MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(8)



「――ははっ、これで30%は勝ちの目が出て来たって所か?」



 操縦席の中、ディサイドは獰猛に口角を吊り上げる。


 勝ちにはまだ遠い、十中八九負けるだろう。30%のうち半分以上が強がりで。けれど無理を通し、意地を張り、どうにか勝ち目があるところまで状況を転がせた。


 状況は間違いなく最高を超えていて。


 それはそれとして、これまで行ってきた無茶な戦闘機動コンバットマニューバでフル・コンツェルトが悲鳴を上げている。対ビームマントを広げ間に挟んだとはいえ、三節棍トライシャフトの直撃を受けた左肩がアラートを発している。



(もう一発、無銘重長剣ネームレスバスタードを振ると折れるな。これ……)



 更に重機関銃ヘビィマシンガンの火線を避けるため。無理をさせ続けた脚部のスラスターが焼け付く寸前まで熱を持ち。ついでに両手でブレードを振るう為に120mm狙撃砲スナイパーカノンは投げ捨てしまった。



 この状態であと4機のオークタイプを撃破出来るかと言われれば厳しい。フォルテイオーのフル・イカロスにはこれ以上の打撃力は期待できない。


 急降下炸裂杭フォールダウンステークなんて際物で積載量ペイロードほぼ喰い潰し、残りの装備は軽機関銃ライトマシンガン光波剣レーザーブレードが精々だろう。


 そもそも3機まとめてオークタイプを撃破する大金星で天秤を水平まで傾けて、さらに支援を続けてくれるのだから文句をつけるつもりはないが。



『まさか、むしろ有利なのはこちらです。相棒バディ


「正直な話、勝ち目は10%だと思ってるんだけど……」


『勝利条件の話ですよ、相棒バディ



 モニターの向こうで、アイリスも口角を吊り上げる。



『相手から見て、これは圧倒的な戦力で敵が介入するリスクを抑えた汚れ仕事ダーティワークです』


「ああ、位相転換読込機ヴァルタースキャナーでさっと街を飲み込むだけの簡単な――」



 アイリスの声に応えながら、後ろ手で光波剣レーザーソードをウェポンラックに押し込み、重自動拳銃オートモーゼルを装備し、状況を改めて見返せば。敵は未だにフォルテイオーの強襲によって崩れた陣形を整えなおせていない。いや――



「俺と、フォルテイオーが無視できないリスクになったって事か?」


『はい。違約金を支払ってでも、離脱する登録傭兵マーセナリーズも出るかもしれません』



 リスクが低いからこそ引き受けた汚れ仕事ダーティワークで、登録傭兵マーセナリーズとして最大の財産であるAMを叩き潰されるのは割に合わない。そういう判断で敵の連携が乱れている。


 いや、敵の半数以上が様子を見ているのだろう。この任務ミッションが報酬に見合う仕事なのか。それとも違約金を支払ってでも逃げるべき外れくじなのか。



「って事はだ」



 ここで倒すべき相手は、1機に絞られる。

 


『はい、目標とすべきは推定主要受注者メインコントラクターNo.7787ニアド・ラック



 夜に降る雨で、ぬかるみと化した大地をコンツェルトの足で踏みしめ。ニアド・ラックの駆るオーガ・ヘッドにカメラを向ける。分かりやすく、ニアドの僚機が下がったのを見て勝機が手に届きそうなところまで転げ落ちて来たことを確信した。



「――勝率は50%ってギリギリ強がれるな」


『はい、それ位の気持ちで挑む位で丁度いい格上の難敵です』



 だが互角とは口が裂けても言えはしない。重装甲のオークタイプを撃破するには最低でも2手。その上でシールドユニット1枚を抜き切り、合計3手の致命傷を叩き込む必要がある。


 その上で、あらゆる距離に対応した武装を揃え。堅実な立ち回りで敵を丁寧に削ってくる戦い方は。正面突破の難易度に限ればブロッサムストーム以上、難攻不落の機動要塞と呼んでも過言ではない。



