INTER MISSION01:新ボディ選定(4)


「結局は、そこかぁ……」



 ディサイドが天を仰げば、縦横無尽に張り巡らされたレールに、幾つかのクレーンが連なって所在なさげに揺れていた。


 つまるところ、どんな選択肢が用意されても。選ぶ側が何をしたいのかを決めていなければ何の意味もない。そこから相手が自分の利益の為に押し込んでくることもあるがそういう人間は周りに――


 いや、ブロッサムストームはその類なのだけれども。


 ただ彼女が押し付けてくる選択肢は、むしろディサイドとしては望ましい。シンプルに同系統の高性能機を運用し、そのコストを圧縮するというのはメリットがある。



(そこまでする意味は、あるのかって話に関しては――)



 何をしたいのかと言われると、色々な事が浮かぶ。もっと本が読みたい、この火星かせいを巡りたい。いった事のない場所を目指し、知らない事を知る。場合によっては地球や木星を目指すのも楽しいだろう。


 ついでに甘いものも一杯食べたい。


 そこまで考え、そのやりたいことの隣に。アイリスがいる事に気が付いた。


 彼女と共に、書を読み。この星を巡り。ついでに叶う事なら同じものを食べて微笑み合いたい。まぁ彼女には体が無い以上。最後の奴は今のところ無理なのだけれど。


 つまり何をしたいかなんて事はディサイドにとって大した意味は無い。ただアイリスが隣にいてくれればたぶん何をしていても楽しい。



「とりあえずは、アイリスがやりたいことを手伝いたい」



 隣にいればそれでいいなんて口には出来ない、そう言い切るには恋が致命的に足りていない。恋に落ちる情緒が育つ前に、彼女と共に歩み過ぎた。



「おぉう、純愛プラトニックって奴ですか?」


『……恥ずかしい事を、よくもまぁ口にしますね。ディサイド』


「いや、そういう気持ちは10%未満だ。たぶん」



 横からの冷やかしと、首元からの羞恥の声にどうにか答えを返す。少なくとも問答無用で恋とか愛とか、そういう気持ちには届いてないのは確かであって。けれど全くないというのも違う。



「じゃあ、私に対してはどれくらい恋してますか?」


「肉欲20%」


「ひ、酷くないですかディサイド君!」



 しかし実際嘘でもない。ブロッサムストームはディサイドよりも少し小さく、表情がころころと変わり、騒がしく。ついでに胸が大きく、太ももが太く、それでいてウェストラインがしっかり締まっていて。


 その全てが白ベースにピンクのラインが入った操縦服パイロットスーツで魅力的に飾れている。


 綺麗だとか、可愛いとか、芸術品だとか。そういうものなら樹脂人形レジンドールのほうがたぶんちょっと上で。だからやっぱり彼女に触れあいたいと感じる欲求は、生身フレッシュに触れたいという欲求なのだろう。



『ふーん、ディサイドもそういう事を考えるんですね』


「考えはする、男なんてそういうものだろう?」


「若い奴はな、流石に生身が欠片もなくなれば。そういう気持ちは消えるものだ」



 同じ男として、ゲッカシュラークに話を振るが。援軍は得られなかった。少なくとも腰回りを見る限りそういう用途には対応していなさそうな雰囲気はあって。


 そもそもクローム樹脂レジンの男はどうやってそういうのを発散しているのだろうかとどうでもいい事が思い浮かぶ。


 というか、案外こっそり一人で発散していることをアイリスは気づいてないのだろうか? 正直な話をすれば、気づかれた上で見逃されているのだと思っていたのだけれども。流石にここで真偽を確かめる勇気はなかった。



