MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(1)


『そういえば、相棒バディの親について詳しく話したことはありませんでした』


「語ることもあんまりないというか、記憶も薄いんだよ 」



 アキダリア傭兵組合マーセナリーズシップのショップ。その棚の隙間で、ディサイドはストレージの中からのアイリスのつぶやきに言葉を返す。


 登録傭兵マーセナリーズとして活動している間ならともかく。行動が記録されていないプライベートならば、ハンズフリーで誰かと会話している程度にしか思われない。



『確か、8歳の時に……』


「別に、もう1000%寂しくもないさ。一晩泣いたらそれでおわりだった」



 いつもこの火星ほしに吹く風に、黒くて長い髪と、黒くてボロボロのコートをなびかせ、ふわふわと生きている。モカ・マーフという男はそういう人間だった。


 そんな感傷に浸りながら、ディサイドはショップの棚に無造作におかれている非殺傷銃テイザーガンに手を伸ばす。



『ちゃんと殺傷力がある銃火器を選ぶべきでは?』


「スラムにアームドマキナを持ち込むってだけで120%警戒されるんだ」



 最低限、身を守るための武器があれば良い。そもそも住民に番号ナンバーも名前もないようなスラムで手に入る武器はそれこそ棍棒が精々。


 場合によってはジャンクの中からAMパイロット用の個人防御火器パーソナルディフェンスウェポンを拾える幸運な人間もいるかもしれないが。


 大抵早々に過ぎた力を振り回して自滅するか、その幸運をフルに生かして少しでも真っ当な方向に進んでスラムの外に出る。


 丁度、アイリスを拾ったディサイドのように。



『しかし、アグライン氏からの依頼の為にスラムに行く必要ありますか?』


「父さんの体を埋めたんだ、運が良ければ骨の一つでも拾えるかもしれない」


『モカ・マーフ氏の遺伝子は依頼の必要条件ではありません』



 確かに、アグラインからの依頼は、3日後にディサイドがモカ・マーフの息子である事を証明できる証拠を持って来ること。そして可能であればモカ・マーフの死亡を確認出来る証拠か、遺品を用意して欲しいなんて内容で。



『それこそ、血縁がある親子なら貴方の遺伝子情報で事足ります』



 ところせましに吊り下げられた対環ジャケットの中から、防弾機能があるものを端末でチェックしながら探していく。登録傭兵マーセナリーズになってから治安が悪いスラムに行くことも無くなった。


 普段使いの対環ジャケットでは、万が一生身で襲われた時に不安が残る。



「……貰った資料には、実子を連れて行方不明になったってあるけどさ」



 実は実子ではなかったなんて可能性も100%否定することは出来ない。



『それならそれで、改めて調査をし直せば良いのでは?』


「それが、分かり易くて楽なのは150%同意するけどな」



 効率だけを考えるなら、アグラインはその場でディサイドの血液検査でもなんでもやって。モカ・マーフとディサイドが親子であることを証明し。


 その上でディサイドの証言を元に、専門の情報収集要員を使ってモカ・マーフの行方を追うのが一番筋が通っていて。


 少なくともディサイドに30000CASHなんて大金を払って、調査させることは非効率すぎる。



「アグラインさんは、納得したいんだよ」


『納得、ですか……』



 記録ログこそ残ってはいないが、状況証拠を考えればほぼモカ・マーフの死亡は確定していると言っていい。無論、アグラインの視点からはディサイドが敵対する組織が送り込んだハニートラップに近いスパイであると疑えるかもしれない。


 しかし、ある程度の身元調査は自分を雇う時に終わらせている筈だ。


 だからこそ、親友が死んでしまった証拠を。この件に関して一番信頼できるディサイドに用意してもらいたい。そんな気持ちがあるのだろう。



『非効率ではありますが、アグライン氏の動機は分かりました』



 幾つか、防弾ジャケットに袖を通すが。どれもこれもしっくりとこない。



『では、相棒バディ。貴方がこの依頼を受けた動機は?』



 ディサイドはため息を付きながら、最後の一着に手を伸ばす。一番最初に目に留まった黒いロングコート。流石にそれを選ぶのはどうかと思っていたが。最後の最後まで避けていたそのコートは、まるであつらえた様にディサイドの体を包み込む。