「戦況確認は、ナンデーナを頼る。アイリスが」


機体制御マニューバを担当します』



 雨降る夜に、ぬかるむ赤泥せきでいを振るわせて。位相ヴァルター機関の方向と共に青いコンツェルトが闇を裂いて跳ぶ――



◇◇◇ The coin was flipped ◇◇◇



 明らかに味方の動きが鈍っている。あるものは夜の空を舞うフォルテイオーをけん制するという名目で、またあるものは敵の増援に備えるという名目で戦場の中心から距離を取り始めて。


 もう1つか2つ、不利な事態が重なれば。違約金を支払い戦場から逃げ出す心づもりが見え透けている。



「――信用できる登録傭兵マーセナリーズを、一人くらいは。いや」



 そもそも、この手の汚れ仕事ダーティワークをやる登録傭兵マーセナリーズが違約金を支払えば離脱できる契約を結んで来た時点で、信用面においてかなりの上澄みだ。


 リスクが報酬を上回った時点で、仕事から降りるという宣言ではあるが、逆を言えばリターンがリスクを上回っている限りは裏切らない事の証明に他ならない。



「悪くない選択肢を、選んだはずだったんだがなぁ」



 自分の目の届く範囲で、未登録市民であるとはいえ、ユニティ法上で人間として扱われないとはしても。主観クオリアを持ち生きているものが、文字通りなんの救いもなく処理される。そんな未来を回避しようと自分なりに足掻いた筈だ。


 それこそ、ニアド・ラックがこの依頼ミッションを受けなければ。よりシンプルに、これまでこのゴミ処理施設のシステムとしてされていた彼らはまるで役目を終えた道具のように処理されていただろう。



(だからこそ、ライテック社が不干渉を決め込むだけの戦力を揃えて)



 しかし、その結果がこれだ。たった一人の登録傭兵ディサイドによって。決まっていたはずの道筋がこうも揺らいでしまっている。



(ここで、一度生きながらえて。それで――)



 しかし依頼という形で、レイリブルー社がこの街を守ると宣言した以上。


 最低限の後ろ盾は生まれている、この先行われる大規模な再開発事業による投資の流れ次第ではこの街に複数名の登録市民が生まれ。防衛できるだけの自治体まで成長する可能性は無視できない。



(だが、そもそも)



 ニアド・ラックの駆るオーガ・ヘッドのモニターに、赤泥を踏みしめまっすぐ視線デュアルアイをこちらに向ける青いコンツェルトが仁王立つ。


 純粋に戦力を分析する。位相転換読込機ヴァルタースキャナを装備する為シールドは1枚となり致命傷を受けられる回数は減り。大容量の記憶ストレージを背負う為に弾数を切り詰めた結果。総合火力は普段の半分といったところか。



(相応に消耗した、コンツェルト1機で――) 



 他の登録傭兵マーセナリーズからの支援は期待できない。だがここで全ての手札を切ったとしても。ディサイドさえ倒せれば、その後のことを任せられる程度には信用は出来る。



「このオーク・ヘッドを正面から、突破できる可能性は」



 ニアド・ラックは、その大きな手で操縦桿を握り直し。深く息を吸い込む、あくまでも今の自分は大きなシステムの一部として動いており。その中で己が考える最善を尽くしていることを確認しなおし。



「お前の口癖を真似るなら99.999%不可能だ、No.0874ディサイド


『なら、その0.0001%を通すだけだ。ニアド・ラック!』



 位相ヴァルター機関を咆哮させ、青いコンツェルトが闇の中を切り裂いて迫る。相対距離は500m。亜音速で迫られれば、2秒とかからず距離が詰められるが――



「通させんよ!」



 オークタイプは決して鈍重な機体ではない。重装甲、重装備を重ねた上で、一般的なレイブと同等に近い水準の巡航速度を維持できている。時速300km弱の速度は、亜音速には及ばずとも、全力で後退を行えば無視できない時間の壁となる。


 稼げる時間は1秒か、それとも2秒か。だかそれだけの時間があれば。



全射撃火器オールショットウェポン安全装置解除セーフティオフ――っ!)



