MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(7)



 

(さて、この構図は…… この前のジャックの時と近いが)



 ゲッカ・シュラーク自治区を巡る攻防、No.0278ジャックが率いる12機のレイブにたいして。No. 0874ディサイドが抵抗し、No.0666ブロッサムストームが援軍に駆け付けての大番狂わせアプセット



(同じルートは進みたくないもんだがねぇ)



 半ばあきらめに近い感情と共に、ニアド・ラックは重機関銃ヘビィガーランドをセミオートでぶっ放す。価格の割に索敵能力とFCS性能に優れたオーガ・ヘッドは、確かにディサイドの駆る青いコンツェルトを捉えているが。



「――速いな、予想よりもずっと」



 その上で、ディサイドの駆るコンツェルトの機動力はそのロックオンを振り切ってみせる。物理的に速度があるのは確かだ、コンツェルトは一般的なアームドマキナとして限界に近い速度を誇る。


 これ以上を求めるなら、ライテック社のイーグルか、レイリーブルー社のイカロスのレストア品。あるいは独自に設計された一点物ワンオフを選ぶしかない。


 だがそれだけではなく、判断の速度と動きの切り替えが早い。逃げに徹するディサイドを撃墜しようと思うなら。アキダリア傭兵組合マーセナリーズシップに所属する人間ならばNo.0666ブロッサムストーム以外では難しいだろう。



(しかし脅威かどうかを考えるなら。そこまでではない)



 確かに動きは速い。その上で今ニアドの駆るオーガ・ヘッドは位相転換読込機ヴァルタースキャナを運用するために、ギリギリまで火力を切り詰めているのも不利な要素だ。


 360mm重長砲バスタードカノンの弾数は通常の1/2、スクエアミサイルランチャーは普段の1/3の6発まで装弾数を絞っている。重機関銃ヘビィガーランドと合わせても。ニアド単機では撃破まで詰め切るのは少々厳しい。


 だが、その上で。


 No. 0874ディサイドの駆るフル・コンツェルトが持ち得る火力では。ニアド・ラックの駆るオーガ・ヘッドを撃破出来ない。120mm狙撃砲スナイパーカノン無銘重長剣ネームレスバスタード、そして光波剣レーザーブレード


 それらをすべて有機的に駆使されたとしても、ニアド・ラックは捌き切るだけの自信があるし。多少のリスクを許容すれば距離を詰めて来た時にカウンターを叩き込むという手だって選べる。



(時間はこちらの味方だ、完全に包囲出来れば。No. 0874ディサイドを確実に撃破出来る)



 なにより、真っ当な戦力を持った登録傭兵マーセナリーズはこんな依頼ミッションを受ける事はない。No.0666ブロッサムストームですら、勝算と十分な報酬があったからこそゲッカ・シュラークの依頼を受けたのだから。



(お前のように、自由に戦えるものじゃない。登録傭兵マーセナリーズってのは)



 CASH、これまで積み重ねてきた実績、縁、貸し借り―― 登録傭兵マーセナリーズとして生き続ける限り。そういうしがらみが体のどこかに、心を覆うようにまとわりついていく。


 半世紀も続ければ、どこかの企業から首輪の一つも用意される。


 それは、悪い事だけではない。だがこういう、どうしようもない汚れ仕事をやらされることだって少なくない。



「だが、それでも……」



 生身の未登録市民をナパームで焼き尽くす光景、あるいは逃げようとする彼らをアームドマキナで踏みつぶす感覚。一度でも味わえば、二度と忘れる事は出来ない。


 それと比べれば、位相転換読込機ヴァルタースキャナによる強制的なネットワーク上へのアップロードは人道的だ。肉体の補填として多くの者に番号ナンバーが与えられる。



(そうやって、世界はより平等に、マシになる)



 夜の闇の中を、重機関銃ヘビィガーランドから放たれる曳光弾に照らされて。青いコンツェルトが舞い踊る。時折散発的に120mm狙撃砲スナイパーカノンによる反撃を行うが。その程度ではこちらの装甲は削れない。


 僚機もフル・オーク。センサーの性能こそニアドのオーク・ヘッドに劣るが。それでも機体同士のデータリンクによって底上げはされている。


 他の小隊と合流出来れば、確率の上でNo. 0874ディサイドの勝ち目は消える。



(弾幕の中で、踊るような人生がいつまでも続くわけがない)



