MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(5)



「はぁ、はぁ…… くそぉ、くそぉ!」



 ガリガリと、レイブの左手に持たせた積層装甲に軽機関銃ライトマシンガンが叩き込まれていく衝撃を感じて少年は叫ぶ。


 位相ヴァルター機関の斥力を利用するシールドユニットが用意出来ない以上。ジャンクの中からマシな装甲を継ぎ接ぎした代物でもないよりもマシだ。



「……まだ、弾は。切れないのかよ!!」



 数十メートル先の歩行ドローンがこちらに向けて発砲を始めてから何秒立ったか。10秒か、20秒か。最低限のAIで組まれたオペレーションシステムはそういった戦術情報を抽出し、表示することも出来ない。


 彼が頼れるのは、最低限のOSが提示するデジタルなデータと。自分の感覚だけ。



(今までの経験から。あと、2~3秒で――)



 少年の予測通りに、歩行ドローンからの火線が途切れる。



「いま、だぁっ!」



 型名も分からないAMの脚部を加工した棍棒クラブを、右腰のウェポンラックから思いっきり引き抜いて。積層装甲を構えたまま全力で前に進み。


 音速には余りにも遠く、それでも夜の荒野を時速100kmを超える速度で突っ切り。歩行ドローンに対して得物を振り下ろせば。


 組みつかれて面倒な事になる前に、どうにか歩く目玉ウォーキング・アイを叩き潰すことが出来た。



「はぁ、はぁ…… 今日だけで、3機撃墜…… はは、エースじゃん」



 無論、少年自身も撃破したい相手が位相ヴァルター機関を内蔵していない、格下のドローンである事は理解している。しかし、そうやって自分を鼓舞しなければ戦えないレベルで。人生で三度目の機動戦に精神と体力を消費してしまっている。



「畜生、何なんだよ。こんなにドローンが来ることなんて無かったじゃんかよ」



 少年は、生まれてからずっとこの街で生きて来た。物心ついた時にはまだ親がいたような気もするが。気が付けばいなくなっていて、けれどそれでも死なない程度にはこの街には生きるためのモノが揃っていた。


 ユニティの居住区画から廃棄された食料、法令によって最低限維持された大気。ジャンクを漁り使えるものを拾い集めれば。生きていける。


 けれど、この街の誰かが。


 ただ生きるだけではなく、もっと先に進むべきだと願ったらしい。そういうやる気のある奴らは勝手に街の外に出ていくのが常なのだが。それでもこの街に愛着を持った奴らが何人も、何人も現れて。


 ほんの少しずつ、昨日よりマシな今日が積み重なり。ようやくここまでの街になったのだ。大人達曰く、企業と交渉を行い。何人かはユニティの番号が貰えるなんて話も出てきて。


 少年には、その番号ナンバーにどれだけの価値があるのかよく分からない。


 どちらかといえば、いつか死んだとしてもあの墓守の少女が管理する墓地で番号を振られて眠れるという事実の方が大切なのだけれども。


 それでも、今日を、明日を。もっと良く出来るのならば。それは彼にとって意味があって。少なくともジャンクを拾って死なないだけの生活を続けるよりもずっと。ずっといい生き方だと思えたのだ。



「畜生、畜生…… 俺達が、何か悪い事をしたのかよ?」



 棍棒クラブは折れ曲がっているが、まだ振える。この街に住むジャンク拾いが売れないジャンクの中からまだマシな物をたたき直して組み上げた代物なのだから。あと2~3機は歩行ドローンを叩き潰せるだろう。


 そう信じて少年はレーダーに目を向けた。周囲1㎞に存在する熱源と動体反応と位相ヴァルター機関の反応。そして直接計測した地形データを雑にまとめて表示するだけの代物だが。何度も彼の命を救ってくれた存在で、信頼に値する。



