MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(6)
『
「1%、この状況の結末をずらせる位には」
『それはまた、随分と信頼していますね』
画面の向こうで、アイリスが楽しそうに笑う。ディサイドとしては過大な評価をしているつもりはない。ちゃんとしたアームドマキナを用意出来れば。それこそレイブの1機程度は倒せるくらいの地力があるのだから。
「まぁ、彼のことよりも今は――」
『目の前の脅威に対する対応、ですね』
雨が降る夜の向こうから、赤い
「――No.7787、ニアド・ラックか」
その上からシールドユニットと、あらゆる距離に対応可能な武装をバランスよく装備した
重量比辺りの火力、装甲、機動力。どれをとっても水準以上。これ以上のものを求めるなら、複数の機体を組み合わせて部隊レベルでのバランスを取る必要が出てくる。それはもう
「
ユニティ統治領域であっても、登録市民が少ない場所ではネットワークは整備されていない。それでも真っ当に整備されたAM同士ならば通信封鎖を行わない限り、ディサイドの声はニアド・ラックに間違いなく届く。
「現状、この周辺に展開していた野生種と思われるAMの駆逐は完了済みだ」
――まだ、対話によって戦闘が避けられる可能性は存在している。
「もし、そちらのミッションが野良AMの撃破なら。戦果は譲る」
たとえそれは限りなくゼロに近いとしてもだ。
もしニアド・ラックの
『プランCか…… 後味が悪くなるが』
通信機から漏れ出た声に、最悪だとディサイドは操縦席の中で頭を抱えた。間違いなくニアド・ラックはこちらが理解する前提で独り言を呟いていて。そこから導き出される答えは――
(――彼らの目的は、この街の襲撃ですね)
(さっきのAMが駄目なら、ニアド・ラックって流れが90%ってところか)
ユニティに未登録であるとはいえ、知性体であるホモサピエンスの都市を―― いや集落を襲撃することは道義上問題があるとされている。故に、野生種に見せかけたAMで始末出来ればそれで良し。
その上で、それが上手くいかなければ。
ユニティ未登録市民の集落に対する襲撃は―― 道義的には眉をしかめられ、倫理的に問題があるとされているが。ユニティに登録された市民の生存に対し優位になる場合に限り法によって制限を受けない。
「
そして、ごく一部の例外を除き。
つまり、大義名分がその手にあると。
『ああ…… 問題はない。
「今、受諾している
ディサイドの頬に、汗が流れる。とても不味い、ニアドの駆るオーガヘッドを含む戦力を相手に、たった1機で立ち向かう必要がある。いや――
『……ユニティのゴミ処理施設を占拠している未登録市民の強制退去。そちらは?』
そもそもここまで明確に目的が示された
かつての地球に存在していた、野良猫や野良犬程度の扱いらしい。もっともディサイド自身、実際に野良猫や野良犬がどう扱われていたのかは知らないが。過去の自分の扱いを考えれば必要があれば殺される程度の扱い程度だと予想は出来る。
「この街にいる可能性がある、モカ・マーフ氏の生死の確認」
『モカ・マーフ氏のユニティ
依頼内容をボカすことで、最低限の抵抗をしようとしたが。その逃げ道もニアド・ラックは断ち切った。現時点において、モカ・マーフのユニティ
『仮に、未登録市民であったとしても問題はない』
雨が降る夜の中、ニアド・ラックの駆るオーガヘッドが、闇の向こうからゆっくりと迫り。その右腕に仕込まれた装備を掲げる。
普段のシールドユニットではなく、物体を破壊するための兵器でもなく。防御用の兵装でもない。それは砲身と呼ぶには先が広がっており、けれど奥に広がる穴はどこまでも深く底を見通すことも出来ない異形の装備。
(
対AM戦において意味を持たない装備だ。位相ヴァルター機関を積んだAMに向けても何の影響も与えられない。ただ射程内にある物体の詳細なデータをネットワークに接続可能なストレージに吸い上げるだけのシステム。
『ストレージ上に退去させた未登録市民の中で、有無を確認すればいい』
「なぁ、ニアド・ラック―― それを退去させるって呼べるのかよ?」
操縦席の中、ディサイドは冷え切った頭の中から怒気を吐き出す。確かにそれを
「……
だが、強力な位相ヴァルター波によって
『未登録市民に対する使用は違法ではない。むしろ保管するだけマシだ』
おそらくニアド・ラックも、当然彼の依頼者もその事実を理解した上で。
『未登録市民を、文字通り毒ガスやナパームで焼き払わないだけ、理性がある』
依頼者は他者からの評価を下げないためにこのような依頼を行い。ニアド・ラックは自分が受けなければ手段を選ばない
「それは、100%。ユニティの法に置いても理屈としても、正しいがよ」
正しい、間違ってはいない、マシである。それを全部理解した上で……
ディサイドはどうしても我慢ならない。
もし今この瞬間、ディサイドがアグラインからの依頼でこの街にいなければ。胸糞の悪い事件だったと思うだけだったかもしれない。あるいは離れた場所からわざわざ駆けつけてまでこの街を救おうとは思わなかっただろう。
けれど、その上で。
酒場で話が通じるものになった人々。この街で己の父を含む多くの人々を弔う桃色の髪をした墓守の少女の生き方。そして数年前の自分よりも大切なものを持ち、前に進もうとする少年達の全てがあの機械に吸い込まれることを見過ごせない。