 だから、正しい。いつ死ぬか分からない。未登録市民というあり方よりも。ネットワーク上で永遠に等しい保証を受ける方がずっと。確率の上ではマシなのだ。



(――正しい、筈だ。理屈の上では)



 登録傭兵マーセナリーズなんて無茶をやるなら、それこそミッション前に記憶と主観クオリアのバックアップを上書きし。ミッション中に肉体が失われても自分という人間が失われないように立ち回るのが正しい。



「そもそも、時間を稼ごうと。逆転の一手が無い……」



 賭け事なんてものは命と無関係な所でやるべきことで。娯楽ではない任務ミッションは確率を上げ、試行回数を上げ。手堅く、確実に、終わらせるのが正しいはずだ。


 雨が降りしきる夜の中を、青いコンツェルトが舞い続け。自機を含め3機のオークタイプによる重機関銃ヘビィガーランドによる連携射撃を既に1分近くしのぎ切っている。



(確率と、No. 0874ディサイドの能力を考えれば不可能ではない)



 そこでようやく、ニアド・ラックは違和感に気が付いた。こちらに向かっている味方の小隊が予想以上に遅れている。



「第2、第3小隊。どうした、何故遅れている?」

 

『こちら、第2小隊。スモークと地形を使ったトラップに……』


「突破は?」



 そういえば、ヤンスド・ナンデーナもこの任務ミッションを受けたと啖呵を切っていたことを思い出す。付き合いの範囲では未登録傭兵の体裁を取り、堅実な商売をする商人だと思っていたが――



『……強引に突破を図ったNo.5962が、貫通地雷ピアシングマインでレッグを破損』


「確かに、ギリギリ未登録傭兵ナンバレスでも許される範囲だが」

 


 貫通地雷ピアシングマイン、安価で軽量、その上でオークタイプの脚部にすらダメージを与えられる火力を併せ持つ設置兵装トラップウェポン。だが効果範囲が非常に狭く、有効に使う事は不可能に近い。


 随分と、危ない橋を渡っている。実質非武装のレイブ1機でオーガタイプ3機を足止めする程の報酬はこの依頼にはなく。将来的なコネクションを理由にしたとしてもあまりにも勝てる確率が低い。



『こちらNo.5962! あのレイブは、放置するべきでは――!』


「No.5962、未登録傭兵ナンバレス法定内装備リーガルウェポンと、レイブの運搬能力ペイロードから見て――」


『こちらにも、面子がある! 違約金を払ってでも……』



 ニアド・ラックは操縦席の中でため息をつく。No.5962の頭に血が上っているのは事実、だが冷静な判断が出来ていないと言い切ることも難しい。未登録傭兵ナンバレス相手に一方的にしてやられたのを放置するのは周囲から侮られてしまう。


 自分が抜けても問題が少ない依頼ミッションである事と合わせて、違約金を支払ってでもヤンスド・ナンデーナに落とし前を付けたいというのも理屈も彼の視点から見れば道理は通る。



「……一分だ、それ以上かかるなら。違約金を支払いこの依頼ミッションから降りろよ」


『……了解! それだけ時間が貰えればっ!』



 わざわざアキダリア以外の傭兵組合マーセナリーズシップからオーク乗りを集めたのが裏目に出た。この手の依頼は地元で禍根が残らないように他の地区から登録傭兵マーセナリーズを集めるのがセオリーだが。


 その結果として、ニアド・ラックが強く命令出来るメンバーを揃えられなかった。



(それでも、3分後には8機のオークタイプで包囲網を――)


『あぁ、めんどくせぇ! 所詮オリンポス杯でビリだった新人登録傭兵ルーキーマーセナリーズだろうが!』



 No.5962の離脱を皮切りに、部隊の雰囲気が嫌な方向に傾いていく。僚機として小隊を組んでいたNo.5421がいきなりNo.0874ディサイドに対して挑発をし始める。



『びりっけつの速度で、逃げ回る位しか出来ねぇ三下じゃねぇか!』



 No.5421もニアド・ラックが提示した作戦計画ミッションプランに従って牽制を続けている。ただ、このまま包囲が完成するのを待つよりも、挑発し返り討ちにした方が早いと考えたのだろう。



(――諫めるのも、悩ましいが)



 一応ニアド・ラックがこの依頼における主要受注者メインコントラクターだが、部隊全体にある程度の指揮権を認められているが。No.5421は作戦行動を、まだ乱していない。