「――敵は、もう。流石にいないよ。な?」



 レーダーには反応はない、今日はもう終わりの筈だ。これだけのドローンが襲ってきたのは初めてなのだから。まだいるなんて事は考えたくもなかった。



『やべぇ、やべぇよ!』


「どうした、何があったんだよ!」



 少年とは逆方向に偵察に行った、タンク・レイブのパイロットから悲鳴が届く。



『こっちにも、ドローンがいる!』


「飛んでるのか!?」


『飛んでねぇ、けど一人で……』



 一応、あのタンク・レイブにも火砲の類は積んである。軽機関銃サブマシンガン以下の火力だが。それでも最低限、歩行ドローンをけん制出来るはずだ。



「すぐに、そっちに行く! 弾を無駄に使い過ぎるなよ、丁寧に撃てよ!?」



 だが、自分より年上ではあるが。タンク乗りの男は戦うのに向いていない。重機としてAMを動かすのは得意だが。特に反応速度が致命的に低すぎる。



(ここから、距離は…… 3キロ、いや4キロ?)



 少年の駆る壊れかけたレイブの足では数分かかる。その間レイブ・タンクが耐えられるかどうか。軽機関銃サブマシンガンの直撃を貰えばそのまま戦闘不能になりかねない。



「いや、それでも。いかねぇと!」



 愛機を、タンク・レイブが向かった方角に向けた次の瞬間。操縦席の中に甲高い警報が響き渡る。



「これ、は――」



 今まで、実戦では聞いたことのないパターン。



「位相ヴァルター機関、近くにAMが……!?」



 少年が状況を把握する前に、機体に衝撃が走る。レーダーに目を向ければ表示範囲ギリギリに2機の反応が見て取れて、一瞬遅れてOSが迫る敵機の型名を示す。



「レイブが…… 2機!?」



 レーダーの表示と、夜の闇が広がるモニターを見比べた次の瞬間。少年は反射的に操縦桿を振り回せば。さっきまで彼の愛機が立っていた場所に、致命傷レベルの火線が叩き込まれる。



「は、ははは……」



 レイブ2機、推定軽機関銃ライトマシンガン。初撃で左手に持っていた積層装甲は砕けて散った。



「くそ、くそ…… なんでだよ!」



 少年は死ぬことはそこまで怖くはなかった。だがその上で、自分が死んだあとこの街が今襲ってきている何かに滅ぼされる事実がどうしようもなく恐ろしく思う。


 自分がこれまで生きてきた街が、ジャンクヤードを漁る街の大人たちが、クロームの左手を持つ町長が、自分より年下の子供達が。そして何より―― あの花が溢れる墓地と、墓守の少女が蹂躙される未来に耐えられない。



「何か……」



 距離を詰めてくる敵機の速度は、こちらを上回っている。最初からその気はないが逃げる事は不可能。ならせめて撃破出来る可能性をかけて攻撃すること以外に選択肢はない。



「畜生、こいつを―― 喰らえってんだよぉ!」



 少年はボロボロになった積層装甲から手を離し、左腰のウェポンラックから360mmAPFSDS弾を強引に発射する為の鉄屑砲ジャンクキャノンを引き抜いた。


 何度か試射したが、固定目標相手でも命中率は50%を下回り。何より運が悪ければ暴発すると製作者から折り紙付きの代物だが。今少年が手にあるものの中では一番当たればデカい。


 ロックオンすら出来ない最低限のOSが表示する照準に対して、強引に敵機を捉えて操縦桿のトリガーを引いた瞬間。少年の機体を衝撃が貫く。



「が……っ? なんだ、よ」



 モニターが赤く染まっている。機体のステータスを確認すれば左腕が吹き飛びこれまで無理を積み重ねて来たシステムがどこもかしこも悲鳴を上げている。



「暴発、じゃ…… ない、けど」



 この状況になって、少年は自分のミスに気が付いた。そもそもこの鉄屑砲ジャンクキャノンは片手で撃てるように作られておらず。もし万が一実戦で撃つときは両手で持たなければ発射できない。


 そんな製作者の警告すら、頭から抜けていた。



「なん、だよ……」



 目の前に敵機が迫る。けれど少年は賭けるコインを投げようとして落とした後で。敵と運よく差し違える事すら不可能になってしまった。



(ああ、せめて。1機だけでも)



 差し違えて倒せていれば、存在するかもしれないあの世なんて場所で。墓守の少女に自分を誇れたかもしれない。いやそもそも番号ナンバーすら振られていない自分に行ける場所あの世などあるのだろうか?


