CHAPTER-04『What is she』

INTER MISSION01:新ボディ選定(1)


「コンツェルト・ボディ、7千CASHか……」



 まだ名前の無い街で、ディサイドはため息を付く。あれから5日。この街はレイリーブルー社の保護自治区としてユニティに認められ、事態は収束した。


 それはそれとして、自分自身に大きな悩みを抱えている。即ち、大破してしまったコンツェルト・ボディをどうするか。



「別に…… 新品を買い直しても良いんだけど」



 暫く自由に使って欲しいと借り受けた町長の家にある一部屋は、アキダリア傭兵組合マーセナリーシップ簡易個室カプセルルームと比べると。あまりにも広すぎて落ち着かない感もあるが…… それなりに居心地はいい。


 なにより、廃棄品から再生したとは思えないふわふわのマットレスには。いつまでも寝ていたくなる魔力が込められていて。ついついゴロゴロしてしまう。



『何か問題でも?』


「アセンブルの見直し時かって思うんだよ」



 ネットワークへの通信環境はそれなりで。最低限、ユニティ自治区として認められるために必要な通信設備を、ライテック社がリース契約で設置済み。


 公共インフラである為、登録傭兵マーセナリーズであるディサイドは特に追加の料金を支払うことなく利用出来る。



『では、ライテック社系のパーツの上位機種を?』



 つるりとタブレット型端末の上に検索結果を表示する。



「そうなると、イーグルになるんだが……」



 イーグル・ボディ、価格は1万2千CASH。オリンポス杯で競争相手として競り合い、この前の依頼ではダメ押しの援軍として来てくれた事から印象は悪くない。


 だが、コンツェルト・ボディの完全上位互換とは言い難く。特に積載量と腕部トルクの低さが気にかかる。飛行は可能だが、その為には下半身もイーグルで統一する必要があるのも悩ましい。



『では、他社の…… マグガイン社のオーク、は論外としてもオーガタイプは?』


「悪くは、ないんだけどさ……」



 オーガ・ボディ、価格は1万5千CASH。今のところ実戦で見た事はない。やや重量が重く、反応速度と機動力が低下するところを除けば、ほぼコンツェルト・ボディの上位互換ではある。



「反応速度と機動力が下がって、更に操作系統が変わるのはなぁ」



 耐久力の増加を考えても、デメリットが気になってしまう。それならば使い慣れたコンツェルト・ボディを買い直した方が手間が無い。



『では、更に上位機種のヘラクレス・ボディですかね?』


「流石に、そこまで行くと値段が厳しい」



 ヘラクレス・ボディ、価格は驚きの9万9876CASH。古の英雄の名を冠するマグガイン社が誇る最高級規格のボディ。コンツェルトの倍に迫る出力、オーガすら超える重装甲。それでいて低空域の運用に限ればイーグルにも引けを取らない運動性。


 精悍なギリシア彫刻を、そのまま装甲化し機動兵器に仕立て上げたかのような。最も美しいアームドマキナの1機種に数えられる機体だが、とにかく高い。


 運用コストもボディだけで1戦闘毎に5000CASHとこれまた桁外れ。


 仮にフル・ヘラクレスを用意しようものなら合計29万9628CASH。レイブならば60機がずらりと並ぶ。更に一度の出撃で1万5千CASHが飛んでいくのだから並の依頼では赤字確定。


 フル・オーガですら戦場に出てこないのだから。フル・ヘラクレスなんて文字通り伝説上の存在に両足を突っ込んでしまっている。



「それにフル・ヘラクレスですら、レイブ30機相手にすると負けの目が出る」



 つまるところ、性能は高いが。コストに見合うと言われれば悩ましい。極論すればディサイドと同レベルの登録傭兵マーセナリーズを3人も揃えれば、どうにでもなってしまうのが現実だ。



『いっそ、ここまでくればライテック社のパラディンも候補に入りますか』


「95%ヘラクレスと同じ理由で駄目」



 パラディン・ボディ、お値段も性能も大体ヘラクレス・ボディと似たり寄ったり。だが装甲がやや薄い代わりに、機動力が高く。更にこれまで使って来たコンツェルトと同じライテック系のシステムという点は評価できる。


 割とスマートなフォルムも趣味に合うが、値段も運用コストもヘラクレスと優位な差がない以上、選択肢としては論外であることには変わりはない。



「うぅん、煮詰まった……」



 ごろごろと、マットレスの上で転がって。コンクリート打ちっぱなしの天井を見上げれば。天上からつり下がったライトのチカチカとした瞬きが目に飛び込んで、完全に集中力がブツンと切れる。



『散歩にでも行けば、いいアイディアが浮かぶのでは?』


「もう、街中一通り歩いたしなぁ……」



 首元からのアイリスの声に、けだるげに答える。1日目で任務ミッションの報告まで手早く済ませ。2日目で一通り鹵獲したパーツの初期化と再起動を終わらせている。


 まぁレイブ1体分のパーツが、野生に帰ってしまったが。まぁそれはそれだ、先日の戦闘でディサイドが回収しなかった120mm狙撃砲スナイパーカノンを装備して、この街を守ってくれているのだから総合的に見てディサイドの利益になっている。