 ただ挑発し、自分に接近させ返り討ちにしようとしている。白兵戦クロスレンジまで距離が詰まれば、No.0874ディサイドに勝てるだけの自信があるのだろうが。



「No.5421、相手は光波剣レーザーソード使いだぞ」



 だがNo.0874ディサイドの本領は白兵戦クロスレンジ。オークタイプであっても倒しきる実力がある。だがその上でNo.0874ディサイドがこの程度の安い挑発に乗ることはないだろう、そんなニアド・ラックの予想を。



『舐めやがって! その言葉300%後悔させてやらぁ!』



 闇の中、雨の向こう側で。青いフル・コンツェルトがマントを翻して加速する。



「っ!? 作戦を修正、No.4999、No.5421を援護!」



 このまま援軍が来ないのならば、No. 0874ディサイドはどこかで無理を押し通す必要がある。そういう意味では、この挑発を機会として見て仕掛けてくる可能性はゼロではなかった――



(……いや、これはっ!)



 No.4999とニアド・ラックの射線が重ならない。


 重機関銃ヘビィガーランドとオークタイプの重装甲はあらゆるタイプのAMに対して一方的に圧力をかける事が出来るが。今のNo. 0874ディサイドに有効打を与えようとするならば複数機で火線を集中させなければならない。



「このタイミングを、狙っていた……!?」



 ここまで来てニアド・ラックはようやく理解する。No. 0874ディサイドが何度も何度も、この状況に持ち込む為に飛び回り120mm狙撃砲スナイパーキャノンでこちらを誘導していたことに。



(これまでの嫌な予感は、No. 0874ディサイドにいい様に動かされていたからか!)



 漠然とした不安を、形に出来なかった事を悔やみながらも。ニアド・ラックは重機関銃ヘビィガーランドで最低限の援護を行うが。それを嘲笑うように、いやまるで気にも留めずにNo.5421との距離を詰め――



『この俺の間合いに踏み込んでくる度胸は、認めてやるわっ!』



 No.5421の駆るオークタイプは重機関銃ヘビィガーランドを投げ捨て。腰のウェポンラックから三節棍トライシャフトを引き抜き構えた。


 3本の戦棍コンバットクラブを関節で繋いだ打撃武器。十分な慣性を乗せられればオークタイプの装甲を貫通し、機体フレームに致命傷を叩き込む事すら可能な剣呑な威力とトリッキーな軌道を併せ持つ。


 その分、習熟に時間が必要な装備ではあるが、No.5421は20年以上三節棍トライシャフトを使い込んでおり。


 間合いにさえ捉えられれば、No. 0874ディサイドの駆るコンツェルトを討ち取れる。

 


『そんな棒きれ振り回したくらいで、AMが落とせるかよ。ド100%の三下ァが!』



 あるいはNo. 0874ディサイドが切り抜ける可能性も無視はできないが。それでもNo.5421の三節棍トライシャフトを棒切れ扱いし、その破壊力を見誤っているのなら順当に叩き伏せられ終わりだ。



(ここまでよく持った、そう考えるべきだな)



 No. 0874ディサイドもNo.5421も、ニアド・ラックが知る限り屈指のインファイターだが。その上で、積み重ねてきたものが違う。まぁ今の状態ならば最悪彼の意識はネットワーク上で保護できる。


 もう、この戦闘は終わったと考えていい。ニアド・ラックの意識がこの後に向きそうになったその時。信じられない光景が、視界に飛び込んで来た。



 亜音速で青いコンツェルトが、フル・オークとの白兵有効圏内クロスエンゲージに踏み込んで。No.5421の三節棍トライシャフトが、まるで大蛇のように、青いコンツェルトに食らいつく寸前。


 青いコンツェルトの左肩に装備された対ビームマントが薙ぎ払われ、フル・オークが振った三節棍トライシャフトが絡めとられて。



『なっ!?』


『まだだっ!』



 更に、対ビームマントの内側から無銘重長剣ネームレスバスタードが付き出され三節棍トライシャフトごとNo.5421の駆るフル・オーガの左腕を切り飛ばす。



『これで左手のシールドは100%張れはしねぇ!』



 コンツェルトの右手に、光波剣レーザーブレードの閃光が2度輝いて。No.5421はヘッドと右腕を貫かれて戦闘力を失った。



「――ここまで、伸びを見せるか。No. 0874ディサイドっ!」


『これをあと8回繰り返せば、こっちの勝ちだぜ。ニアド・ラック!』



 ニアドは操縦席の中で苦い顔をしながら、重機関銃ヘビィガーランドの引き金を引き絞る。


 半年前と比べれば、一回り。いいや二回りは強くなっている。No.5421もこと白兵戦に限れば一目置かれる登録傭兵マーセナリーズではあるが。それをこうも軽々とNo. 0874ディサイドが撃破出来る事実は完全に想定外。


