8、悪い予感

「なに?」

 おれにはスネ夫とおしゃぶりちゃんのぐったりした姿しか目に入らなかった。村上が何も言わず顎で指すだけだったので、どうにかしてその何かを自分で探すしかなかった。

 あっ!

 まもなく、おれはおしゃぶりちゃんの濡れて絡んだロングヘアに紛れるようにして動いているあるものを見つけた。雨で体温の下がった体にぞぞっと鳥肌が立ち、何かいやなものが背筋を駆けあがってくるのを感じた。スズメバチ。さっき木の幹にいたやつに違いなかった。遠目にもでかいと思ったが、間近で見ると余計にでかく感じられた。もう、ネズミくらいでかい。

 おれも村上も何もできなかった。スズメバチはフードの陰に隠れながら濡れた髪の毛の上を歩き回り、おしゃぶりちゃんとスネ夫の接点となっている例の部分へ次第に近づいていった。スネ夫が半分寝ながら愚図る子どもみたいにひんひんいってるのに反応しているのか、それともぽこちんの根元から流れ出ている血に反応しているのか、でなければスネ夫がおしゃぶりちゃんの口の中に放出しただろう精子の臭いに反応しているのか、何もわからなかった。スネ夫はイクことにはイッたのだろうか。口でしてもらうのは、実際どれくらいいいのだろうか。

 スズメバチはおしゃぶりちゃんの髪から地肌におり、頬から唇へと渡り歩いてスネ夫の股間に辿り着いた。スネ夫は自分のぽこちん周りで起きていることに何一つ気づいておらず、リヤカーの周りには悪い予感しかなかった。

「おい」

 おれは意識を失いつつあるスネ夫に声をかけようとしたが、掠れてうまく出なかったし、村上にもよせと首を振られた。何をしてもスズメバチを刺激してしまうようだった。おれは両手を力いっぱい握りしめて早く飛び去ってくれることを願ったが、スズメバチはまるでそこに埋まっている宝でも探すかのごとく、しつこくぽこちんの付け根を嗅ぎ回った。おれと村上は手も足も出ないまま、じっと目で追うしかなかった。

 やがて、スズメバチはスネ夫の雨に濡れて縮みあがった、剥き出しの金玉袋を見つけた。その途端だった。やつは、まるで天敵が突如目の前に現れたかのように急に敵意を剥き出しにし、毒々しいストライプの尻をくいっと丸めたかと思うと、その先端から針をにゅっと出した。

 おれは、針先が音もなく、深く、金玉に刺さるのをはっきり見た。

 ひっ。

 おれと村上は口をおさえて悲鳴を飲み込んだ。スネ夫は一歩遅れてぬひゃっと短い悲鳴をあげた。針を抜き取ったスズメバチは、まるで勝利宣言でもするかのように尻を宙に反り上げてぴくぴく左右に振ると、台風などどこにも来てないかのように悠々と飛び去って行った。

 みるみるうちにスネ夫の金玉が腫れあがった。村上を見ると、やつの目は涙に潤んでいた。スネ夫の陰部を襲った続けざまの悲劇にこらえきれなくなったのだ。スネ夫のちんぽはもうだめだという重苦しい気持ちがおれたちを襲った。

「泣くな」

 そう言ったのは村上だった。自分で気がつかないうちに、おれも泣いていたのだ。おれはぐっしょり濡れた袖で涙をぬぐい、鼻をすすった。おれたちは二人で泣き、泣きながら笑った。何がおかしいのか、自分でもよくわからなかった。

「どちた? いたいよ?」

 スネ夫が何か異変を察知したようにふらふらと頭を持ち上げた。

「何でもない」

 村上は言ったが、スネ夫はきょろきょろしたあと下顎を引くようにして自分の股間に目をやった。見るなと言ったが無駄だった。

 やつの陰茎はおしゃぶりちゃんの口の中で千切れかけ、玉袋は水泳部の肺活量のすごいやつが全力で息を吹込んだみたいに膨れあがっていた。袋の表面には毛細血管が迷路みたいに浮きあがり、今にも破裂しそうだった。それを見て、金玉が破裂して辺り一面に精液が飛び散るという恐怖の想像をしないことは、ほとんど不可能といってよかった。

「あ、あ、あ」

 スネ夫は、まるでそうすれば爆発物から遠ざかれるというように肘を使って金玉から離れようとした。だが、それはやつの金玉なのでやつとともに動くだけだった。そして、動きすぎると今度はぽこちんの方が千切れる危険があった。

「動くな」

 おれはスネ夫の肩を押さえつけて言った。

「や、やだ、いや、や、やややや」

 スネ夫は逃れたくても逃れられない現実に心の許容量が限界を超えてしまったのか、そのままふっと白目をむいて意識を失った。首の力ががくっと抜け、頭を荷台の角に打ちつけた。おれは人が気絶するところを初めて見たが、ぽこちんを噛み切られそうになった男を見るのも初めてなら、金玉袋をスズメバチに刺された男を見るのも初めてだった。初めて口でしてもらうのはお預けになったが、初めておっぱいを揉むことはできた。何もかも台風のせいだった。



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