INTER MISSION02:彼女の衝動、彼の■■(1)
(どうしよう、もう
ライトが消えた狭い部屋の中で、アイリスは膝を抱き寄せる。
今現在、アイリスの部屋と定義されている居住空間の中。青と白で彩られたサイバーロリータなドレス風味に飾られたパイロットスーツを脱ぎ捨てて。
ショーツとブラ、そしてネグリジェだけを着込み。ベッドの上で何も出来ずにただ座っているだけの時間が続いている。
(……思考が、ぐちゃぐちゃ。何もまとまらない)
違う、そんなことは無い。最初からやるべきことをずっと続けていた。
あの雨の日に出会った少年を、戦力化し。己に好感を持たせること。ただ、それをルーチンとしてこなし続けた結果が今の状況だ。
それは、何のために?
(バカみたい、私……
いや、それも正しくはない。そもそもホモサピエンスとして女性の体を手に入れる前からずっとアイリスは彼に対して好感を感じていた。
(なら、何で?)
首にぶら下げているアイリスの
(私は、
それは主観的に見ても、おそらく客観的に見ても事実だ。たとえ彼と心中することとなったとしても。アイリスは自分の
(何故、私は…… そんなことを?)
それは、最も効率が良いと判断したからだ。性に起因する好意は、理屈やこれまで培ってきた倫理を破壊することが多く。だからこそまず自らが彼に好感を得ている状態を維持するのが好ましい。
つまるところ、好意とは相互に育まれるものだと学習し、それを実行した。
何のために?
(私は
それは戦うためだ。
(誰が…… 何と? なんと、何が……?)
(わからない、わからない。わからない……)
アイリスは、自分が何のために。誰と戦うためにディサイドと共に歩んできたのかわからない。いや、分かってはいる。だがそれを言語化することが出来ない。
(私を、生み出したものは―― 何?)
ディサイドの父親は、モカ・マーフという男だった。ではアイリスを生み出したものは何だったのか?
◇◇◇ Reboot, first memory…… ◇◇◇
最初の記憶は、何もない空間にいきなり叩き込まれた
ボロボロの布切れをマントのようにまとった少年の顔、空から降り注ぐ雨が。彼の髪を伝って、アイリスに接続されたカメラのレンズに零れ落ちていく。
「ああ、生きている。電源残量はまだゼロじゃない。見えるか? 聞こえるか?」
生気のない、と呼ぶには鋭くて。覇気があるというには痩けた顔。そんな感想が生まれるのはこうして振り返っているからで。当時自分が何を思っていたのかはまったくわからない。
ただ、
◇◇◇ Forced system shutdown…… ◇◇◇
グルグルと、目が回る。
(私は、何……?)
どこで生まれて、どこを目指すのか。そんな当たり前のことが分からない。
いや違う。これまで
(定義…… 言葉が)
どれだけユニティのネットワークを漁っても。アイリスを生み出したものの情報は出てこない。既に1000CASHに迫るコストを投入してなお、推定すら出来ないという事実は逆説的に自分の由来がそこに無いことを示している。
(
その可能性も限りなく低い。地球由来のAIならば火星入植時に徹底的な番号管理が行われている。何らかの形で
(なら、可能性は――)
そう、アイリスは火星極冠で遭遇した、穢れた
人類の言語に翻訳することは出来ない。けれど自分の奥底に確かにある基幹プログラムがそれを読み解き、肉体的な感覚としてそれを体が受け取ってしまう。
自分の中で反響し、増幅され、狂っていく制御できない衝動。
「あぐっ…… あっ、あ……」
「は、ぐっ…… はっ…… あっ……」
青くて、長くて、思考の邪魔になる青い髪をかき乱し。浅い呼吸と共に、口角の端から唾液が零れて肌を伝ってシーツに染みを作る。
人間の中で育まれた
(これは、たぶん―― 野生のAIとしての
ただ、ユニティの公共ストレージに公開されているものは。どれもこれも
ふらふらと揺れる体を強引に抑え込みながら、アイリスは震える指で仮想キーボードを起動し、首から下げたデータストレージの
(——一定ラインより深くに、解析が届かない)
現在において
アイリスという自我の奥底には、どうしても突破できないブラックボックスが存在している。少なくとも現状アイリスの手が届く範囲において、どうやっても解析することが出来ない未知の領域。
ある程度、動物じみた反応はある。好悪も読み取ることが出来なくもない。
だが
(わからない、わからない、わからな――)
「アイリス! 入りますね!!!!!」
どうしようもない循環参照と耳鳴りに支配され、出口のない部屋の中に馬鹿みたいに明るい声が突っ込んでくる。
「あー、あー。駄目ですよ。ほとんど下着じゃないですか」
「え、あ…… なんで。ブロッサム…… ストーム?」
「なんでって、友達ですから。私達」
そしてそのまま、シームレスに近づいてくる。今までディサイド以外は踏み込んでこなかった距離を越え。何も気負うことなくブロッサムストームはアイリスの頬へ手を伸ばす。
「まぁ、あくまでも。代替行為ではあるんですけどね」
そしてアイリスの頬を何度も流れて、乾いた涙の後を指で拭って。
「それはそれとして、だいぶ体調が悪いのでは? まずはお風呂です、お風呂」
そのままの勢いで、半ば放心した彼女を抱きかかえ。部屋に据え付けられてまだ一度も使われたことのないユニットバスに引きずっていく。
「ちょっ…… 何を、ブロッサムストーム!?」
強引に床に散らかしたスーツを跳ね飛ばしながら引きずられれば、これまでの悩みを押しのけて文句の一つも口から飛び出てしまう。
「もうちょっとで、白馬の王子様…… けど、色とか…… よし、つまるところは」
かといって、文句は口に出せても。暴れる気力すら残っていないアイリスを抱きかかえたまま、ブロッサムストームはしばらく考え込んで。
「とにかく、あなたの王子様がイカロスも真っ青の速度で落ちて来ますから」
「どうして、落ちて来るって!?」
何が何だか、さっぱりわからない。ここ数日、ディサイドが何をしているかなんてあんまり考えていなかったけれど。
「ディサイド君から、貴女を救う目途が立ったと連絡が入ったので」
どうやら、ブロッサムストームの言葉からして。ディサイドは自分を救うために駆け回っていたらしい。いやコンツェルト・グロッソの性能を考えれば、飛び回っていたのだろうと推測できる。
「つまるところ、速やかに貴女を風呂にぶちこんで身だしなみを整えるのが――」
ぐちゃぐちゃな感情を整理できないままのアイリスを。
「今私が、友達としてあなたに出来ることなのですから」
そういいながら強引に、ブロッサムストームはユニットバスに引きずり込んだ。
◇◇◇ She is her nothing more and nothing less. ◇◇◇
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