MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(2)


『せ、接近するAMに告ぐ! 今すぐこの場からた、立ち去れ!』


『そ、そうだ! こっちにはアームドマキナが2機だ! 戦力は2倍だぞ!』



 いつも根城にしているアキダリア傭兵組合マーセナリーズシップ支部から数十分。傭兵となる為にこの街を離れてから既に1年、いや2年以上は経っただろうか? 久々に帰った地元でディサイドは2機のAMから銃を突き付けられた。



「あれ、レイブか?」


(機体照合、片方はギリギリ識別上レイブと呼べますが)



 かつて、アキダリア地区中から廃棄されたゴミが集められる集積地に。未登録の人間が辛うじて住み着いていたスラムと呼ぶことすらためらわれる場所だったディサイドの故郷は。



(後方の機体は重戦車タンクにレイブの上半身を繋ぎ合わせた…… ジャンクですね)


(位相ヴァルター機関も動かないレイブ・タンクか。戦闘に出すものじゃないな)



 かろうじて稼働するアームドマキナが護衛し、生身の人間や地を這うドローンくらいならどうにか防げそうな防壁に囲まれて。街と呼んでも差し支えない程度の発展を遂げていた。


 もっとも、目の前に立つ2機のアームドマキナは。ディサイドの駆るコンツェルトなら無手であっても制圧出来かねない程の体たらくだが。


 それでも野良のドローン程度ならどうにか抵抗は出来るのだから、この街にとっては貴重な戦力なのだと分かる。



「逆に厄介だな……」


(相棒バディがその気になれば、滅ぼせる程度の規模なのがまた)



 特に思い入れがあったわけではない。父親が死んだ後、生きるためにただジャンクを拾って売って、何度も何度も眠れない夜を過ごした場所。ただだからと言って未登録であるとはいえ千人近い未登録市民が生きる集落を焼き払いたいとも思えない。


 悪くない思い出だって、少しはあって。もしかすると数年前話した相手が生きている可能性だってゼロではない上で。


 そもそも、いきなり攻撃を受けたのならば話は別だが。こうやって最低限会話しようとする相手に暴力を叩きつけるのも後味が悪すぎる。



「あー、こちらは傭兵登録番号マーセナリーナンバ0874。そちらと敵対する意思はない」



登録傭兵マーセナリーズって、アレだよな? むっちゃ強いアレ!』


『そ、そりゃドローンよりも強いかもしれないけど。俺達は2機だぞ!』



 ここで逃げない事には好感が持てるが、それはそれとして少しめんどくさい気持ちにもなる。けれど、通信機から聞こえる声を聴く限り、相手はディサイドと同世代か。下手をすれば年下の可能性すらある。


 そもそも、アイリスと出会うまでは彼らと同じように生きて来たのだから。


 そう思えば、多少面倒でも。時間がかかったとしても武力をチラつかせずに交渉をしたいと思う。


 かつて自分が何も持っていなかった時に、暴力で色々な物を奪われてきた。それと同じことをしたくない。



『じゃ、じゃあなんで。武器を持ったAMでこんなところに来たんだよっ!』



 かろうじてレイブと呼べるAMが、こちらに銃を向けた状態で威嚇してくる。


 しかし銃砲の類であるとはいっても碌な代物ではない。恐らくはジャンクメイドで、強引に360mmのAPFSDS弾を発射するための機構を水平二連発に並べただけ。


 流石に直撃すれば、ディサイドの駆るコンツェルトでも中破する危険はあるが。そもそも弾頭に対して短いバレルでは狙った方向に飛ぶかも怪しい。


 それ以前の問題として半壊した顔のレイブ・ヘッドでは、真っ当にロックオン出来ない可能性の方がずっと高そうだ。



「人探しに来た」


『だ、誰だよ!』


「父親だ、名前は俺も最近知ったがモカ・マーフというらしい」



 告げた名前が通じる可能性は低い。なにより息子であるディサイドにすら父親はその名前を語らなかった。


 そもそも、名前という文化を未登録市民は持っていない。下手に名前を名乗って悪目立ちするのを避けたかったというのもあったのだろう。



『父親か…… どんな奴なんだ?』


「もう、死んでる。俺が土に埋めた」


『死んだんなら、探すも何も、な、無いだろう。登録傭兵マーセナリーズが』



 彼らから見て、自分はどんな存在なのだろうかと。ディサイドは考える。ユニティに登録され。登録傭兵マーセナリーズとしてアームドマキナを駆る恵まれた存在。そしてスラムの未登録市民をその気になれば全滅させられるだけの力をもっている。


 実際にその通りで、その上で自由気ままに生きている。


 けれど、そんな化け物相手に。震えながらも逃げずに立ち向かおうとし続けるレイブ乗りの少年が持つ意地と。そしてたぶんあるであろうこの街の一員であるという誇りを少しだけ羨ましいとも思う。