 6発のミサイル、重機関砲ヘビィガーランド、そして360mm重長砲バスタードカノン。その全てをロックオンした瞬間発射するモードに切り替える。出し惜しみはしない。この数秒に持ち得る火力の全てを叩き込む。


 赤泥を散らして迫るコンツェルトへ、ミサイルが弧を描き、360mmのAPFSDS弾が襲い掛かり。重機関砲ヘビィガーランドの弾丸が雨あられと降り注ぎ。


 夜に流れる硝煙の中で、刃が振われシールドが砲弾を弾く甲高い音が響く。



(360mm重長砲バスタードカノン2発はシールドと重長剣バスタードで止め)



 普通ならば、この斉射を掻い潜ることなど出来ない。いや潜ろうと思わない。



(その上でミサイルは、半数はマントで防いだようだが――)



 重機関砲ヘビィガーランドによる斉射を受け、辛うじて致命傷は避けているものの。下手をすればオークタイプの素手で殴られただけでも手足が吹き飛びかねない程のダメージが蓄積しているのが見て取れる。


 状況は接敵寸前、白兵戦距離クロスエンゲージまであと1歩。


 予想通り、予定通り。確率的にはあり得る範囲。だが違和感が脳裏を過る。



(この程度か? No.0874ディサイドは)



 重長剣バスタードが振われる前に、ニアド・ラックは後退を止め、大地を蹴ってあえて距離を詰める。間合いの内側に入れば重長な得物は真価を発揮出来ない。


 予想通りに、コンツェルトの右手に光波剣レーザーブレードの閃光が走る。


 だが、それが振われる前に重機関砲ヘビィガーランドを投げ捨て装備しなおした炸裂槌インパクトハンマーを振りぬき、その手首ごと叩き潰す。


 これで詰みだ。たとえここから重自動拳銃ヘビィモーゼルを振り回したとしても距離を取りシールドユニットを起動すればそれで終わり。


 万が一、装甲にねじ込まれる羽目になったとしても炸裂槌インパクトハンマーを押し当て形成炸薬を炸裂させれば。こちらが行動不能になる前に確実に撃破することが出来る。



(こうなることはNo.0874ディサイドにとっても予測範囲内)



 その上で、何か策が無ければ。ここまでの無茶をする意味は無い。



「お前の最後の手札は――」



 ボロボロになったコンツェルトが左手の重長剣バスタードから手を離し重自動拳銃ヘビィモーゼルをこちらに向けて撃ち放つ。



「その程度かと聞いている、No.0874ディサイド!」



 強引に装甲の隙間に捻じ込んで撃たれない限り、重自動拳銃ヘビィモーゼルはオークタイプに有効打を与える事は出来ない。


 疑念と共に、引き金を押し込み炸裂槌インパクトハンマーをその胸部に叩き込む。腹部の装甲を撃ち抜かれ、コンツェルトがぐらりと揺れて、その双眼デュアルアイから光が消える。


 しかし、倒れる寸前のコンツェルトの胸部から何かが飛び出した。夜の雨を映すモニターの端で動いた影をニアドの瞳は捉える。それは以前ショップで買っていたコートを纏ったNo.0874ディサイド自身の姿。



「生身――っ!?」



 その瞬間、脳裏でコンツェルトが最後に重自動拳銃ヘビィモーゼルで狙った場所が搭乗口近くのコントロールパネルであったことを思い出す。



(ハッキングを――っ!?)



