【SSS(スペシャル・センス・サバイバー)】 〜欠けたなにかと埋め合わせるもの〜

砂漠の使徒

一章 「見えない彼が感じるもの」

第一話 出会い

 僕はとある研究機関に勤めるいたって普通の新米研究員だ。

 ……というのは冗談。

 僕が勤め始めたのは、存在を知られちゃいけない、政府が極秘に設立した研究機関。

 なぜこんなところに来たのかは聞かないでくれ。

 それで、今日から僕が配属されたのはよりにもよってレッドクラス。

 ああ、クラスってのはこの研究機関での研究対象に割り当てられた危険度のことで、中でも特に危険だとされているのがレッドだ。

 危険だからこそ、人手を割く必要があるから僕みたいな新米も回されるんだ。

 それに、死者が絶えないから補充が頻繁に有るって噂も……。

 けど、僕だって自分で望んでこの機関に入ったんだ。

 危険は承知の上、世界を守るためなら怯えてなんていられない。


 コトッ……。


 明日から始まる仕事への不安からか、いろいろ考え事をしていた僕の耳に小さな物音が聞こえた。


「……?」


 振り返るがそこにはなにもいない……。

 いや。


「……いる」


 暗闇。

 街頭は灯っているが、コンクリートの無機質な地面を全て照らすにはあまりにも間隔が空きすぎている。

 そのなにもないような暗闇に、なにかがいる気配を感じた。


「まさか……」


 刹那、先ほど受けた説明会が頭をよぎった。

 あの怪物は、人気のない場所で狩りをするらしい。

 そして、普通は姿が見えないと。

 誰にも気づかれない、その怪物の名は。


「……っ!」


 僕は身をひねった。

 なぜそうしたのかはわからない。

 本能的に危険を感じたんだ。

 そして、それは正しかった。

 僕の頬に、チクリと痛みが走る。

 触ると、想像以上の血が流れてきていた。

 拭かないと、それとも病院に……?

 違う、今はそんなことをしているときじゃない。


「とにかく……逃げなきゃ!」


 僕は走った。

 生きるために。

 こんなところで人生が終わるなんて耐え難かった。


「誰かいませんか!!」


 大声で叫ぶ。

 助けが来ることを願う。

 誰でもいいんだ。

 人が増えれば、奴も狩りを諦めるかもしれない。

 だが、今は深夜。

 終電さえも過ぎた真夜中に、人の影などあるはずもなく。


 カツーン……。


 絶望しかけたとき、どこからか軽快な音が響いた。

 僕にはそれが、希望の光に見えた。


「だ、誰かいるんですか! 助けてください!!」


 必死に叫んだ。

 宵闇が僕の声を吸い込まないように。


 カツーン。


 だんだんと、音が大きくなっていく。

 そして、音源の正体を掴む。


「え、あれって……」


 街頭に照らされているその人は、杖をついていた。

 けれど、普通の杖じゃない。

 目の前の道を探るように、杖を使っている。

 たしかあれの名前は……白杖はくじょう

 つまり、彼は……。


「目が……見えないんだ……」


 僕は後悔した。

 自分が助かるためとはいえ、彼を巻き込んでしまったことを。

 ……まあ、たとえ誰がいたとしても助からなかっただろうけど。


「に、逃げてください!!」


 自分から巻き込んでおきながら、こんなことを言うなんてひどいやつだと我ながら思う。

 しかし、彼は動きを止めてしまった。


「へぇ……お兄さんは見えてるんだ」


 まだ少年らしさの残る若い男の声。

 いったい彼はなんのことを言っているのだろうか。


「と、とにかく逃げて!」


 こんな意気地なしでも、人の心はある。

 彼を助けたくて腕を掴んだ。

 が、彼は首を横に振った。


「僕に任せて」


「ま、任せてって……」


「絶対にそこから動かないで」


 鋭い眼差しで見つめられて、僕はなぜだか彼を信じたくなった。

 ……正確には彼は目を閉じていたが、真剣な顔から強い意志を感じたんだ。


「来るよ」


 一筋の風が吹いた。

 どこか生暖かい獣の吐息がかすかに乗っている。


「3……2……1……」


 彼は杖でリズムをとり、カウントダウンを始めた。


「ゼロ!」


 白杖が勢いよく正面に突き出される。


「グギャーーン!!」


 激しい断末魔が響いた。

 瞬間、僕の目の前に禍々しい犬のような怪物の死体がドサリと落ちた。

 見事に脳天を貫かれている。


「き、君がやった……んだよね?」


 未だ鳴りやまぬ心臓を抑えつけ、疑問を口にする。


「そうだよ」


 彼は、当然のことだとでも言うように頷いた。


「あ、あの! いろいろ聞きたいことが……!」


「話は後! 警察とか来ちゃうからさ!」


 彼は白杖についた血をハンカチで拭い、僕の手を引っ張る。


「あ、いや、大丈夫! ちょっと待って!」


 僕は上司の携帯に電話をかけた。


 これが全ての始まりだったんだ。

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