲ開始シマス』

「な、なんだ?」


 どうやら見つかったらしい。そう魔王様が認識した時には、謎の魔法陣で入口へと戻されていた。


 目の前には3つの通路と看板。見た事のある景色。

「おいおい。まさか見つかったら戻されるのか?入口まで?!あの機械の魔法陣展開、俺の反応速度より早かったぞ。一体何が……」


 城から逃げ出したが、腐っても魔王。そこらの魔族や人間よりも圧倒的な実力を持っている。四天王と呼ばれる彼らより、数倍は強い。そんな魔王が魔法を使われたことに対応できなかった。それだけで驚くには充分すぎる。


「いいや、まだ負けたわけじゃねぇんだ!!次こそは避けてみせるっ」


 やる気があってよろしい。それを仕事に回せたら……。

 無謀にも再び左の通路へと踏み入れる。

 同じように進み、前回より手前でドローンと遭遇。


「でたな!!今度こそお前をこわs」


 魔王様のセリフの途中で、景色が変わる。

 3つの通路に看板。


「ひ、……人の話は最後まで聞けよっ!!」

 魔王様の怒りは最頂点に達する。

「次こそぶった斬ってやる」


 怒りと対抗心に駆られ、ただのドローン相手にムキになって挑み続けた。それはもう、異様な執着と言ってもいい。壊すまで先に進まねぇとという決意を以て、通路の先へと挑戦し――


「…………もう、ダメかもしれん」

 燃え尽きていた。真っ白に。

 一体何回挑戦したのだろうか。少なくとも50は超えている。途中で数えるのを諦める程度には頑張った。頑張って、結果として勝てないことが判明した。


「俺って、こんなに弱かったんだな…………」

 そして、思っているよりも魔王様のメンタルは弱かった。今にも泣き出しそうな顔で、通路の先に構えるドローンに恐怖する。もはや戦意などこれっぽっちも残ってはいない。


「……行くか」

 倒すことを諦め、看板の指示通りドローンに見つからないように進むことに決めた。何度も入った一番左の通路へ、もう戻されないことを祈りながら進んだ。

 

「ここのくぼみは、あのドローンを回避するためだったのか」

 隠れるための通路端の窪みに座り込み、通路を巡回しているらしいドローンを見送るために息を潜める魔王様。


 ドローンが巡回していると気がついたのは、この場所に何度も挑んだから。心が折れるまで続けたことも、決して無駄ではなかったのだ。


 目の前を1機のドローンが通過した。

 その隙にドローンが来た方向へと足を進める。どこまでも一本道ではないらしく、いくつか分かれ道があった。しかし、明らかに方向が違ったり、奥に行き止まりが見えたりと、一層を抜けてきた魔王様にとっては大した障害ではなかった。


