INTER MISSION01:新ボディ選定(3)


「よくもまぁ、ここまで無茶をさせたものだ……」



 樹脂レジンの真ん中に埋め込まれた、赤い単眼モノアイをくるくると回しながら。ゲッカ・シュラークが上の手をコンツェルト・ボディに這わせながらつぶやいた。


 格納庫の中で、ボディとレッグに分かれた愛機を眺めていると。この前の戦闘で随分な無茶をしてしまったのだと実感できる。辛うじて頭部ヘッドは形を保っているが、胴体ボディは酷い。


 両腕は衝撃を受け、フレームから歪み。繋がっているのが奇跡的な状態で。更に腹に叩き込まれた炸裂槌インパクトハンマーによって脇腹の装甲は貫かれ、位相ヴァルター機関がその姿をさらしている。


 レッグに関してもガタガタで無理にスラスターを吹かせた結果、その周りの装甲が吹き飛んでいる。辛うじて歩行は可能だが機動戦どころか、長距離巡行すら難しい。


 こんな状態の機体に、アイリスを残して操縦席から飛び出してしまった事実を申し訳ないと思ってしまう。けれどあの時出来る最適解だったのは間違いないけれど。あれが分の悪い賭けであったという事実は覆らない。


 しかしもう一度同じ状況になったとしても、躊躇なく同じくらいの無茶はする。


 もっとも、そうならないように手は尽くすし。そうなったときにもっとやれる事を増やせるように手札を増やしたいとは思っているが。



「なぁ、こいつを修理出来るか。Mr.シュラーク?」



 こうして見るとジャンク寸前の死に体に等しい。もしもジャンク漁りだった時期に拾っていたら狂喜乱舞していただろうが。こうして修理する側に立つとどこから手を出したらいいのかもわからない。


 ディサイドの2倍な4本腕なゲッカ・シュラークならば。何か良い手があるのだろうか? やれる事は多そうだが、2本腕が増えてもどうしようもなさそうに思える。


 けれど、以前より機材が増えた格納庫の中で。ギチギチと単眼モノアイを蠢かせながら。ゆっくりと――



「しばらく前までは、無理だったが……」


「そう先月、ゲッカおじさんはレイリーブルー社とライセンス契約を結んだので!」



 ゲッカ・シュラークが答える前に、ブロッサムストームが力強く答えを返す。


 確かにオリンポス杯優勝の実績や、モカ・マーフが眠る街での防衛で。レイリーブルー社に大きな投資の流れが生まれているが。生産設備や熟練の整備士をいきなり自前で揃えるのはコストがかかる。


 一度閉じた生産ラインを再稼働させるのは、容易な事ではないのだ。


 だからこそ技術力とAM整備能力を持つゲッカ・シュラークと、レイリーブルー社が提携するという流れは合理的だし。ディサイドとしても悪くない。


 より高度な整備や改造を、信頼できる相手に頼めるというのは安心感がある。



「シンプルな修理でなく。イカロス系のパーツでカスタムが出来ると?」


「普通にコンツェルトとして再生したいなら。悪い事は言わん新品を買え」



 確かに、そう言われても仕方がないレベルの壊れっぷりだ。ネットワーク上を検索する限り多少の在庫はあるのだから注文すれば1日もかからず新品が届く。



「なら、このボディを修理するメリットは?」


「この位相ヴァルター機関とお前の相性がいい。引き継げるのは大きい


「……位相ヴァルター機関と操縦士に相性なんてあるのか?」



 そんな話は聞いたことはない。最もディサイド自身はソフトウェアについての知識はあるが。ハードウェアに関する知識には自信がない。精々仕様書通りにボディやレッグを組み合わせるのが限界なのだが。



「優位な性能差が出る確率は低い、狙って相性の良いものを探すのは手間だ」


「あっているなら、それを生かした方が良いってレベルか」



 そう考えると、本当に自分は運が良かったのだと実感する。人の縁に恵まれて、こうして物の縁にも恵まれている。いや、逆にそういうものに恵まれたからこそ。ここまで無茶を通してやってこれたのかもしれない。



「うむ、やっぱりそういうところまで見てくれるゲッカおじさんは信頼できます」



 すっと、ブロッサムストームが体を寄せてくる。距離を取るか、動かないか悩んでいる間に完全に間合いに踏み込まれた。戦闘ならそれこそ自分が有利な距離を維持すればいいけれど。男女の駆け引きは本当にどうすればいいのか分からない。

 


「という訳で、ディサイド君もイカロス系のパーツでカスタムしましょう!」


「ブロッサムさん、そこまでイカロスを推すのなんなんですか?」


 

 体を押し付けられるほど露骨ではない、しかし手を取られギュッっと指を絡められてしまうと無駄にドキドキしてしまう。完全に手玉に取られている実感はあるが、それはそれとして振り払えるほど彼女を切り捨てる事も出来ない。

 