(
だから、ユニティの法を犯してでもこの場で引き金を引く覚悟を決めた。それでも、アイリスは自分の無茶を認めてくれるのだろうという痛みを予感して――
『貴方を地獄に誘う事になろうとも、この理屈を認められません』
しかし、与えられたものは。許しでも、痛みでもなく。熱であった。
『風も、空も、大地も知らず。ネットワークの上だけで死なないだけの時間を』
ディサイドの想いよりも強く、ニアド・ラックにも聞こえるように。チャットの文字列ではなくスピーカーに声を乗せて、広域通信に向けアイリスは静かに叫ぶ。
『いいえ、時間すらも失ってあり続ける事を。生きると呼びたくはありません』
ディサイドは、アイリスの過去を知らない。だが、彼女が自分と同じように。いや自分とは違い体を持たない彼女がそう語るのなら。もうここでユニティの法を破ることになろうと、ディサイドには止まる理由は一欠けらも存在しない。
『女の、声―― そうか、ディサイド。何かあるとは思っていたが』
ニアド・ラックの駆るオーガ・ヘッドが左手で保持していた
『お前の生きざまが、誰かに裏で糸を引いて描かれていたというのは――』
今逃げるのであれば、追わないというやさしさがそこにはあった。アイリスのつぶやきは事実上の宣戦布告と見なせるもので。本来ならばこの時点で問答無用の無警告で銃弾を叩き込まれたとしても文句は言えない。
『少しだけ、悲しいな』
「うるせぇ、ニアド・ラック」
だから、改めて。ディサイドは対レーザーマントの下で、雨の向こうのニアド・ラックにも伝わるように
「確かに、俺が一人で生きて来たとは1%も言えない……」
いつだって、ディサイドは一人で生きて行けるほど強くはなかった。この街で死ぬまでは曲がりなりにも父親が育ててくれた。この街でジャンクを拾って生きていた時も。名前もない、顔すら覚えてない連中とつるんでいた。
今でも、多くの人とのつながりが自分を生かしていることを理解している。
「けどなぁ、その上で。いつだって自分の意志で決めて来た!」
父親と弔った時も、ジャンクを漁って生きて来た時も。そして今日と同じ冷たい雨が降る夜に。ストレージの中からアイリスを見つけだし、共に歩むと決めた時も。
だからこそ、己に
『――お前が覚悟を持っていることを理解した上で、告げるが意味は無い』
ニアド・ラックの機体から、動画データが送られてくる。
『この街は、ここにいる3機を含む。9機のオークタイプに包囲されている』
わざわざ手の内を晒す愚ではない。シンプルに彼我の戦力差を示してこちらを止めようという分かりやすい降伏勧告。
『万が一、俺を含むこの部隊を撃退できても。
後ろに控えた2機のオーク・タイプも
『そちらにこの街を守る
だからこそ、先制攻撃のチャンスを捨てた上で。こうも執拗に撤退を促し。被害を最小限に留めようとそういう意図が見え隠れしていて。そういう意味では好感すら感じている。
「だよな、それでも――」
どう、宣戦布告を行うか。頭の中で言葉を纏めている最中。モニターの端で流れていたタイムラインが加速して、勢いよく新規のウィンドウが立ち上がる。
『ディサイドさん! 今、この街の防衛依頼が出ました! レイリーブルー社から!』
『その声、ヤンスド・ナンデーナかっ!?』
ニアド・ラックの驚愕を無視して、ディサイドは反射的に問いかける。
「内容は?」
『可能な限りこの街に住む未登録市民の
「依頼料は?」
モニターの向こうで、やれやれとヤンスド・ナンデーナが肩をすくめて。
『なんと驚きの1CASH!』
ナンデーナがこちらに向けて新たなウィンドウを開き、そこに表示された
「あははははははっ、リリルさん。300%趣味が良いなぁ、アイリス!」
『依頼内容の確認を完了、
だが、それで構わない。CASHが欲しくないわけではないが、そんなものよりも今この瞬間。ニアド・ラックの依頼者が振う法が許す
『真っ当な
ニアド・ラックの駆るオーク・ヘッドが内蔵する位相ヴァルター機関が出力を上げていく。もう戦闘を回避できる
『だが、お前ひとりではこの状況をひっくり返せないのは変わらん』
「そもそもアイリスと二人だ。それに物好きな奴が出てくる確率は0%じゃねぇ」
『はい、まずはディサイドさんで物好きは2人目でヤンス』
ヤンスド・ナンデーナが通信機の向こうから放った一言に、一瞬思考が止まる。
「依頼を受けたのか? 俺以外の奴が先に……」
「はい、未登録な以上。直接的な戦闘行為は方に触れるでヤンスが」
次に流れて来たのは、ヤンスド・ナンデーナが駆るレイブの
戦場で頼りになるかは微妙だが、足を引っ張らない程度の性能は見て取れた。
『一応は傭兵。支援はやれない事はないって訳で、アッシが一番乗りでヤンス』
「了解、そっちに行った少年とも。上手く連携してくれ!」
『…… 各小隊! レイリーブルー社の依頼を受けた傭兵の無力化を優先しろ』
ニアド・ラック達が駆る3機のオークタイプは
「
『
双方の宣戦布告と共に、雨降る夜の中に。位相ヴァルター機関の咆哮と、大気を砕く砲撃の音が響き渡った。
◇◇◇ The battle begins for the mercenaries' mission ◇◇◇
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