『ただし購入しても。ここまで定価で届けてもらえない可能性はありますが』


「最悪レイブ・ボディで傭兵組合マーセナリーズシップ本部まで行かなきゃダメか」



 コンツェルトのヘッドとレッグは、辛うじて動く応急処置は済んでいる。適当なレイブのボディと組み合わせればアームドマキナを1機用意することは出来る。


 ただ、半壊した機体でうろちょろすれば。今回の依頼ミッション恨みヘイトを買った相手から強襲される可能性は無視できない。


 当然、自衛ではない登録傭兵マーセナリーズ同士の依頼ミッション外戦闘は違法行為ではあるのだが。この街からアキダリアの統括地域の間には結構広いユニティの未統括地域が広がっている。


 そこで何が起こっても自己責任。そういう話をしだすなら保険の一つにでも入っておけばよかったと思うが。後悔とは先に立たないものなのだから仕方ない。



「いっそ機体一式の配達デリバリーは?」


『小型の輸送機、護衛。フル・コンツェルトで見積は5万CASH超えですね』


「うーん、いや別に払えなくはないんだけどさぁ」



 悩ましい。とてつもなく悩ましい。今すぐフルスペックで戦えるアームドマキナが必要な状況でもないのが悩ましい。最悪の事態になればアグラインに頼んでコンツェルト位なら融通してもらえそうなのも――



「いや、それはまずいな」


『何が、不味いんですか?』


「自分の怠慢を友達に押し付けようって考えがだよ」



 どうやらアイリスも、自分に向けられていない思考までは読み取れないらしい。そもそも今のひらめきは思考と呼べるほどまとまってもいなかったのだが。



(一人で悩むより、ヤンスド・ナンデーナ辺りに相談でも――)



 そんな事を考えながら、マットレスから立ち上がった瞬間。



「ディサイド君! 入っても良いですかっ!!」



 樹脂製扉レジンドアによる遮音を、大きく威勢のいい声が貫いた。



「え、いや別に良いですけど……?!」


「はい、ブロッサムストームです。あ、町長さんにご挨拶は済ませてますので!」



 許可を出すのとほぼ同時のタイミングで、扉の向こうから白とピンクのツートンカラーのパイロットスーツを纏った少女が飛び込んで。


 そのままのディサイドめがけて歩を進め、かなり近い距離まで詰め寄ってくる。背丈は目線1つ低く、その上で小柄だが豊満トランジスタグラマーな少女の圧力にどうにも気圧されてしまう。



「なんで、こんなところに?」



 本当に、何故ここに来たのか。少なくとも今この街にブロッサムストームが能動的にくる理由が思いつかず頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ。


 たとえ彼女の外見が、ディサイドよりも幼い少女であったとしても。そのユニティ記録ログは36年。この街が曲がりなりにも形になったのは10年ちょっと前なので出身である可能性はゼロ。


 ついでに、この街には登録傭兵マーセナリーズを雇えるだけのCASHが無いのだから。依頼という可能性はあり得ない。



「はい、任務ミッションの帰り道が丁度重なっていましたから!」


 

 しかし、いつもにもましてテンションが高い。いや、もとよりブロッサムストームは出会った時から勢いとテンションが高かったのだが。本日はその高さが最高潮を優に超え絶好調を突破している。



「折角なので、ニアド・ラックを愉快に倒してくれた君にお礼を言いたくて」


「そんなことの為に!?」


「いやぁ、彼に煮え湯を飲ませられたのは1度や2度じゃありませんので!」



 そしてその勢いのまま。あっけらかんと随分な事を口にする。長年登録傭兵マーセナリーズをやっていれば戦場で顔見知りと敵対することは珍しくない筈だ。ディサイドですら彼女を含め、何度か知り合いと戦った経験があるのだから。



「ネットワークのチャットだと残りますし。陰口は大きく、聞こえないところで!」


「その理屈、40%は同意できるけど……」



 他人の悪口をそもそも口にしない、というのが本来は正しい人の在り方なのだと教えて育てられたが。その上で、ヘタに口を滑らせてしまうくらいなら。こんな風に発散した方がマシというのも分かる。



「ああ、安心してください。君がそうなった時も聞こえないように笑いいますので」

 

「それは、もう陰口の定義が崩れてねぇか?」



 ここまでくると、一周回ってまっすぐとした清々しさを感じてしまう。そして裏で悪口を叩く程度には、彼女に気にされているというのは悪い気分ではない。



「まぁ、そもそも割と私。見た目以上に嫉妬深いし執念深い訳で」



 すっと、ブロッサムストームが目を細める。そこでようやく口調に込められた熱に気が付いた瞬間、もう一歩彼女が踏み込んで。くるりと視界が反転し。



「戦場とはいえ、あんな風に無様に押し倒されて――」



 気づけば、自分より背の低い相手にマットの上に押し倒されて。



「何にも気にしてない、という事はないんですよ?」



 楽しそうに目を細めた彼女に、馬乗りにされていた。抵抗する/しないを考える前に間合いに踏み込まれ。彼女がその気なら好きなようにされてしまう、非常に危険な状況である。