 そこまで思考が巡ってようやく、少年はモニターの向こうの夜に降る雨と。そしてその耳は遠くで何かが飛ぶ音を捉える事が出来た。



『――こちら傭兵登録番号マーセナリーズナンバー0874、ディサイド』



 街の方から位相ヴァルター機関の反応が現れ。目の前まで迫っていた敵の装甲にAPFSDS弾が突き刺さり、オレンジの火花と甲高い音が夜に響いて。あっけなく2機のレイブが機能を停止して。


 文字通り、一瞬の間に少年の目の前に広がっていた絶望は砕けて消える。



『悪い、想像より敵が多くてな。こっちまで来るのに時間がかかった』


「なんで、来たんですか?」



 安堵や、喜びよりも。一番最初に出て来た感情は疑問だった。


 少なくともこの街には登録傭兵マーセナリーズに依頼を出せるものは存在しない。ユニティに登録された番号ナンバーがある人間からの依頼が無ければ彼らは動かないし動けない。


 依頼の範疇を超えた行動は戦闘記録コンバットログに記録され、最悪の場合傭兵資格を奪われる。



『なんでって、まぁこの街がつぶれると依頼者の都合に悪いってのが50%』



 その理屈なら、少年にも理解出来なくはない。



「けど、別にこの街を守れってミッションじゃないんだよな?」



 雨が降る夜の空の向こうから、マントを羽織り120mm狙撃砲スナイパーカノンを構えたコンツェルトが舞い降りる。蒼く染め上げられた装甲には傷一つなく、無様に腕が吹き飛び、半壊した自分が駆るレイブとは雲泥の差があった。



『あとの、50%は――……』



 モニターに映る登録傭兵ディサイドの顔は少年より少し大人で、今自分の手元に無いものを何もかも持っていて。ほんの少しの暗い嫉妬が沸き上がる。



『――悪い、なんかうまく纏まらない』


「そんな、何となくで命を!?」



 レイブ乗りの少年にとって、登録傭兵ディサイドの感性は完全に理解を超えていて。



『けど、父親が眠る墓地があんまりにも綺麗で』



 ただ、続けられた言葉は少年にも理解出来た。死んでもあの場所に眠れるというのが自分にとっての救いならば。死んだ大切な人があの場所で眠っているという事実が登録傭兵ディサイドにとっても救いなのだろう。



『君が、墓守の女の子をアイドルって言ったのがよく分かった』


「て、手を出そうとか。思ってないっすよね!」


『見ての通り、300%フラフラした生き方をしてるからな。子供の世話も出来ない』



 あの子供の世話が出来るのなら、手を出していたのだろうか? いや、そういう事ではないような気もする。あるいは彼のような登録傭兵マーセナリーズならもっと良い女の子を一杯知っているのかもしれない。


 いや墓守の彼女以上に綺麗な女の子は、少年にとっては存在しないのだが。



『という訳で、一度下がった方がいい。たぶん80%位の確率で第二派が来る』


「じゃあ、なおさら戦力がいるんじゃないですか!」


『あのタンク・レイブと上半身を入れ替えてこい』



 確かに、その方法なら短い時間で戦力を1機仕立てることが出来る。そもそも大量生産されるレイブというアームドマキナはそういう使い方を前提としたマシーンなのだから。


 そこまで考えてようやく登録傭兵ディサイドが、本気で自分を戦力として数えていることを理解して。心の中から暗い気持ちが消え去っていることに気が付いた。



「分かりました!」



 だから、少年はペダルを踏みこみ。雨の降る夜の荒野をレイブ・タンクに向けて走り出す。登録傭兵ディサイドからの信頼に応えるために。そして少しでも自分の愛する街と人々を守るために。


 

 ◇◇◇ The boys are a little bit more grown up in the night...... ◇◇◇

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