十章 「本部防衛戦」

第七十四話 緊急事態

「緊急事態よ」


 休暇から戻ってきて、数日。

 再び仕事に戻り、来る日に備えて体を動かしていたときだ。

 Xから連絡が来た。


「どうしたんですか?」


 いつぞやのように、部屋に集められる僕達。


「緊急事態よ」


 Xは腕組みをして、あっさり告げる。

 言葉の割に、まったく焦っていない。

 これは、緊急事態を想定した訓練だったり……。


「どれほどの緊急事態かというと、私が逆に落ち着くくらいの緊急事態よ」


 それは……ヤバイかも。

 いつも僕達を振り回すXがこんなに落ち着いているのは、初めて見る。


「ミスター・鈴木」


「は、はい!」


 そんなにしっかり名指しされると緊張するぞー……。


「私達が所属する研究機関には、いくつか支部があることはご存じよね?」


「はい」


 ここの目的は、日常に潜む怪異に対処すること。

 しかし、それはとても大変なことだ。

 けっして一つの機関で全てをまかなうことはできない。

 だから、いくつもの支部を作り、担当を振り分けている。

 以前僕がいたあそこも、たくさんあるうちの一つにすぎない。


「これから話すことは極秘事項なのだけれど……この際隠しても仕方ないわ」


 隠しても仕方ない?

 秘密を漏らしても大丈夫なのだろうか。


「私を含めた12人の幹部を統べる所長が、この日本のとある場所にいるの」


 そう……なんだ。

 そもそも一般の研究員の僕は、幹部がそんなにいることでさえ知らなかったから、驚きだ……。


「それを……どうして今僕達に?」


「その所長が襲われているからよ」


「襲われてるって……」


 なにに……かは聞かなくてもわかる。

 だって、僕達に相談するくらいだから。


「お察しの通りよ」


「……」


 今日のXは……怖い。

 静かなる怒りが伝わってくる。


「もちろん厳重な防衛システムもあるわ。なにせ研究所が取り扱っているものの中には、「不可視の獣」の比にならないくらいの代物、世界を何度も滅ぼせるものだってあるのだから」


「……」


 それは例えば、この前の巨大ロボだったり?


「ただし、今回は想定外の敵がいましてね」


「想定外……ですか?」


 未知の怪異が潜んでいた?

 いや、だとしても怪物と一緒に来る道理がない。

 敵は間違いなく、僕達がよく知る怪物のはず。


「先日浄化の会の施設へ突入した際に、『ファントム』と名乗る者に出会ったでしょう?」


「……はい」


 ファントム……。

 たしか、金庫の前で僕を襲った奴だ。


「そいつが、現れたのよ」


「……え?」


「あなた達の報告通り、奴はどうやっても姿を捉えることができない。腹立たしいことに、まるで幻影のようにセンサーでさえもすり抜けていく」


 本人が名乗るように、ファントムか。

 僕達、能力者でさえも姿は捉えられなかった。


「従来の怪物は、なんらかの動物の形をしていたわね? しかし、奴はおそらく人間よ」


「人間……ですか」


「人間だから、破壊や殺しはそこらの怪物に比べれば劣っている」


「……」


「けれど、人間だからこそ、知能を持ち、的確にこちらの戦力を削いでくる」


「……」


 知能……。

 怪物なのに言葉を話してることからも、あいつが一味も二味も違うことは明白だ。

 奴には、小手先の作戦は通じないだろう。


「回収した資料からは、奴の記録だけすっぽりと抜けているの。これもきっと奴の仕業ね」


「……」


 そうだったのか。

 あのとき、盗られたんだ。

 知らないうちに。


「とにかく、細心の注意を払って戦いに臨みなさい! 敵は、間違いなくラスボス級よ!!」


「はい!」


「作戦成功のあかつきには、一生遊んで暮らせるだけの報酬を用意してるから、絶対に戻ってくるのよ!!」


「はい!!」

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