 見た目だけなら、ディサイドより年下に見える幼い顔。間違いないく樹脂レジンではなく、生身フレッシュの少女の姿をしているが。何人もの男を惑わせたと思える女の顔で見下ろしてくる。



「こんな風に、部屋に乗り込んで。押し倒すのはユニティ法に違反しません?」


「プライベートな場所で、男女でやることにそれを持ち出すのは野暮でしょ?」



 完全に詰みだ。そもそも、ここまで直接的に襲われる事態を考えていなかったので。完全な奇襲が成立してしまい、ここから逆転する手筋が思いつかない。



「いやぁ、アレですよ。そういう視線で見てるのは分かりますからね?」


「まぁ、全くそんなことはないと言えば嘘になるけどさぁ……」



 実際に、下から見上げる彼女の胸と。微かに染まった頬、そして捕食者の如く細められた瞳は完全にロックオンされていると理解ワカらされてしまう。


 だが、それはそれとして――



『そういった不純異性交遊の類は、他人がいない時にして頂けますか?』



 残念ながら、もとい幸いな事に。今この瞬間ディサイドとブロッサムストームは二人きりではない。というよりも、もっと早くに助け舟を出して欲しかったと心の中でため息を付いた。



相棒バディも、そういう気が無いのなら。私を頼らず強く断ってください』



 どうやらアイリスはディサイドにも苦言を呈したいらしい。だからと言ってこの手のやり取りに対する経験値が少なすぎて、どうしようもなく。そもそも嫌いではない相手からこんな風に迫られて能動的に断れるほど異性関係を重ねておらず。


 残念ながら、実戦を経験することなく。小説を読んで。映画を見た程度では歯の浮いたセリフでさらっとこういう場面を切り抜ける能力は得られないらしい。



「おっと首元の…… ふむ、人の処理能力を超えているとは思ってましたが」



 流石に、この状況からことを進めるほど頭のネジが外れている訳では無いようで。すっとブロッサムストームの双丘が視界から消えて、太ももの上にまたがっていた重みが離れていく。



「色事に持ち込めずちょっと残念、まぁ、それはそれとして――」



 それを寂しく残念に思うのは。自身の若さのせいだと理解しつつも。それはそれとして、反射的に臨戦態勢に移行しなかった幸運を噛みしめながら体を起こす。



「ディサイド君が女の子を部屋に連れ込んでるなんて予想外でした」



 ブロッサムストームは少し楽しそうな顔で、ディサイドの首にぶら下がったデータストレージに目を向ける。



相棒バディとはそうではありませんが、不健全異性交遊には苦言を呈します』


「ははは、色々と見えて透けますが。飲み込んでおきましょう」



 まるで、嵐みたいにこっちの心をかきミダス。強引に突っ込んで来るが、必要とあればすっと切り替えて後に引かない部分もあって。どうにも人によっては合わないこともあるのかもしれないが、ディサイドとしては別にそれが嫌でもなかった。



「兎も角、今ボディパーツの手配で困ってますね?」


『それを、貴女が解決してくれるとでも?』


「はい、あなた達は恩を忘れるタイプではないので売れるときに押し売ります!」



 こういう、まっすぐで。素直な所も気持ちがいい。いっそ同性だったらもっと素直に付き合えるのだが。下手に異性で、こちらをそういう風にからかって、あるいは気楽に迫ってくるのだからどうに困ってしまう。



「だが100%返すなんて、断言できないだろ?」


「まぁ、返す前にそちらが死ぬ可能性も否定できませんしね」



 死なない限り、絶対に返すと信じている。そういうニュアンスを読み取ってディサイドは天井を見上げる。別に悪い事ではないのだが、見た目が可愛らしい彼女にそういう事をやられると情緒が揺らされて落ち着かない。



「私だって、僻地でボディをやられた経験がありますから――」



 そりゃ、彼女のような戦い方をしていれば。そういう事態になるのは容易に想像はつくし。ディサイドほどではないが、無茶をやって、機体も推定イカロスベースの高機動タイプ。


 それで記録ログを見る限り、20年以上登録傭兵マーセナリーズとして戦っているのだからそうなったのは1度や2度ですまない可能性もあるだろう。



「という訳で、先輩としてこういうときの対処法というのを教えてあげましょう!」



 たぶん、これが本命の目的だったんだろうなと理解して。ディサイドは叶わないなと天井を見上げた。いや、流石にニアド・ラックにざまぁ見ろと陰口を叩くことや、ディサイドに手を出すことが本命だったらちょっと困る。



『どうしますか? 相棒バディ


「とりあえず、話くらいは聞こうかなって」


『分かりました、けれど内容次第では私は反対することもありますので』



 そして、ついでにアイリスが少し不機嫌なのも結構困る。これまで基本的に正体どころか存在を隠してきた彼女に、どういう心境の変化があって積極的に表に出るようになったのかは分からない。


 女心という奴は難しいと。ディサイドはマットレスから立ち上がりながら。心の中で小さなため息を付くのだった。



◇◇◇Without the body, the soul scatters......◇◇◇

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