相棒バディ?』


「大丈夫だ、ちゃんと色仕掛けには引っかからない」



 どうにか、胸元のストレージから投げかけられた冷たい声で正気を取り戻し。そっと絡められた指から逃れて距離を取る。しかしアイリスがいなければどうなっていたのだろうと少し不安になるが。


 もっとも、アイリスがいなければ。ディサイドという名前以前に、ブロッサムストームにとって色仕掛けをするだけの価値を持てなかったという実感はある。


 つまり、考える意味がない話だと強引に意識の外に追いやった。



『……はぁ、シンプルに同じ系列のカスタム機を使う登録傭兵マーセナリーズを増やしたいと』


「はい、イカロスベースのカスタム機になるなら、まとめてお安くなりますから!」



 確かにイカロスベースのAMを整備出来る技術力がある施設は少ない。それこそゲッカ・シュラークが請け負ってくれるなら彼女としても有難いのは分かる。


 つまるところ、ステルス輸送機の運用と同じように。一緒に機体の整備を請け負って貰えれば。その分一人当たりが支払うべきコストが下がる。そういう狙いがあったという話だ。


 ディサイドとしては肉体的な下心より、こういう利益からくる下心の方が。素直に判断しやすく好ましい。



『別に、色仕掛けを使わなくとも。理があれば相棒バディはそれに答えます』


「実益と趣味を掛けているので。悔しかったら貴女もすればいいんです」



 しかし、こんな風に自分を挟んでバチバチやられるのは非常に困る。いやディサイドが態度を決めれば良いのだが。そもそもアイリスとも、ブロッサムストームともそういう関係ではまだ無い。


 将来的な関係は否定はしない。その上で、もう少し色々なことが整理された後でゆっくり考えたいというのが本音である。


 とりあえず、現実逃避気味に。ゲッカ・シュラークの方に目を向ける。



「その上で、修理する以外の選択肢もある」



 上の手でペタペタとた炸裂槌インパクトハンマーで貫かれた装甲の状態を確かめながら、ゲッカ・シュラークはタブレット端末を操作している下の右手で倉庫の奥にあるコンテナに指を向けた。


 塗装がはがれ、ボロボロになったコンテナに。荒野に立ち、空を見上げる概念化された人ピクトグラムを表した白いロゴが鮮やかに刻まれている。



「あれは、レイリーブルー社の?」 


『サイズから見ると…… AMのレッグ。あるいはボディでしょうか?』


「ああ、好きなように使えと。イカロス・ボディをよこして来てな」



 イカロス・ボディ。かつてオリンポス杯で貸与された記憶を思い出す。積載量ペイロードと腕部トルクに不安はあるが。拡張性は高く、カスタマイズで充分に補える範囲。


 市場で探せば、状態の良い中古品でも5万CASHは下らない。


 だが、わざわざ希少な実物を渡さなくとも。設計データだけで十分なのではないかという疑問。そして試作品を用意するだけの設備も、レイリーブルー社は保有していないのかと不安が同時に脳裏をよぎった。



「それを、リリル社長が?」


「ああ、信頼できる登録傭兵マーセナリーズに預けてデータを収集しても構わないと渡して来た」



 そこまで言われて、ようやくディサイドは理解出来た。リリル・レイリーは直接的なCASHではなくとも、報酬を用意してくれたのだと。

 


「うーん、結果として私は信用ならないってことなんですよねぇ……」


「信用もないうえに、そもそもディサイドにコッソリ流せって話なんだよ」


「まぁ、言うだけはタダですから!」



 ブロッサムストームのあまりにも図々しい物言いに、少し呆れてしまうが。たぶん半分くらいは冗談なのだとは理解出来る。ただし半分は本気だというのも伝わってくるのだからどうしても人によって好き嫌いが別れるタイプの人間だ。


 いや、ディサイド自身は好意を寄せられている。ただし、そうそういう風に振舞われているから贔屓目してしまっているのはあるかもしれない。



『失う信頼も、信用もないというのは一周回って強みですね』


「ふふん、そこまで褒められると照れますねぇ~」



 少なくとも、首元のストレージから飛び出すアイリスの声は冷たい。ついでにディサイド自身のスケベ心も責められているようで少し心臓がギュッとする。さてそれはそれとして、修理する以外の選択肢が出て来たのは結構大きい。


 今まで使って来たコンツェルトのボディを修理せずに、レイリーブルーから貸与されたイカロス・ボディの使用。


 当然、多少なりとも行動の自由は下がるが。それ以上にイカロス・ボディを使えるというのは魅力的だ。イカロスのパーツを使ってコンツェルトを修理するよりも、より空戦系のアセンブルも目指すことが出来る。



「さて、ここで質問がある。ディサイド」



 ゲッカ・シュラークの樹脂顔レジンフェイス。その真ん中で赤い単眼モノアイが、ゆっくりと輝きながら。ディサイドに目線を合わせて。



「お前は、新しいボディに何を望む?」



 ここしばらく、悩んで答えの出せなかった問いを投げかけて来た。



◇◇◇ Prove your soul with your body ◇◇◇

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