 ただし、そんな甘い階層ではない。

 進むにつれて、巡回するドローンの数が増えてきた。移動速度も心無しか早いような気がする。


「……あそこを通り抜けるのはむり、か?」

 魔王様の見ている方向には、分かれ道をそれぞれ監視するように背中合わせに配置された3機のドローン。動く気配はないが、今回避したドローンが戻ってくる前に突破したい。


「何とか帯寄せられればいいが……、なにか持っていたか?」

 魔王城脱出後のことを何も考えていなかった魔王様。脱出の準備などとほざいておきながら、実質ほぼ衝動的な行動でしかなかった。

 馬鹿野郎とはこのことである。


「ん?おぉ、そういえば前の階層で拾った石ころがあった。使えそうだ」

 不幸中の幸いと言うべきか。

 何故か目印として使わずに持ってきた石ころが、ここに来て役立つ時が来た。これは阿呆中の幸いだ。


「動くものに反応するのなら、これでも反応するよな!」

 持っていた石ころを、分かれ道を通過して反対側の通路まで投げ飛ばす。ドローンの視界に入った石ころは、魔王様の思惑通り通り過ぎた石ころへ注目する。

転移の陣まで発動させて。


「馬鹿どもばかりだまったく」

 ――それは魔王様あなたのことである。



 三層は一風変わった自然溢れる階層。

 中央には白い屋根のガゼボ。その周りは綺麗な緑の植木。彩り豊かな花々。植物に囲まれたそこは、初め外に出られたのかと勘違いするほどだった。


 しかし、それは上を見ることであっさりと否定される。


「屋根……。ってことはここもダンジョン内部なのか」

 空が青ければ良かった。

 ライトで明るくしていようが、無機質な白い天井は、雲と見間違えようにも無理がある。


「ただの休憩スペースってわけじゃないな。一体何層あるんだ?」

 一つ確かなことは、見渡せる範囲に階段がないこと。上に行くための仕掛けがあるのかもしれない。


『庭の手入れ、植物の世話を忘れずに』


 明らか怪しい立て札。

 なにかのヒントになりそうなものだが、魔王様にはさっぱり分からない。

 一度スルーし庭の探索を進めることに。


「つっても見える範囲で全部っぽいし……、他に使えそうなもんと言えば」

 左手に見えた小さな噴水。その傍に置かれた水色のジョウロ。


「植物の世話……。水をやれってか?魔王だぞ俺は」

 ま、気分転換にはちょうどいいか。

 魔王の威厳はあっさり消滅する。もはやこのダンジョンに反抗する意志はないらしい。ジョウロに噴水の水を汲んで、植木の植物に水をやっていく。


 植物に触れて心が落ち着いたのか、こんな生活も悪くないと感じる。


「あとは……これか。随分でけぇ花壇だな。……の割に、中央にこんなちっさな芽が一つか。将来でっかくなんだろうよ」


 名前もない芽に、不釣り合いな花壇。どことなく不思議さを醸し出している。何かが起こる気がした魔王様は、適当なことを呟きながらも慎重に水をかけた。


 ジョウロから落ちる水が土を濃く染める。たっぷりと水をかけて貰った芽は、どこか喜ぶように揺れた。


「さてと。指示通り水をやったぞ。これで何が起こるってんだ」

 気分はそれなりにいいが、この行為が何を意味するのかは分かっていない。次にやるべきことが不明な以上、何か情報はないかと看板のあった場所まで戻ってきた。


『小さき芽を育てよ』


 文章が変わっていた。

 端的かつ不明瞭すぎるヒント。けれど、心当たりはある。あの大きな植木に植わっていた芽のことだろう。


「育てよってもなぁ。肥料とか……あとは光か?ここも充分明るい気がするが」


 いくら明るく感じたとしても、それは人工的な明かりに過ぎない。自然の、太陽の光と比べてはあまりに頼りない。


「……仕方ない。ここは俺が何とかしよう」

 太陽も肥料も存在しないのに、どうやって指示通りにするというのか。


 何度も言うが、忘れてはならない。

 ここにいるのが"魔王"であることを。

「光を灯せばいいのだな。"灯れ"」

 魔王様の手から明るく温かい光がポッと灯る。

 決して明るすぎる訳では無いが、どこかほっとする温かな光。


「肥料は……、まぁ成分まで理解せんでもいけるか。"創れ"」

 どこから生み出したのか。無から光が、そして形が創られていく。まさに創造の魔法。魔王が魔王たる所以。


「…………んで、肥料ってどうすりゃいいんだ?」

 あぁ。これがバカがバカたる所以か。


「ひとまず土に混ぜて……みよう」

 勘と雰囲気で創った肥料を混ぜる。


 するとどうだろう。

 今まで風に揺られていた小さな芽が、急激に成長し始めた。みるみるうちに茎が太くなり、上へ上へと伸び進んでいく。空へと突き抜けていく様子は、まるでどこかの童話に出てくる豆の木のよう。