 ただハッチを開くだけでも、敵味方識別システムがある。緊急時にハッキングで開くことも不可能ではないが、戦場で悠長に時間をかけてやれる事ではない。



「させる―― もの、かっ!?」



 振り払おうと、機体を揺らそうとした瞬間。目の前で倒れかけていた青いコンツェルトの双眼デュアルアイに再び光が灯る。



「再起動、だとっ!」



 位相ヴァルター機関は主観クオリアを持つものが駆らなければ起動しない。少なくとも、No.0874ディサイドはハッキングをする為に機外に飛び出している以上――



「あの声の女か!」



 ニアド・ラックは改めて炸裂槌インパクトハンマーを振るい青いコンツェルトを叩き潰す。No.0874ディサイドへの対処は後回しでいい、場合によってはいまの一撃で振り落とされている可能性すらある。



(――落ちた、か?)



 生身フレッシュの肉体が、アームドマキナの操縦席の高さから落ちたら間違いなく機能を停止する。可能ならば完全に死に切って主観クオリアの同一性が保たれている間にどうにか救いたい程度の情はあり――


 闇夜の中で、赤泥に落ちたNo.0874ディサイドを探そうとモニターに目を向けた瞬間。空気の抜ける音と共にハッチが開き、雨の匂いが流れ込み。



「なんだ、と……」



 操縦席の上、夜の向こうから。獰猛な笑みを浮かべたNo.0874ディサイドが、右手で非殺傷銃テイザーガンを向けてくる。



「この手の作業は得意なんだ。拾ったパーツをハックする位は片手間でやれる」



 確かに、一般的な端末でコンソールにアクセス出来れば5分程度でハッチを開くことは出来るだろう。だがそれを戦闘中のアームドマキナに飛び乗って、これだけの短時間でやり切れるというのは技術以上に頭のネジが飛んでいるとしか思えない。



「――その貧弱な非殺傷銃テイザーガンで。俺を止められるとでも?」



 ニアド・ラックは息を吸う。最低限ユニティが規定する居住区画に踏み込める範囲ではあるが。それなりのクロームがこの体には入っている。


 肌に1発2発なら、意識を失う事はない。


 その間にPDW個人用防衛火器を引き抜き、意識が落ちる前にNo.0874ディサイドを狙える可能性もある。


 だが、それよりも―― 握ったままの操縦桿のトリガーを押し込んだ方が早い。



「殺しは、しないさ。No.0874ディサイド!」



 No.0874ディサイドの立ち位置はギリギリで、機体の外側で。今腕を捻って位相転換読込機ヴァルタースキャナを傾ければ効果範囲に巻き込める。


 死にはしない、ただネットワークにアップロードされるだけだ。No.0874ディサイドの才能ならそれこそ10年もしないうちに必要なら生身だって手に入れられる――


 何よりも、ここまで追い詰められた意趣返しの一つでもやらなければ。ニアド・ラックの気が済まない。


 だが右手を振り上げた直後、ハッチの向こう機体の外側で甲高い音と共に位相転換読込機ヴァルタースキャナのステータスが赤く染まる。恐らくはさっきNo.0874ディサイドが手放した120mm狙撃砲スナイパーカノン


 脳の中で可能性を精査する、青いコンツェルトは崩れ落ちたまま。未登録傭兵ナンバレスがロックオン可能な武器を使用はユニティ法上では違法――


 そこまで考えたところで、レーダーの上に未登録のレイブが存在していたことにニアドは気が付いた。野生の、いやこの街を守ろうとした未登録市民の駆る機体。


 未登録市民は法の制約は受けない。


 これまで脅威とすら考えていなかった。あるいはいつの間にか撃破されていただろうと無意識に考えていた登録傭兵マーセナリーズ以下の、番号すら持たないパイロットに文字通り一矢報いられ――



「こいつも非殺傷だ、99%死にはしねぇよ。ニアド・ラック!」



 気づけば、目の前にNo.0874ディサイドが飛び込み。ニアド・ラックの口に衝撃が走る。口内に叩き込まれたものが非殺傷銃テイザーガンである事を理解する前に意識がプツンと弾けて消えた。



◇◇◇ Mission accomplished, for both...... ◇◇◇

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