3、一律三千円
そんなことに怯むおれたちではなかったが、指定の場所に到着したときには嵐はいっそうひどくなっていた。風はあらゆるものを吹き飛ばすような勢いで吹き荒れ、枝葉はそれに合わせて狂ったように踊り、木の幹はみしみしと不吉な音を立てた。
スネ夫が自慢の防水腕時計で確かめると時間はぴったりだったが、おしゃぶりちゃんはまだ来ていなかった。指定場所となったこじんまりとした建物は、林の中に取り残されたように建っており、そのいかにも見捨てられた様は、もしやこの台風の中まだ市内にとどまってるのはおれたち三人だけなのではないかと不安にさせるのに十分だった。
看板を外され、出入り口に板が打ちつけられたその外観は、いかにも廃墟じみて人を寄せつけない感じだった。閉鎖される以前に何度か前を通りかかったことはあったが、何の施設なのかは知らなかった。念のため建物をぐるりと廻ってみたが、ドアはすべて錠がかかっていた。裏手に袋がすり切れた土嚢の山と、あとは朽ち果てるのを待つだけといったぼろいリヤカーがあるだけだった。
「ここだよな!」
「そう聞いたけど!」
村上とスネ夫が確認し合う。場所に間違いはないらしい。おれたちは申し訳程度に屋根のついた正面入口のところで壁にへばりつくようにして待機したが、斜めに叩きつける雨を防ぐことは全然できなかった。まるで何かの拷問みたいに、重く冷たい雨が頬にびちびち当たった。
「なあ!」
おれは風にかき消されないように声を張って村上を呼んだ。
「え!」
声をかけたものの話すべきことはなかった。おれはズボンの尻ポケットに入れた財布の中の三千円を思った。ズボンの濡れ具合からすると、財布にも雨が染みてそうだったが、お札が無事かどうか確かめてみる気にはなれなかった。
「なんでもない!」
一律三千円。それがおしゃぶりちゃんのしてくれる行為に対する謝礼だった。それはたいしてバイトもできない高校生が一度に使える金額の上限としてまことに適切で、リピーターになる者が多いというのもうなずける話だった。一般的に見たら安い額かもしれないが、なぜその設定なのかはわからなかった。
噂によれば、おしゃぶりちゃんの親が新興宗教をやっていて、これで得た金を寄付金として献上しているということだった。金を得る方法として教義の推奨するところなのか、あるいは妙な信仰のもとで生まれ育った彼女の倫理観がおかしくなっているのかは知る由もなかった。わかったところで何かできるわけでもなかったし、余計なことを考えずにただすることをしてもらえばいいだけなのかもしれなかった。
しばらくの間、おれたちは取り込み忘れた洗濯物みたいにずぶ濡れで雨風にさらされていた。半勃ちの股間だけが、開封から半日経った使い捨てカイロみたいにかろうじて温かさを保っていた。台風直撃のこの状況におしゃぶりちゃんの気が変わって、永遠に待ちぼうけを食らわされるんじゃないかと疑問がわいてきた頃、ようやく彼女が現れた。おしゃぶりちゃんは合羽を着て自転車をこいで来たのだった。
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