 グシャッ


 天井を突き抜けた蔓は、鈍い音を響かせた後、その成長を止める。そして登るための階段の役割を果たすかのように、一定の感覚で大きな葉を付け始めた。


 数分としないうちに、気がつけば次の層への階段が出来上がっていた。


「……なんつーダンジョンだよ」

 その一連の現象を呆然の眺めていた魔王様は、最後に一言、呆れた様子でそう呟いた。



 次層へと着いた魔王様は、今までとはまた違う、異様な雰囲気を早くも感じ取った。


「殺気立っている……。この先に何かいるな?」


 ダンジョンらしいと言えばらしい。

 けれど、階層の変化があまりにも大きいために一瞬たじろぐ魔王様。ほんの数秒前までゆったりと植物の世話をしていたのだ。

 強力な殺気が肌へと突き刺さる。


「……ふん。まぁいい。俺にその殺気を向けたこと、後悔させてやろう」

 そんなものに怖気付くようでは魔王は名乗れない。

 堂々とした佇まいへ直し、大きな扉を破壊せんとする勢いで開け放った。


「来タゾ。ハナテェ!!」

「…………」

 入って早々、野太く生気のない叫び声と砲弾の嵐が魔王様を襲った。骸の兵団が待ち構えていたのだ。


「"落ちろ"」


 その言葉一つで、そんな危機は無かったことになる。大きな地響きはダンジョンそのものを震わせ、煙を天井高く舞いあげる。


「ふっふっ……ハッハッハーーーっ!!ここまで耐えてきた俺を褒めてやりたいな!暴れてもいい、今までのストレスを解消させてもらう!」


 煙を吹き飛ばすがごとく、高らかな笑いと嬉しそうな声色で、魔王様は今日1番の笑顔になる。


「"飛ばせ"」

 砲弾をたたき落とした重力操作の魔法。それはただ強力な重力場を発生させるだけの魔法では無い。


 魔力で宙に浮かせた砲弾を、今度は兵士たちに向かって勢いよく飛ばし返す。その威力は本来の砲撃よりも遥かに高い。


「「「グアァァァァァッッ!!」」」


 大きな衝撃で壁の砲台にいた兵士たちが吹き飛ぶ。

 ガラガラと崩れ去る砲台を横目に、気にした様子もなく次々と現れる骸。後衛は奇襲に特化させ、メインは剣士たち前衛での攻撃だったのか。生気を失った骸であるはずなのに、妙に連携が取れている。


「いいぞ。もっと、もっとだ!!そんな攻撃では俺には届かないぞ!」


 数の差で怯む魔王様でもない。

 むしろ、臆せず向かってくる兵士たちを相手にどこか楽しげな表情まで見せる。


「"吹き飛べ"」

 空気がゆれ、衝撃波で隊列が消滅。


「"燃やせ"」

 生き残った前衛はあっさりと煉獄の炎で塵と化す。


「"守れ"」

 運良く近づけた者も、骸ごときの鈍らな剣では傷一つつけられやしない。


 まさに蹂躙。フロアいっぱいに溢れていた骸の兵は、瞬く間に数を減らしていった。


「……ふむ。やはり所詮は骸か。操る親玉は出てこないみたいだな」


 最後の一体の頭を鷲掴みにしてそんなことを言う。

 ここだけ切り取ればいい感じの魔王様だ。

 手に力を入れれば頭蓋骨は粉々に粉砕。


 ガコンと音がして頭を捻ると、先程まで存在しなかった扉が反対の壁に現れた。ここの兵士を全滅されることが条件だったようだ。


「いいね。俺はこう単純な造りの方が好みだ」


 さすがは仕事が多すぎて逃げ出した魔王様。

 発言が頭の悪さを物語っている。

 そして扉が開いたことで明らかとなる。尋常では無い濃さの殺気。魔力。存在感。

 この先に間違いなくボス級の何かがいる。


「やってやらぁ」

 魔王様は血に飢えた獣のように、己の中の闘争心にしたがってその扉の先へと駆けていった。



「"殺セ"」

 言葉の刃が魔法となって宙を走る。


「"護れ"」

 それらを全て防ぎ切る膨大な魔力が跳ね返す。

「おいおい、入ってきて早々穏やかじゃねぇな!!」

 文句の割に楽しそうな声。


「"爆ゼロ"」

 余裕の表情で立ち向かう魔王様の頭上に、巨大な爆発の前兆が見えた。そう思った次の瞬間、ダンジョンを破壊できそうな爆風が魔王様を襲った。


「……死ンダカ」

 手に持った黄金の杖を下げ、骸の王は玉座の奥へ引き返し――


「おいおい、まだ戦いはこれからだぜ」

 爆発で生じた煙の中から、いかにも自信に溢れた魔王様バカのこえが響いた。煙が晴れると、そこに居たのは無傷で笑う魔王様その人。爆撃音のような魔法の連続攻撃も、魔王様には届かなかったのだ。


