2、スネ夫、お前もか
ふと見ると、道の反対側に合羽と傘を両方装備して、斜めに叩きつける大雨の中を前傾して進むスネ夫がいた。中学のときの同級生で地元の進学校に行ったやつだ。会うのは中学の卒業以来だった。スネ夫は親が幹線道路沿いで中古車センターを経営している小金持ちの一人息子で、庶民を見下している自慢好きでケチな嫌なやつだった。スネ夫というあだ名がまさにぴったりなのだが、本人はドラえもんなんて見たこともないスネ夫なんて知らないと何年も言い張っていた。
「スネ夫、何してんだよ!」
スネ夫はちらりとこちらを見ておれたちに気づき、
「だからスネ夫って呼ぶなって言ってるだろ!」
おれと村上は道路を渡ってスネ夫の側の歩道に行った。スネ夫がわずかに顔を上げた拍子に強風が傘を下からすくいあげ、やつの手をはじくようにしてそれを後ろに吹き飛ばした。
「あっ! お前らのせいだぞ!」
おれと村上はざまあみろと笑った。続く風で今度はスネ夫のフードがめくれ上がると、やつのおでこが剥き出しになった。中学のときから薄毛なやつだったが、今や冗談にすることも憚られるほど生え際が後退していた。
「禿げてんじゃねーか!」
「禿げてない!」
近くに来ても大声で話さないと雨風にかき消されるようだった。スネ夫のなんだよこっち来るなよとおれたちを遠ざけようとする態度が、やつもおしゃぶりちゃんの予約が取れたのだということをはっきりと物語っていた。おしゃぶりちゃんは一日三人限定で客を取っていると聞いていたが、おそらくこの台風でもともと決まっていた枠がすべてキャンセルになったのだ。
「お前もか!」
「お前もだな!」
「何が!」
すっとぼけたところで無駄だった。おれたちは台風の最中を同じ方向に向かって歩いていたし、同じように股間を膨らませていたからだ。おれたちは、今日を境にある意味兄弟になるのだ。この街に大勢いる顔を見たこともない義兄弟たちの一員になるのだ。
緩い坂にさしかかって顔をあげると、木々の向こうに城の天守閣が見えた。城はまるで極小のぽこちんのように、こんもりした林の中から天に向かってちょこんと突き出ていた。そのとき、前方から一段と強い風がおれたちに襲いかかった。おれたちは息ができるように腕で鼻と口をカバーし、足を広げてその場で踏んばった。スネ夫の前髪が何十本も抜き取られ、鬼太郎の攻撃みたい針のようになって後ろに飛んでいった。城の足元に広がる林が、引き返すなら今のうちだぞと言うようにうなりをあげて揺れた。
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