『つまり、ディサイドは肉欲を満たすために力が?』


「……そこに関してはまぁ、アイリスに恩を返してから」



 彼女を選ぶにしろ、選ばないにしろ。そこをどうにかしなければ始まらない。



「それ以外だと、守りたいものを守れる力が欲しい。くらいか?」



 その上で、アイリスが自分の目的を開示しない。または開示したくないというのであれば。漠然と手が届く範囲を守れる力が欲しいというのが一番の望みになる。


 故郷の街、自治区ゲッカ・シュラーク。それを含むアキダリアという地方。今この火星ほしで生きている自分が、手の届く範囲。


 そこで知り合いがあるいはそうで無くとも。誰かが理不尽な事に巻き込まれた時。その理不尽に殴り返せる力があれば、それに越したことはない。



「まるで、正義の味方のようだな」


「そんな、たいそうな事は考えてねぇ。かなぁ……」



 ゲッカ・シュラークの言葉を、ディサイドは否定する。多少の理不尽はあっても、この火星ほしを治めるユニティの法が大きく間違っているとは思わない。もし正義というものが、この時代、この場所にあるのなら。


 ユニティが掲げる法の持つ矛盾を正すか、あるいはその全てを否定し新しい法を敷く為に進むものであって。少なくともディサイド自身は、そんな大望はない。



「全く、フラフラとした男だな。ディサイド」


「それは、否定できねぇ。Mr.ゲッカ・シュラーク」



 本当に、自分の芯のなさに笑ってしまう。それを嫌だとは思わないし。登録傭兵マーセナリーズになった時点で、自分の力で生き方を決められる。今のところはそれを続けたいという以上の欲求はディサイドの中には存在しない。

 


「それはそれとしてだ、アイリス。どうやら身を隠すのは辞めたらしいな」


『……はい、本当は表に出るつもりはなかったのですが』



 そうなると、やはりニアド・ラックに啖呵を切ったのは。本当に衝動的な物だったのだろう。少なくともゲッカ・シュラークに正体を明かした時と比べると、前後のことを考えず感情のままに行動していたように思える。



「なら、見せたいものがある。ディサイド、ブロッサムストームも来い」


「……ああ、アイリスさんに見せたくて。私も呼ぶって事は」


「そういう事だ、構わんだろう?」



 状況についていけずに、少し困惑してしまう。だが、ここでゲッカ・シュラークとブロッサムストームが裏口を合わせて、ディサイド達を陥れる意味もなく。とりあえず流れのまま二人についていく。



「構わないも何も、アレに関しては私には何の権利もありませんから」



 心なしか、ブロッサムストームの表情と口調が硬い。4本の腕をだらりと垂らして先を歩むゲッカ・シュラークの背中も、どこか緊張している様にも見えた。



「その、見せたいものって。何なんですか?」


「……説明するより、見せた方が早い」



 そのまま4人で、何も話さずに格納庫の出口を抜けて。ゲッカ・シュラークの居住区に入る。


 気圧の差で、扉から吹き出る風の向こうに広がっていたのは。誰もいない街。


 閉鎖循環式都市クローズドシティスフィアの天井は、本来ならば時間帯によって空と同じ青に輝いているはずなのだが。今は無駄なエネルギー消費を抑えるために、曇天のような灰色のスクリーンで覆われている。


 幾つかの通りストリートに効率的に詰め込まれた住宅と最低限度の娯楽施設が詰め込まれた光景は、半ば生き物の内蔵に近い機能性すら感じさせるのに。


 そこに住まうのは、街と同じ名前を持つ樹脂レジンボディの男だけ。


 その気になれば数百人の生身フレッシュな人間が生活できる空間に、たった3人分の体しかない。


 それだけの事実が、奇妙な不気味さをもってディサイドに襲い掛かってくる。


 この光景を見ていたら、もしかすると自分はゲッカ・シュラークからの依頼を受けなかったかもしれない。そう思ってしまう程にこの街の光景は寒々しい。

 

 けれど、その上で。


 前を歩むゲッカ・シュラークは、たぶん何かを変えようとしている。それが何なのかは今は分からない。けれどそれが自分たちにとって、良いものであって欲しいと願いながら。


 ディサイドはその背を追っていく。

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