「ただ親父の親友が骨の一つでも欲しいってな」


『ユニティに登録されている、人間がか?』


「ユニティに登録されていても、されてなくても人間だよ」



 同じとは言えない。少なくとも目の前のレイブを駆る少年と、ディサイドの間には言葉にすることが出来ない程の差が存在している。


 それはかつて、目の前のボロボロのレイブを駆る少年と同じ立場だったからこそ痛いほどに理解出来る。


 けれど、その上で。だからこそ――


 同じ、言葉が伝わる人間として最大限に人間として尊重したいし。そうすべきだとも思っている。



『分かった…… 町長に話を通してみる』



 ボロボロのレイブの合図で、レイブ・タンクが大通りに向かって無限軌道で走っていく。この辺りは十分なネットワークが整備されていない。稼働するアームドマキナ同士で無ければまともに通信も繋がらず直接人を向かわせた方が早いのだろう。



「ここも、町長なんてものが。いる街になったのか」


『まるで、この街の昔を知っているみたいな、言い方だな』



 ボロボロのレイブが、ジャンクの銃を地面に降ろす。どうやら穏便に事が進められそうだ。



「しばらく前まで、ここに住んでいたんだよ」


『そ、それなのに今は登録傭兵マーセナリーズになれたのかよ。すげぇ……』


「……君は、何歳なんだ?」



 少しだけ悩んで、ディサイドは相手が年下だという前提で問いかける。



『12か、13歳…… 番号も、名前もないけどよ』


「そうか、俺がそれくらいの年の時にはジャンクを拾うのが精いっぱいだった」



 ディサイドが登録傭兵マーセナリーズになってから。このアキダリア地域では生身ウェットの人間が住める街の再開発計画が持ち上がっていて。


 それこそ、ディサイド自身もかつて人が住んでいた廃墟の安全を確保するミッションや。それこそ再開発を押し進めるレイリーブルー社をオリンポス杯で準優勝に導く一助となれた自覚もある。



「だから、君が諦めなければ登録傭兵マーセナリーズにだってなれる」



 死ぬ可能性はゼロではない。むしろそうなる可能性の方が高いと断言できる。けれどその上でディサイドは、ボロボロのレイブを駆る彼に夢のような未来を語った。



『……本当に、か?』


「俺は、諦めなかった」



 なれると断言することは、神ではないディサイドに言い切る事は出来ない。けれど希望というものは大きな力になると知っている。



『そうか…… そうなのか』


登録傭兵マーセナリーズになった時には、訪ねて来てくれればステーキ位は奢ってやるよ」



 2人分のステーキともなれば1000CASH、それこそちゃんとしたレイブ・ヘッドが買えてしまう程の価値があるし。ディサイドにとっても安い出費でもない。



『……い、いや。すげぇ無茶言っているのは分かるんだけどさ』



 壊れかけたレイブに乗った少年は、恐る恐るディサイドに話しかけてくる。



『試験を受けるときに、レイブ・ヘッドを貸して貰えないか?』


「……はは、ははははっ!」



 ディサイド自身、まだ他人に頼って生きる子供だと思っている。けれどこんな風に自分より年下の少年から前に進もうとする意志を感じれば、手の一つでも貸したいという気持ちにもなる。



「次の試験の時に貸し出すし、合格すればそのまま譲るさ」


『ほ、本当か!? マジで…… 良いのか?』


「ああ傭兵登録番号マーセナリーナンバ0874、ディサイドと言えば――」



 流石にこの火星ほしどこでも通じるほど有名だとは自惚れてはいない。



「アキダリア傭兵組合マーセナリーシップでなら、80%は通じる筈だ」



 ただ流石に、いつも顔を出しているアキダリア傭兵組合マーセナリーシップなら名前くらいは通じる筈だ。そもそも傭兵番号マーセナリーナンバーで照会をかけて貰えればディサイドまで話は来るだろう。



『ぜ、絶対ですよ! ディサイドさん! ……あ、町長と連絡が繋がりました』



 どうやら、町長の場所までレイブ・タンクが到着したらしい。



『AMを街中に入れないなら、自由にして良いし。墓守にも話を通すって』


「墓守かぁ…… いや、皆あそこに埋めてたけど。ちゃんと墓になったんだな」



 ディサイドが父親を埋めた時は、墓と呼べるほどのものでもなかった。ジャンクヤードから少し離れた空き地に。死んだ人間をそれを悼む人間が思い思いに穴を掘って埋めていただけの場所。



『あ、けど墓守に手を出しちゃ駄目っすよ! うちの街のアイドルなんで』


「……その辺は、まぁ大丈夫というか。独り身でもないからなぁ」



 そう呟きながら、画面の中のアイリスに目を向ければ。



(別に、相棒バディが誰と付き合おうとも自由ですよ?)



 なんてこちらに視線を向けずに、もじもじしながらチャットを表示して来た。



(誰かほかの人を一番にするなら、アイリスにいろんなものを返してからだ)



 ディサイドがアイリスに抱いている感情は複雑で、たぶん母親のようで、姉に近く。その上で恋心も交じっているかもしれない。けれどその上で彼女がディサイドにとって一番大切な人間である事は間違いなく。



(まったく、本当に…… 困った人です)



 画面の中でため息を付くアイリスにどれほど、ディサイドの中の感情が伝わっているかも。彼女が何を思って困っているかもわからない。けれどその上で彼女をいつか異性として愛するとしても。あるいは他の人を愛するとしても。


 ちゃんと、今の関係を纏めなければならないと。


 そんな事を考えながら、ディサイドは少年の誘導に従って。青いフル・コンツェルトを辛うじて駐機場と呼べる程度に整備された広場へと向けるのだった。



◇◇◇ Mission still continues...... ◇◇◇

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