6、大事なところ

 何が起こったのかわからなかった。

 おれと村上はしばらくその場から一歩も動けなかった。スネ夫たちのそばの地面に木の枝が落ち、末端の枝葉が風にあおられて踊り狂っていた。太くてやたらごつい枝だった。どうやら、強風でへし折れたその枝がおしゃぶりちゃんの後頭部に直撃したらしかった。

「おい」村上が言った。

「おいって」

「え?」

「まずいぞ」

 おれは我に返り、改めてスネ夫とおしゃぶりちゃんをよく見た。二人はぴくりとも動かず雨に打たれるままになっていた。慌てて駆けつけようとしたが、おれも村上も足にうまく力が入らず、二人して泥水の中に転がり込んだ。おれたちは恐ろしい出来事を目撃してしまったのだ。

 震える足に力を込めて立ち上がり、よろけながら近づく。スネ夫は仰向きに倒れ、おしゃぶりちゃんはやつの股間に覆いかぶさるような格好になっていた。おしゃぶりちゃんはぐったりしていたが、スネ夫は意識があった。

「いっ、た、いっ、たたた、いたたぁい、い、った、いた、いたぁぁいよぉ、いたぁぁぁいいいぃぃ」

 イッた、なのか、痛い、なのか、スネ夫は股間の辺りに何かを感じるようだった。おれと村上は覚悟を決めて覗き込み、そこで何が起きているのかを見て取ると、恐ろしさのあまりお互いの体にしがみつきながらあとずさりした。

 スネ夫のぽこちんを咥え込んでいたおしゃぶりちゃんのかわいらしい口は、飛んできた枝が後頭部を強打した衝撃で思い切り閉じてしまっていた。つまり、歯でもろに噛んでしまっていたのだ。大事なところを。ぽこちんを。

 おしゃぶりちゃんは歯を食いしばったまま意識を失っており、スネ夫は大きな雨粒が顔中に当たるせいか、それとも意識がもうろうとしているせいか、半分白眼を剥いた目をぴくぴくさせていた。おしゃぶりちゃんの口許から、というよりスネ夫のぽこちんの付け根から、大量の血が流れ出し、雨と混ざって地面に広がっていた。

 幸か不幸か、スネ夫は自分の身に何が起きたのかわかってないようだった。おれと村上は肝心な部分がどうなってるのかもっとよく確かめようと、おしゃぶりちゃんの顔に垂れかかったロングの髪の毛をどけてみた。雨に濡れた髪の毛はかなりの重みがあった。

 うおっ!

 おれたちは思わず声をあげずにはいられなかった。おしゃぶりちゃんの歯が、スネ夫の大事なところにトラバサミのように食い込んでいた。ぽこちんの肉が裂け、そこから血がどくどくと吹き出すのがはっきり見て取れた。おれの金玉は、悪ふざけのクラスメイトに不意に後ろから鷲掴みされたときみたいに、きゅきゅうと縮みあがった。村上のもそうなっていたと思う。

 おしゃぶりちゃんの頬を軽くぴたぴた叩いてみたが、彼女は目を閉じたままどんな反応も見せなかった。ただ、頬に触れた震動がぽこちんに伝わって、スネ夫がびくっとなるだけだった。おれたちはおしゃぶりちゃんの唇をめくり、歯と歯の隙間に指を突っ込んで、何とか口をこじ開けようとした。しかし、おしゃぶりちゃんは全力で食いしばった状態で気を失っていて、どうにもできなかった。村上が衝撃で顎がはまったのかもしれないと言った。

「た、ちけて」

 なんとかおれと村上が識別できるらしいスネ夫が、哀れな掠れた声で言った。やつのぽこちんはどうしようもなくやばいことになっていたが、おしゃぶりちゃんと体が離れないところを見ると完全に千切れたわけではなさそうだった。すぐに病院に連れていけば、もしかしたら何とかなるかもしれない。その可能性はゼロではないかもしれない。

 問題はおしゃぶりちゃんだった。彼女は、もしかしたら死んでいる可能性があった。だらんと垂れた手足も、力なく閉じたまぶたも、いかにも死んでそうに見えたのだ。開かない口が、食いしばっていることが原因というならそれは筋肉だか神経だかの働きか何かのせいであり命がある証拠と考えるだろうが、顎がはまっているというなら死してなお口が開かないとしても不思議はなさそうだった。おれはおしゃぶりちゃんの胸に手を当てて心臓の鼓動を確かめた方がいいのではないかと思ったが、どさくさに紛れておっぱいに触ろうとしていると思われそうでやめておいた。

 そのとき、ふと、村上と目が合った。奇妙な偶然で、やつも同じことを考えているのが目つきでわかった。おれたちは同じことを考えているのなら二人だけの秘密にしておっぱいに触ってもいいのではないかと視線をかわして相談し、無言のまま同意に至った。



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