「……50%が墓参り」



 このショップにはレジの類は存在しない。会計を済ませなくとも、入り口のゲートを通ればCASHは自動で引き落とされる。


 けれど、一応端末で支払い料金を確認。どうやらセットでリストバンド式の端末が90%引きになるらしい。絶対に必要という訳では無いが、端末の予備が欲しかったこともありそれも探して会計を済ませてから腕に巻きつける。


 セール価格のリストバンド端末含めて、合計780CASH。簡易なアームドマキナの整備よりも値段が高いけれど。自分の命を守る装備としては妥当な金額だ。



『もう50%は?』


「モカ・マーフって男に文句の一つでも、言ってやりたいって思ったんだよ」



 ディサイドから見て、名前も知らなかった父に対して特に思うところはない。もう少ししゃんと良く生きれただろうという愚痴と、最低限ディサイドが一人で生きて行けるだけの知識を教え込んでくれた感謝で相殺というところだ。


 けれど、その上で。


 あんな風にモカ・マーフという男の死を悲しむ友人がいたというのに。アグラインに対して伝言の一つも残すことなく。今日はいい日だなんて適当な事を言いながら死んだことに対して。


 アグラインの年の離れた友人として、一言二言。それこそ骨を掘り返してでも文句の一つでもぶつけなければ気が済まない。


 そんな事を思いながら、ショップの入り口から出た瞬間に。



「なんだ、ディサイド。急に服の趣味が変わったな」



 自分より頭一つ大きな男と鉢合わせる。ニアド・ラックだ。彼も何か対人用の装備が必要なのだろう。ディサイドよりも二回りも太い筋肉があれば拳銃程度ならば余裕をもって耐えられそうな気もするが。


 それも中にクローム樹脂レジンが詰まっていればの話であって。


 いや、詰まっていたとしても。銃撃を受けて手足の交換や肌を張り替えるよりも。防弾機能がある衣服を着た方がコスパが良いのかもしれない。



「似合わないとは思いますけど、ちょっと大人になったって事にしといて下さい」


「……まぁ、あと2~3年もすれば、似合うようになると思うぜ」



 やはり、黒のロングコートはやや童顔のディサイドにはまだ似合わないらしく。少しだけ気分が沈んでしまう。



「まぁ、そんな顔をするなよ。ディサイド」



 ニアド・ラックはごついがそれ以上に、人の良さそうな顔に笑みを浮かべて。



「あと1年ちょっとで酒が飲める年だろ、そん時は奢ってやるからさ」


「お酒って、ステーキほどじゃないですけど。高いですよね?」



 1食10CASH、カロリーを摂取するなら1日1CASHで済んで。その上で低迷したいのならばネットワークに意識を繋げば無料で酔えるのに。その上で現実で酒を頼めば1杯50CASH。


 まともに酒を飲んで酔おうと思えば、それこそアームドマキナが整備できる位のCASHが飛んでいく。



「若者に、初めての酒を奢るなんて経験。滅多に出来る事じゃないからな」


「……言われてみれば、そうかもしれませんけど」


「つまるところはだ――」



 ニアド・ラックは恥ずかしそうにソフトモヒカンの頭をポリポリと引っ掻いて。



「酒が飲めて、その服が似合う年まで。そしてその先まで生きて欲しいって話だよ」



 そんな恥ずかしい事を言い捨てて、ショップの中に逃げるように入っていった。



「なぁ、アイリス」


『なんですか、ディサイド』



 別に、こんな風に思われて悪い気はしない。けれどそれはそれとして――



「俺は、そんなに子供っぽいかな?」


『まぁ、一応番号ナンバーを持っていますが』



 ストレージの中から、アイリスが笑う。



『まだ、年上に可愛がってもらっても。良い年頃ですよ』



 まだまだ、ディサイド自身が思うよりもずっと。大人は遠いらしい。ストレージに入ったアイリスに届く位のため息を付いて。ディサイドは格納庫に足を向ける。


 アグラインからの依頼完了期限まであと36時間と24分。十分な時間はあるが傭兵家業をやっているのなら早めに動いて損はないのだから。



◇◇◇ The boy progresses while becoming an adult a little...... ◇◇◇

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