5、もっと近くに立って
スネ夫はおしゃぶりちゃんに連れられていき、おれと村上はいったん雨の中を取り残された。建物の角に消えるとき、スネ夫とおしゃぶりちゃんはそれぞれ見るなよ見ないでよと言ったが、覗かないという選択肢はなかった。あと回しになったからには、あれが一体どうやるものなのかこの目で確かめないわけにはいかなかった。
おれと村上は角からこっそり顔を出して様子を覗き込んだ。フードを軽く引き上げたおしゃぶりちゃんはこちらに背を向けて地面に膝をつくようにしてしゃがみ込み、スネ夫は合羽の前を開けてモノを取り出そうともそもそ動いていた。おしゃぶりちゃんがもっと近くに立ってよと言うと、スネ夫ははいとか何とか言っておずおずと一歩前に出た。
そのとき、すぐ近くの太い木の幹に何か不吉なものがとまっているのが、おれの視界の隅に見えた。
「おい」
「なんだよ」
声をかけたが、村上は二人から視線をそらそうとはしなかった。そこにいたのはスズメバチだった。樹液が染みだしているところに、バカでかいスズメバチがいたのだ。カナブンも二、三匹いたが、そいつらはどうでもよかった。強烈すぎる黄色と黒のストライプ模様。スズメバチはおれがこの世でもっとも恐れる生き物の一つで、刺されたらただでは済まないのだ。最悪、死ぬことだってありえる。
「村上」
おれは助けを求めるように肩を叩いたが、村上は取り合ってくれなかった。
「やばいぜ」
村上がごくりと唾を飲み込むのが聞こえた。こっちはこっちで大変なことになっていた。おれたちがいた位置から見えるのはおしゃぶりちゃんの後頭部ばかりだったが、それは何か別の生き物のようにのたうっていた。スネ夫は蛇に体を半分飲まれた小鳥みたいに、空中に向かって突き出すようにした口先を震わせて、そこからふぇへぇぇぇと消え入るような音を発していた。おしゃぶりちゃんの後頭部がうねったり、左右に振れたり、円を描いたり、激しく前後したりするたびに、ぴちゃぴちゃいう音やじゅるじゅるいう音やずぱっ!ずぱっ!と空気の漏れる音がした。こんな激しい嵐にもかかわらず、不思議とはっきり聞こえたのだ。
おれは最凶生物スズメバチがすぐそこにいるのにもかかわらず、何がどうなっているのか想像してあそこを最終変型させるみたいにパワー全開おっ勃たせた。スネ夫は、あ、ああぁ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、と小刻みに震える吐息を漏らし、今にもイキそうになっていた。やつの残り少ない前髪が雨に濡れて額に貼りつき、これ以上ないほど惨めったらしくなっていた。だが、おれもすぐに、同じように何もかも搾り取られるのだ。
「いっ、く、いっ、く、やば、いっ、」
そのとき、いきなり後ろから突風が吹きつけた。
と同時に、何か大きな黒い影がものすごい勢いでおれと村上の頭のすぐ上を飛んでいった。おれたちはとっさに首をすくめ、風に押されてよろけた。おれは建物に手をついてなんとか体を支えながら、その黒い影がおしゃぶりちゃんの後頭部にまともにヒットするのを見た。ごっという鈍い音が響いた。
「いっ、、、くぎゃひゃっっっ!!!」
スネ夫の喘ぎ声が悲鳴に変わり、おしゃぶりちゃんとともに地面に倒れ込んだ。
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