 そもそも、白兵有効圏内クロスエンゲージでオーク・タイプと競り勝てるというのは最早規格外の領域に足を踏み込んでいた。



「その無理筋を、通せると思うな!」



 そう、無理筋だ。あんな力技を何度も通す事は出来ない。そもそもアレはNo.5421が三節棍トライシャフトでの一撃必殺を狙った結果だ。賭けに出ず、数と装甲の暴力ですり潰す。


 当然、No. 0874ディサイドが逃げを打てば追いつくことは出来ないが。それはそれで構わない。逃げ去った後で依頼ミッションを遂行すればいい。だからこれはどれほど被害を出さずにNo. 0874ディサイドを諦めさせるかの戦いでしかないのだから。


 この依頼ミッションを受注するだけの理由を持ち。その上でNo. 0874ディサイドが敗北する前に駆け付けられる。そんな条件を兼ね備えた登録傭兵マーセナリーズが存在する可能性など――



「ニアド・ラック! レーダーに反応が。マッハ20!? 高高度から――!」



 No.4999の警告に返事を返す前に、操縦席にアラートが鳴り響き。ニアド・ラックの目の前に広がるモニターに表示されていたレーダーが、二次元から三次元に切り替わる。



「高度―― 2万からの、動体反応!?」


傭兵登録番号マーセナリーナンバー1558――』



 ニアド・ラックが状況を認識する前に、夜空を覆う雨雲を白い何かが貫いて。次の瞬間遠くで轟音が鳴り響く。



『だ、第3小隊―― か、壊滅!』



 レーダー上から消えた第3小隊の反応を見ながらニアド・ラックは理解する。


 使用されたのはおそらくは急降下炸裂杭フォールダウンステーク。精密誘導が可能な知性を特攻させる人道的な観点から禁止された高運動エネルギー誘導弾を、末端まで人間が誘導し離脱するという力技で合法化した代物。



『――フォルテイオ、この街の防衛戦に参加させてもらおう』



 急降下後の急上昇。雨の降る夜空に、白いAMが戦場を俯瞰しながら弧を描く。



「フォルテイオー!? 確かに登録傭兵マーセナリーズではあるが……」



 標準規格スタンダートAMによる無補給火星周回ノンサプライマーズアラウンドレコード28:54:23。


 フォルテイオー、この火星ほしにおいて最も速い登録傭兵マーセナリーズ。レースのレギュレーションから解き放たれた彼の白いイカロスは、依頼ミッションを受けてから30分以内で全ての戦場に到達出来る。



『――レイリーブルー社からの依頼となれば、受けん訳にはいかんのでな』


『……まぁ、来るなら90%アンタだと思ってたよ。フォルテイオー』


『ふん、貴様とまともにレースをしたいという欲もある』



 そもそも急降下炸裂杭フォールダウンステークと緊急発進だけでざっと10000CASHに近い、あるいは超えるコストがかかる。


 それを飲み込んでまでこの依頼ミッションを受けるほどにNo.1558フォルテイオーNo. 0874ディサイドとレイリーブルー社に入れ込んでいるのはニアド・ラックからは完全に想定外であった。



「……だが、それでも」



 急降下炸裂杭フォールダウンステークは使用する為には回収し、高度を稼ぐ必要がある。いかにフル・イカロスといえど。そのペイロードは無限ではなく、装備できる可能性のあるサブウェポンでオークタイプを撃破することは不可能に近が。


 しかし、No.1558フォルテイオーNo. 0874ディサイドが連携した場合。ニアド・ラックを含むオーク・タイプ4機にとって十分な脅威である。


 それでも、まだこちらの方に分がある。コンツェルトもイカロスも、重機関銃ヘビィガーランドを当てられれば撃破出来る。シールドユニットを考慮してもそれは決して難しいと話ではない。


 まだ、確率の上ではこちらに分がある。ニアド・ラックはそう己を鼓舞して操縦桿を握り直した。

 


◇◇◇ The balance tilted to the horizontal...... ◇◇◇

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