「バカナ……」

「お前のターンは終わりか?ならば次は俺のターンだ!!」


 驚く表情を見せる骸の王(骸骨だから実際は雰囲気での判断)を置いて、魔王様は自分の魔力を全力で膨らませる。


――格が違う。

 骸の王は魔物ながらにそう感じたことだろう。


「"裂け"」

 ただ一言。魔力にそう命じただけ。その短い言葉を忠実に再現しようと動いた魔力は、何者にも耐え難い理不尽で平等な"死"を運ぶ。


「"避ケッ

「られるわけ無いだろ」

 骸は全力で回避しようと己の全魔力を使って逃亡の選択をした。が、この攻撃に"避ける"という選択肢は存在しない。


――空間断絶。

 それは物体としての物理的な切断ではなく、空間そのものを斬る……いわば防御不可の必中攻撃。無論、弱点もいくつか存在する。

 発動までに時間がかかること、膨大な魔力を消費すること、発動には特殊なアーティファクトを要すること。


「オノレオノレオノレッ!!"爆ゼロ"!ハゼ…………」

 最後の抵抗とばかりに魔王様へと全力の攻撃を仕掛けた骸の王。全てが虚しく虚空へと消えていく。空間断絶があらゆるものを飲み込んで――


「……やっと出口ってことか」

 最後に残ったのはなんとも虚しい静寂と、唯一の骸の王の戦果である、爆発跡だけだった。



 ダンジョンの主を倒したことで、フロアに小さな変化が現れた。階段ではなく、中央に丸い光の陣。まさに魔王様がここへ来た時と同じもの。


「転移の魔法陣……、ダンジョンはここで終わりか。随分手応えのあるダンジョンだったぜ」


 魔王様は振り返ることなくその陣に足を踏み入れた。なんだかんだで気分転換はできたようで、ここへ飛ばされた時とは随分違った表情。少しスッキリとした様子だ。


「さてと、外に出たら何するかなー!腹減ったし、どっか食べるものを探しに行くとするか。そのあとは適当に散歩でもして……、やりたいことが多いぜ」


 余裕綽々、最高のサボり時間に思い馳せる。転移の魔法の光が魔王様を包み、強く輝きダンジョンから魔王様の姿が消えた。



「…………出れたの……か……っ?!」

「おや、魔王様。おかえりなさい。気分転換、いかがでしたか?」


 ダンジョンを脱出した魔王様を出迎えたのは、それはもうニッコニコの部下、ジョウソウ。全てをしくんだ張本人であり、魔王様を大切に想う優秀な四天王。


「ど、どういうことだっ?!」

「??私はずっとここでお待ちしておりましたけれども」

「ま、まさか……あのダンジョンは」

「えぇ、私が魔王様の企てに乗っかりまして、転移先を変更しておきました。これで心置き無く仕事に専念できますよね」

「き、貴様っ!謀ったな!!」

「はて?謀る?先に我々の目を欺いて逃げ出そうとしたのは魔王様では?」

「くっ」


 残念な魔王様。ジョウソウに口で勝てるはずもない。どんな理屈を並べようと、先に逃げ出したのは魔王様なのだから。


「では本日の報告へ移らせて……」

「あぁーーーーー!!!こんな仕事やってられるかぁーーーー!!!」


 今日も今日とて仕事は山積み。

 頑張れ魔王様。威厳を保ち、部下に想われる王であり続けるのだ!!

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魔王様、魔王城からの大脱出企画 深夜翔 @SinyaSho

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